1-4 わかるかそんなもん!

 4


「突然出て行ってすみませんでした。実は昔、偶然佐倉先輩とお会いしたことがありまして。まあ大した話じゃないので、気にしないでください」


 部室に戻るなり、狐咲はペラペラと嘘八百を並べてその場を誤魔化した。夏姫先輩を含めた他の部員たちは、幸い俺たちの突然の退出を気にしている様子はなかった。


「それじゃあ、自己紹介も終わったことだし作業を再開しよっか! 引き続き衣装作りをお願いね! 私は真白くんと台本の見直しをするから。真白くん、台本コピーするからついてきて」


 夏姫先輩が慌ただしく部室を出ていく。わりと時間を割いて自己紹介をしたものの、時間に余裕はないらしい。


 つうか、イベントって五日後の日曜日って言ってたよな?


 まだ衣装が出来てないのは……マズいんじゃないか? 素人の俺が言うのはアレだけど、やっぱりコントの練習に一番時間を割くべきだろうし。


「歩きながら簡単に説明するね。私たちが五日後にやるコントは、『戦隊もの』なんだ。だから五人ぶんの変身スーツを作らないといけないの」

「一から作ってるんですか?」

「ううん、全身タイツを買ってきて、それにパーツをつけてる感じ」

「なるほど……」


 先輩はコピー室で台本をコピーして、その足で食堂へと向かう。放課後の食堂は、生徒たちの雑談スペースとなっていた。


「じゃあはい、これ。真白くんのね」


 先輩はコピーした台本をステープラでまとめて、俺へと手渡した。


「あ、どうも……」

「とりあえず、読んでみてもらってもいいかな?」

「ええ。わかりました」


 俺は台本を広げて、一通り目を通してみる。


 内容をざっくりまとめると、こんな感じだ。


 街で怪獣が暴れているところへ、五人の正義のヒーローが現れる。しかしなぜか全員グリーンで被っていて、おまけにトンチンカンなことばかりする――というようなコントだ。


「どうかな?」

「素人の意見になりますけど……正直に言っていいですか?」

「うん、もちろん」

「ボケの内容自体は、すごく面白いと思います」

「え!? ほんと!?」

「でも、気になる箇所がいくつかありました。まず、怪獣をぬいぐるみにするのは、良くないと思います」


 部員の五人全員が戦隊役になっていて、怪獣役はぬいぐるみで代用している状態だった。


「SEやセリフをつけて、怪獣が街を暴れ回っているように演出したいと思ってるんだけど……」

「えっとー……、むしろ怪獣との掛け合いがあったほうが面白いような気がしますね」


 つまり、戦隊役を四人にして、一人を怪獣役にする。戦隊役の四人のボケを、怪獣役がツッコむ構図がもっとも自然で面白いと思う。


「それと、いくつかツッコミがないとわかりづらいボケもありますね。怪獣から攻撃を受けるシーンなんですけど、SEで攻撃音を流した直後、戦隊たちが足の小指を痛がるシーンがありますよね? これ、怪獣が足の小指を狙ってくる卑怯者、っていうボケですか? それとも、実は家の中のような、狭いところで戦ってたっていうボケですかね?」

「ううん。全員が痛風っていうボケ」


 ――わかるかそんなもん!


「じゃあなおさらツッコミは必要ですね。でもまあ、大筋はこのままで良いと思います。……なんか、偉そうな言い方になってしまって、申し訳ないですけど」

「そんなこと気にしなくていいのっ。真白くんはやっぱり才能あるよ! 指摘がすごく的確だもん! 私の目に狂いはなかったよ、うんうん。この調子で、言いたいことがあったら遠慮せずに言ってね!」


 と先輩は笑ってくれるけど、心の中がもやもやした。なんか、『自分お笑いわかってます感』を出しているような気がして、変な嫌悪感がある。


「配役のことなんだけど」と夏姫先輩。「具体的には、どう直したらいいかな?」

「戦隊を四人に減らして、一人を怪獣にします。その怪獣をツッコミ役にしましょう」

「……その役は誰がいいかな?」

「メンバーを見た限りでは、夏姫先輩が良いと思います」


 一番柔軟に対処できそうなのは、夏姫先輩しかいない。


「……真白くんはやってくれないの?」

「いや、俺は仮入部の身ですから」

「……そっか。じゃあ私がツッコミをやっていくしかないよね」


 自分に言い聞かせるように、先輩は呟いた。


 たぶん、ボケがやりたくて三年間お笑い研究部に所属していたと思うと、かわいそうになってくるが、俺には提案することしかできない。申し訳ないけど、俺は本番の日には、もうお笑い研究部ではないのだ。


「とりあえず頑張ってみるけど、ツッコミのフレーズは一緒に考えてもらいたいな」

「もちろん、そのつもりです。一緒に考えましょう」


 と俺が答えたところでチャイムが鳴った。なんだかんだで、すでに二時間がたっている。完全下校時刻の七時まで学校に残っていたのは、初めての経験だった。


「あ、もうこんな時間! 私これから商店街の人たちと打ち合わせがあるの!」


 バタバタと後片付けをして、先輩はバックを肩にかけた。


「本当にありがとうね! 明日も待ってるから!」


 そう言って、先輩は走り去っていった。


 5


 自宅に帰ったあと、俺は改めて台本を読んでみた。


 ただひたすら、五人の戦隊ヒーローたちがボケ続けるだけの、奇妙なコント。


 ボケの数は全部で三十もある。その一つひとつに、俺はツッコミのワードを挿入していく必要があるのだが、どうにも気持ちが乗らない。


「……明日、授業中にやるか」


 あっさりと諦めて、俺は台本をバッグに押し込んで寝た。


 で、その翌日。


 俺は授業中、ツッコミのワードを考え続けたのだが、びっくりするほど進まなかった。


 午後の授業が始めると、俺は台本を開くこともしなかった。


 そうして迎えた放課後。部室へ向かうなり、夏姫先輩が俺に飛びかかってきた。


「真白くーん! 待ってたよ~!」


 夏姫先輩が俺の両肩に手を置く。


「ツッコミワード、完成した?」

「……すみません、まだです」


 俺が答えると、夏姫先輩は落胆した様子で肩を落としたが、すぐに気を取り直して笑みを浮かべた。


「そっか、まあ、急なお願いだったしね」


 その笑みに、俺の心はズキリと痛んだ。


「あとどれくらいでできそう?」

「それは……」


 たぶん、あと一週間の時間を与えられても、ムリな気がする。いや一週間でも、一年でもムリだ。


 だったらきちんと、ここで断るべきだ。ムリなものはムリなんだから。


「すみませんが……」

「あ、ごめん! 商店街の人から電話だ!」


 夏姫先輩はスマホの画面をチラリと見てから、バッグを肩にかけた。


「真白くんは、必ず明日の放課後までに台本を完成させてね! みんなも頑張ってちょうだい! ステージ上での自分の動きとセリフを明日までに覚えること! あとは各自の衣装も急いで作ってよ? ――あ、それと新しく追加した怪獣役の衣装も作らなきゃならないんだった! 手が空いた人から作り始めてちょうだいね! 明日からはみっちりコントの練習始めるから! それじゃ、私は打ち合わせに行ってくるよ! じゃねっ! みんな愛してるよ!」


 矢継ぎ早に言って、先輩は部室を出ていってしまった。

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