第37話幕間7アンリーヌの死闘 その1
長い螺旋階段を下りていくと、階段が途切れていた。
「階段が崩壊していて進めない。戻って!」
ランプだけでは底までの距離が分からず、引き返すしかなかった。
「駄目だ! 階段が上から消えてきている!」
後方の警護に当たっていた放浪の探究者のメンバーが慌てている。
「どうすればいい?」
私の傍に居る隊長も慌てている。
「フロリア! 小さなファイアボールを底に飛ばして見てくれ」
時間がないので策を考えている余裕がなかった。
フロリアがステッキを小さく動かすと、火の玉がゆっくりと落ちていった。
「急げ! 全員落ちるぞ!」
ヒラリオが叫んでいる。
(十メートルと言ったところか)
目測で距離を測った私は、ファイアボールを追って飛び降りた。
「下はそう硬くない地面だ。順番に飛び降りろ!」
氷結の乙女のメンバーは迷う事なく飛び降りてきたが、鎧を着ている騎士達は躊躇している。
「早くしないと、ここで死ぬぞ!」
ヒラリオの発破で騎士や魔術師達も飛び降り始めるが、無事に着地できる者は少なくて無残な光景が広がった。
鎧と鎧がぶつかって潰れると内臓破裂で死人が続出し、肉体の鍛錬をしていない魔術師には骨折する者が続出した。
最後に放浪の探究者のメンバーが飛び降りると、螺旋階段が完全に消えてしまった。
「治癒魔法が使える者は、怪我人の治療を。動ける者は荷物の確認を急げ!」
惨劇を前に動揺の隠せない隊長が怒鳴っている。
「私も治療に当たるわ」
「階段が消えて地上に戻るのが難しくなったわ。長期戦を考えて魔力を使い切らないように」
怪我人の治療に向かうカトリエに注意した。冷酷だが調査隊の半数近くが死亡して怪我人が多数出た以上、自分達が生き残る事を考えて行動する必要がある。
「隊長さん、どうするよ? 調査を続けるのは難しいぞ」
ヒラリオ達からも最初の余裕がなくなっている。
「戻る道を閉ざされたのだ、先に進むしかないだろ」
「ダンジョンの調査は中止して、脱出を考えて行動するのが最善ね」
「賛成だね。ここから先、俺達は自由行動を取らせて貰うぜ」
「護衛任務を放棄すると言うのか!」
「生きて戻れるか分からないのに、足手纏いのお守りをしていられないからな」
「契約違反は重罪だぞ!」
「生きて戻れたら、ギルドに報告するのだな」
放浪の探究者は笑いながら調査隊を離れていった。
「隊長さん。これ以上の治療は無理です」
カトリエは疲れた表情になっている。
「そうか、ありがとう。自力で動けるのは何人いるのだ?」
「騎士が十五人と魔術師が五人です」
騎士の一人が報告した。
「動ける者だけで出発するぞ」
隊長さんは厳しい決断をすると歩き出した。
少し進むと急に明るくなり、草原のようなだだっ広いオープンスペースにオークが数多く倒れていた。
「ヒラリオ達が倒したようね」
「追い掛けるわよ」
傷ついた宮廷軍を守りながら戦うのは難しいので、戦闘の痕跡を追って進んだ。
「流石としか言いようがないわね」
さらに進むとオーガとトロールが倒れていた。短時間でトロールを倒した放浪の探究者の実力は、認めない訳にはいかない。
四階に続く螺旋階段にトラップはなく、動きが遅くなっている宮廷軍を守りながら先を急いだ。
ジャングル地帯を進んでいくと、巨大なクモと戦っている放浪の探究者に追いついた。
「やっと来たか。あれを倒さないと進めないぜ」
ヒラリオ達は打撃も魔法も通用しない敵を前に、かなり疲弊していた。
「フロリア。奴を出来るだけ高温にして」
「分かった。古代龍様の偉大な力をお借りして、我が敵を焼き尽くせ。フレームブレス!」
フロリアが掲げたステッキから蒼白い炎が噴出して、巨大なクモを包んだ。
黒かったクモが真っ赤に焼けていくが、倒す事は出来ずに鋭い爪を持った脚が攻撃を仕掛けてくる。
「カトリエ、お願い!」
「古代龍様の偉大な力を、我が仲間に与えたまえ。オーバースキル!」
「フリーズ!」
身体強化の支援を受けた私は、フロストソードに魔力を流した。刃の周りの空気が凍って白い霧が噴出している。
真っ赤になっているクモをフロストソードで斬り付けると、急激に冷やされた外皮が脆くなって致命傷を負わせる事ができた。
「流石は氷結の乙女。素晴らしい働きだ」
隊長さんが褒めてくれたが、死に体の指揮官に何を言われても虚しいだけだった。
「このダンジョンは強敵が多い。ここから先は共闘していかないか?」
「いいわよ」
ヒラリオが折れてきたので受け入れる事にした。古代龍様が難攻すると仰ったダンジョンだから、強い仲間は多いに越したことはない。
さらに進むと靄が濃くなり、手を伸ばせば指先が見えないほどになっていった。
「敵が現れたら、同士討ちが避けられないわね」
「ワァー」
手探りでの進行に危惧していると、兵士の悲鳴が上がった。
「動くな! 俺とゴードンが先に行く。発炎筒を焚いたら魔法を飛ばせ。行くぞ! ゴードン」
ヒラリオが靄の中へ走っていく音が響いた。
「フロリア。フレームボムよ」
「俺もやるぞ」
ドルフの低い声が聞こえた。
「後の者は動かないで。敵に襲われも暴れないようにしているのよ」
戦意を無くしている兵士の動向が気掛かりだった。
「ワァー」
また悲鳴が上がり、兵士の足音が靄の中へ消えていった。
剣を構えている私は、接触してくる者がいれば斬る覚悟でいる。
「ここだ! 撃て!」
赤い炎が微かに見え、フロリアとドルフが飛ばした数十発のフレームボムが炸裂した。
炎が収まると靄が嘘のように晴れていった。
「容赦なしだな」
地面が動き土を被ったヒラリオとゴードンが立ち上がった。
「これ位の攻撃何でもないでしょう。魔樹アルラウネだったのね」
枝をツタのように伸ばした大木が煙を上げていた。
悲鳴を上げた兵士は、アルラウネに絞め殺されていた。
ジャングル地帯を抜けると広場があったので、野営の準備に入った。ダンジョンに入って既に十日が過ぎ、食料などが残り少なくなってきていた。
翌日は、運河を下っていくと湖に続く湿地帯にでた。
「どこまで行くのだ?」
「地上に戻れるルートが見つかるまでさ」
日に日に隊長さんとヒラリオの仲が、険悪になっていっている。
「リザードマンだ!」
「こんな所で最悪ね」
湿地帯では戦いたくない相手だった。
倒しても倒しても出てくる敵に宮廷軍は全滅して、私達も殆どの体力と魔力を使ってしまった。
「確かにこのダンジョンを攻略するのは難しそうだな」
放浪の探究者達も弱音を吐いている。
「これ以上の強敵が現れると手に負えなくなるわね」
「あれを見ろ!」
ゴードンが指差した水面が泡立ち、巨大な海蛇のような化け物が三体現れた。
「あれは、伝説の魔獣ヒュドラ!」
フロリアの声が震えている。
「勇者が倒したと言われているヒュドラか?」
「あれを倒さないと先に進めないとしたら、私達もここまでね」
「少し休んで対策を考えましょう」
「そうね。まだ私達にはこれがあるわ」
冷静なカトリエの言葉で戦意を取り戻した私は、背負っていた古代龍様の鱗で作った盾を下ろした。
古代龍様が試練をお与えになったのなら、それを乗り越えてお答えしなければならないのだ。
ヒラリオ達もヒュドラの弱点を知る由もなく、体力と魔力の回復を図る事になり二日間の休息を取った。
オルタが召喚したワイバーンを使って上空から偵察したが、湖を越える以外に道は見つからなかった。
湖に近づくとヒュドラが水球を飛ばして攻撃をしてきた。
「こちらの魔法攻撃は届かないし、手の打ちようがないな」
「リーダーのフロストソードと、私の魔法で湖面を凍らせるのはどうかしら」
「出来るのか?」
「ワシが力を貸せば不可能ではないだろうな」
ヒラリオの疑問にドルフが答えた。
「しかし、足元が濡れていたら自分達も凍り付いてしまうのじゃないか」
「ジャングルの木を切り出して筏を作れば何とかなるわ」
「遣って見るしかないか」
自分達の事しか考えていないヒラリオも、今回は協力的になっている。
三日掛かりで準備を整えた私達は、作戦に出た。
私と賢者のフロリア、そして魔導師のドルフが筏の上で湖面を凍らせ、ワイバーンに乗ったオルタとヒラリオとムサイがヒュドラの首を切り落とし、再生するまでに湖を離れる計画だ。
古代龍様の盾で水球を防ぎながら湖に出ると二人の氷結魔法フリーズと、私のフロストソードの氷結の斬撃を放った。
ミシミシと音を立てて湖面が凍ると、ヒュドラの首の動きが限定されるようになった。
水球を避けながら近づいたワイバーンから飛び降りた三人が、ヒュドラの首を斬りにいった。
一太刀で斬る事が出来ずに手間取っていると、ワイバーンが水球で撃ち落されてしまった。
「古代龍様の偉大な力をお借りして、仲間に敵を倒す力を与えたまえ。オーバースキル!」
転びそうになりながら氷の上を走るカトリエがステッキを翳すと、剣を振るっていた三人が眩しい光に包まれた。
再生が追いつかなくなったヒュドラの首が、凍った湖面に転がった。
「急ぐのよ!」
対岸に辿り着き振り返ると、氷の溶け始めた湖面を割って六つの首がゆっくりと姿を現してきた。
「恐ろしく早い再生力だ!」
「湖から離れるわよ!」
最後の力を振り絞って走ると洞窟を発見した。
「ヒュドラの攻撃もここまでは届かないようだから、休んでいこうぜ」
「そうしましょう」
私達だけではなく、放浪の探究者のメンバーも限界のようだった。
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