1-6 長渕剛か

 もったいぶらずに、一気に告白した。


 それに対してみんなは、ポカン、とした表情を浮かべている。


 ただし、すでにその事実を知っている狐咲だけは、うすら笑いを浮かべていた。


 学生漫才コンクルール、通称学漫は、中学生と高校生を対象にした漫才の大会で、地上波では放送されていないが、ネット放送はされている。


「急な話でビックリしたと思うんだけど……そもそもみんな、学生漫才コンクルールって知ってる?」

「もちろん知ってるよ!」と桃っちが答えた。「『学漫』でしょ!? その大会で、シロって優勝してるの?」

「うん、そうなんだ。中一から毎年出場してて、中三のときに優勝した」

「それは……本当の話なのか?」

 

 藍堂が、俺を疑うような視線を寄こした。


「本当ですよ」


 と俺の代わりに答えたのは狐咲だった。


「私は生でその放送見てましたからね。ツッコミの佐倉と、ボケの紫貴むらさきで構成された漫才コンビ『ぽっぷこーんず』。名前はクソダサでしたが、実力は圧倒的でした。中学生とは思えないネタの完成度で、ラスト三十秒から始まる怒濤の掛け合いはまさに圧巻。将来を嘱望されていたことは言うまでもありません――が、優勝後にコンビは突然解散。ボケの紫貴は地元の高校へと進学し、ツッコミの佐倉は消息不明となりました。ね、そうですよね、せーんぱい🧡」

「……やたらと詳しいじゃないか」

「そりゃあ、私はお笑いマニアですからねぇ。佐倉先輩が、どうしてあれだけの実力を持ちながらお笑いをやめてしまったのかはわかりませんけど、まさかこの高校にいるとは思いませんでしたよ」

「えー! 真白ってそんなすごい人だったのー?」

「シロすげぇえええ!」


 すごくなんてない。すごいのは俺じゃなくて、相方の紫貴だった。


「……俺、色々あってお笑いが大嫌いになってさ。正直、まだお笑いに対して恐怖はある。ぶっちゃけ、台本見てるだけで体が震えちゃうんだ。でも、みんなが一生懸命やってる姿を見て、ようやく目が覚めたよ。お笑いに対する恐怖を上回って、俺はみんなとこのコントを完成させたいって、そう思えた」

「佐倉が本気で力を貸してくれるというのなら、ぜひそうしてもらいたい」


 藍堂が俺を見据えて言う。


「夏姫先輩を欠いた今、この場の指揮権はすべて佐倉に譲るのがいいだろう」


 おいおい。そこまで信頼してくれるのかよ。


「仮入部の身では荷が重いかもしれないが、どうかお笑い研究部の危機に手を貸してくれ」


 藍堂が頭を下げる。俺みたいなクズに、だ。


 ここまでされて、エンジンがかからない人間などいるものか。


「俺にできることはすべてやらせてもらう。まずはみんなで、怪獣の衣装を完成させよう。それが終わったら、コントの練習に移りたい。四人の戦隊と、一体の怪獣っていう構成だったけど、それを変えたい。五人の戦隊と一体の怪獣――つまり、最初の構成に戻したいんだ」

「え、ってことは、シロも本番に出てくれるってことだね!?」

「うん。今さらだけど、出させてほしい」

「もちろん大歓迎だよー!」

 

 と逸花は飛び跳ねて喜んでくれた。


「俺がツッコミ役をやる。そのツッコミのワードだけど、実際のコントの練習をしながら決めたいと思う。そのほうが俺も楽だし早い。それと平行して、SE関連も決めていこう。それと時間がないから、今日の部活が終わったら、みんなでカラオケボックスかどこかに移動して、さらに練習を重ねたい」

「明日は本番の前日だけど、どうする?」

「朝から部室にこもろう」


 俺が言うと、「よっしゃー!」だの「やろー!」だのと、みんな賛同してくれた。


「大丈夫だ、俺たちなら絶対に間に合うから。いや、間に合わせるだけじゃない。最高のコントを作り上げる」


 柄にもなく、俺は熱く語っていた。


 6


 木曜日の放課後、俺たちは完全下校を時刻を迎えるとカラオケボックスに移動して、さらにコントの練習を重ねた。自宅に帰ったあとは、徹底的に台本をブラッシュアップし、気づけば朝になっていた。


 そのまま朝九時に部室に集結したが、夏姫先輩の体調は未だ戻らず、部長を欠いたまま前日の稽古を迎えることになった。


 本番の衣装に着替え、SEを流しながら、本番を見据えた稽古を繰り返す。ちなみにSE関連は、すべて俺が担当することになった。衣装の中に隠したリモコンのボタンを操作しつつ、彼女たちのボケにツッコんでゆく。


 休憩など一切取らず、俺たちはひたすらに練習を繰り返した。練習を重ねるごとに新たなボケとツッコミが生まれ、たまらず笑い転げてしまうアクシデントもあったが、それはそれで楽しかった。


 惜しむらくは、この場に夏姫先輩がいないことだった。


 明日の本番で、夏姫先輩が戻ってくるのを信じるしかない。


 みんな、心の中では夏姫先輩を心配しているだろうが、誰もその心配を実際に言葉にはしなかった。この勢いを止めたくなかったし、今は前だけを向いていたかった。


 午後の四時を過ぎた頃だっただろうか。珍しく俺のスマホにLINEの通知が入った。おそらく母さんだろう。


 これまでの高校生活で、外出を滅多にしなかった息子が、家にいないってことで心配しているに違いない。


 一応スマホを確認した俺は――息が止まりそうになった。というか、止まった。


『このLINEは、みんなにはナイショにしてね』


 LINEの相手は、夏姫先輩だった。


『実は今、学校に来てるんだ。駐輪場にいるから、来てもらえる?』


「あー、みんな、ちょっといい?」


 もう何十回目かわからない、通し稽古を再び最初から始めようとしていたみんなに、俺は言った。


「ごめん、ちょっとだけ休憩させてくれ」


 俺が言うと、


「私も実はションベン我慢してたぁ!!」


 女子高生がションベンって言うな。長渕剛か。


「そうだな、少し休憩しよう」


 と藍堂も椅子に座り、それを確認してから、俺は台本片手に部室を飛び出した。

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