1-5 授業中に大声で話しかけてくるなよ!?

 6


 夏姫さんから、ツッコミワードを完成させるように言われていたが、結果から言えば翌日も、そのまた翌日も完成させられなかった。


 俺が仮入部の期間として設定されたのは五日間だが、今日でもう四日前だ。明日が最後だというのに、俺は何をやっているのだろう。


 夏姫先輩は俺を強引に誘った手前、俺に強く言えないようだった。


「明日完成しなかったら今の台本まま進めるから、あまり自分を追い込みすぎないでね! でも真白くんのツッコミワード、楽しみにしてる!」


 そんな夏姫先輩の言葉が、猛烈に俺の焦燥感をかき立てたが、それと反比例するように面白いワードはちっとも思い浮かばない。俺なりに、何とか言葉を捻り出そうとはするのだが、俺のお笑い嫌いは自分で思っている以上に重篤なようで、台本を読んでいるうちに謎の脂汗が出て、呼吸も苦しくなり、悪寒までする始末だった。


 申し訳ないが、俺は夏姫先輩の期待には応えられそうにない。


 このままじゃ迷惑をかけるだけだ。俺は夏姫先輩にギブアップ宣言をするつもりで、その文面を授業中に考えていたのだが――。


『うへぇっ!?』


 突然、妙な声が教室に響き渡った。


 声の主は、桃っちだ。俺から見て右斜め前付近に席がある桃っちが、俺に振り返る。


「ヤベぇことになった!」


 ――授業中に大声で話しかけてくるなよ!? とは少しだけ思ったが、それよりも、『ヤベぇこと』の内容が気になった。


「おい桃世! 今授業中だぞ!」


 と物理の先生が桃っちに注意すると、


「私お腹痛いので! 保健委員の真白くんに付き添ってもらいながら保健室に行きます! シュババババ」


 桃っちは、駆け足で教室から出て行った。ちなみに俺は保健委員じゃないし、走るときにシュババババって自分で言うのはマジでやめたほうがいいと思う。


「あ、俺、桃世さんに付き添ってきます」


 もうどうにでもなれ。俺も桃っちの後を追った。


 廊下に出るなり、桃っちがわたわたと、焦った様子で手をバタバタとさせた。


「大変大変! 夏ぽん先輩が高熱で倒れたって!」


 え!?


「先輩が!?」

「今日の午前中に体調不良で保健室に行ったら、四十度近く熱が出てたんだってよ!」


 俺も慌ててスマホを確認すると、夏姫先輩からLINEが入っていた。


「マジか……」


 先輩はずいぶんと無理していたんだろう。疲労がピークに達して、一気に体調を崩したのかもしれない。


「ヤベぇよう。私たち、ずっと夏ぽん先輩に頼り切りだったから、どうしたらいいのかわかんね……」


 あと二日しかないのに、俺のせいで台本すらできていない。新しく追加した怪獣の衣装も作らなきゃならない。


 劇中で使うSE効果音やBGMの選定は、どうなってるんだろう?


 なにより、コントの練習を全然してない。


 そこに一番時間をかけなきゃいけないっていうのに。


「……そもそもの話になるけど、どうしてこんなに余裕がないスケジュールになってるの?」


「商店街のイベント、本当は私たちじゃなくてマジシャンの人が出演する予定だったんだよ。でもそのマジシャンが急遽出れなくなったから、私たちに出演オファーが来たってわけなんよ。一週間前に」


「一週間前!?」


 そりゃスケジュールもタイトになるわ。


「……悪いことは言わない。今からそのイベント、断るべきだと俺は思う」


 と俺が言うと、桃っちはムッと口を曲げた。


「おいシロ!」

「な、なに?」

「私たちは本気でお笑いをやってるんだよっ。高校生活を、青春を、お笑いに捧げてんのっ。私たちの漫才やコントを、誰かに見てもらえる機会なんてほんとに限られてるんだよっ。だから! 断るなんて選択肢は――」


 ダン、と桃っちは床を踏み鳴らした。


「――ないっ!」


 桃っちの言葉に、俺はガツンと頭を殴られたような気がした。


 俺は今、桃っちに、そしてお笑い研究部の全員に、とんでもなく失礼なことを言ってしまった。


 本気で何かに取り組んでいる人間に、一番言ってはいけないこと。


 やめろ――だ。


「私、午後の授業はサボって部室に行くからっ! じゃあの!」


 桃っちは部室へと走っていく。


 遠ざかっていく。


 仮入部だとはいえ、今の俺はお笑い研究部の一人だ。


 俺がお笑いが嫌いだとか、そんな話は今は関係ない。


 彼女たちのために、全力を尽くすべきじゃないのか?


 俺は何やってんだ。


「待ってくれ!」


 俺は桃っちの後を追う。


「俺も一緒に授業サボるよ」

「うえっ? 私は全然いいけど、シロはいいの?」

「俺めちゃくちゃ劣等生だから、俺のことは気にしないでくれ」


 授業をサボったくらいでは、ビクともしないくらいに成績は下位だ。


 俺は桃っちとともに部室へと走りつつ、残り二日でやらなきゃけいないことを頭の中で整理してみた。

 

「衣装の準備はどうなってる?」

「戦隊のスーツは完成したよ! 昨日、藍ぼんの家に集まって、徹夜で作ったから!」


 みんなこんなに頑張ってるのに、俺は昨日の夜、寝ながらYouTube観てた。頼むから死んでくれ俺。


「でも新たに追加された怪獣の衣装はまだ手をつけてない!」

「今から作ってたんじゃ絶対に間に合わないから、いっそ購入するか部室にある他のもので代用するしかない」

「先輩たちが残していった衣装は結構あるけど、怪獣はねぇっ!」

「じゃあ、なんか、奇抜なものとかない? 怪獣の代わりになるようなやつ」

「……あ、イカ! たしかでっけえイカの着ぐるみがある!」

「よし、それを使おう」


 怪獣じゃなくて、地球を侵略しにきた宇宙人って設定に変えるか。


 部室に到着するなり、桃っちは早速イカの衣装を引っ張り出した。


「これだけど、どう?」

「思ったより使えそうだ」


 至って普通のイカの着ぐるみだが、これをアクリル絵の具で紫色に塗りたくれば、宇宙人に見えなくもない。


「効果音の件だけど、普段は何を使ってる?」

「ノートパソコンの中にたくさん入ってて、いつもそれ使ってる!」


 長机に置かれたノートパソコンを桃っちが起動する。


 漁ってみると、SEフォルダやBGMフォルダがあって、ご丁寧に『爆発1』や『ときめき2』など、簡単に名前が付けられている。これなら必要なSEやBGMを、想定したよりも早く見つけることができるだろう。


「桃っちはイカの衣装に色を塗っておいてほしい。俺は効果音とBGMを決めて、台本に書き込んでくから」

「おけぴ!」


 俺たちは早速作業に取りかかった――が、その直後、部室のドアが開いた。


「あー、やっぱりいたー」


 部室に姿を見せたのは逸花だった。


「……夏姫先輩が倒れたって聞いて、早退してきたよ。夏姫先輩、大丈夫かなー?」

「もう私たちで何とかするしかねえ!」 

「……うん、そうだよね。私も、やれることは全部やるー!」


『バン!』


 と音を立てて、勢いよくドアが開く。今度は藍堂が部室へと入ってきた。


「おぉ、藍どん!」

「桃世に逸花、それに佐倉も来てたのか」


 藍堂はバッグを椅子に放り投げた。


「緊急事態ということで、早退してきた」


 その直後、再びドアが開いて、最後のメンバー、唯一の後輩は狐咲も顔を出した。


「やっぱりみなさんお揃いでしたか。夏姫先輩が倒れたと聞いたので、即効で早退してきましたよ」


 揃ったメンバーを見て、先ほどの桃っちの言葉が蘇る。


『高校生活を、青春を、お笑いに捧げてんのっ』


 そんな彼女たちに、俺ができる最大限の貢献――。


 それを考えたとき、俺は自分の過去を、ここで明かすべきだと思った。


「……なあみんな、ちょっといいか?」


 俺の改まった口調に、みんなは何かを察したのだろう。無言のまま俺を見た。


「みんなに、話しておきたいことがあるんだ」

「え? どうしたの急に」

「びっくりすると思うんだけど……っていうか、信じられないと思うんだけど……」


 俺は意を決して言った。


「俺、実は『学生漫才コンクルール』っていう、学生の漫才の大会で、優勝した経験があるんだ」

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