第29話運命の分岐点


 冒険者をやめてジムニー商会に就職した僕は、商売の勉強をしながら一定の時間を絵を描くために使っていた。


 会長と奥様の肖像画が完成して、今はお嬢様の肖像画を製作している。


「今日はここまでにしましょうか」

 イーゼル・スタンドに取り付けた五十号のキャンバスに白い布をかけた。ちなみにキャンバスは会長が金をかけて作ったものでかなり大きいサイズになっている。

 スケッチブックに絵を描くときには自分でも信じられない速さで手が動いたが、下地がキャンバスだと美術部のころと変わらない速さだった。


「まだ見せてはいただけないのですか?」

 純白のドレス姿のサーシアさんの澄んだ声が少し焦れている。


「もう少しで完成しますから。できあがってから見たほうが感動が大きいですから、もう少し待ってください」

 危険な冒険者をやめて、毎日が充実していた。神様が仰っていたハーレムに一歩近づけたような気がしている。


「お父様も、お母様もすごく喜んでおられたから、私も楽しみにしていますのよ」

 サーシアさんの笑顔が眩しかった。


「はい。期待していてください。自分でも納得のいく仕上がりに近付いていますから」

 気弱な僕が日本にいたときには持てなかった自信が、今は絵を描くことに関しては根拠もなくもてた。


「タカヒロ様を信じておりますわ」


「では、また明日」

 絵を描くために与えられた部屋を出ると、自室にと与えられている部屋に戻った。緊張が解れるとどっと疲れが押し寄せてくる。





「タカヒロ、よく来てくれた。商売の修業は順調かね?」


「はい」

 カーターさんに呼ばれて冒険者ギルドを訪れたのは、ジムニー商会で働き始めて一月が経った頃だった。


「新しい道で頑張っている君にこのような頼みをするのは心苦しのだが、頼めるのは君しかいないのだ」


「どのような事でしょうか?」


「ミリアナを探して欲しいのだよ」


「ミリアナがどうかしたのですか?」

 カーターさんの深刻な表情に胸騒ぎを覚えた。


「古代龍のダンジョンの事は君も知っているだろ」


「はい。国境付近に出来たダンジョンですよね」


「あそこには、国が組織した調査団の宮廷騎士団と宮廷魔術師団それにS級冒険者が派遣されたが、三十日以上経っても戻って来ていないのだ。そのダンジョンにミリアナが他のパーティーと一緒に潜ったまま戻ってこないのだよ」


「ミリアナはどうしてそんな危険な所に?」

 ミリアナさんの行動が理解出来なかった。


「ミリアナの夢と望みを聞いているだろ」


「はい。日本の両親と妹さんにメッセージを届ける事と、師匠と同じS級冒険者になる事だと聞いています」


「そうか、そんな風に言っていたか」

 カーターさんが表情を曇らせた。


「違うのですか?」


「ミリアナの本当の夢は運命の出会い人である君を守り、いつまでも君の傍にいる事だったのだよ」


「そんな……」


「ミリアナは君と初めて会った時から、君の事をよく話していたよ。気弱で頼りないけど、本当は強くて凄く優しい人だと」


「そんな事を」

 ミリアナさんの本心を聞かされて言葉に詰まった。


「タカヒロが住むこの世界を守るためにS級冒険者になるのだと言って、ミリアナは古代龍のダンジョンに向かったのだよ。君には君の人生があるのだから儂にはこれ以上は何も言えないが、最後にミリアナの本心だけは伝えておきたかったのだ」

 カーターさんが力なく項垂れた。


「ミリアナには何度も助けて貰いました。僕に何が出来るか分かりませんが、ミリアナを探しに行ってきます」

 危険すぎる場所だと分かっていて、自分でも信じられなかったがそうしなければならないような気がした。


「頼めるか、ありがとう。……皆、入りたまえ」

 カーターさんがドアの向こうに声を掛けると、真鍮の守り盾のメンバーと弓矢を持ったマルシカさんが入ってきた。


「タカヒロ、久し振りだな。元気だったか?」

 ファブリオさんの声は、沈んだ空気を吹き払うかのように活気がある。


「皆さん!」


「タカヒロ君なら、マスターの頼みを聞いてくれると信じていましたわ」

 マルシカさんが微笑んでいる。


(この世界ではヘソ出しルックが流行っているのかな?)

 このようなときに不謹慎だとは分かっているが、マルシカさんの格好に目が点になった。革のビキニに革の長手袋、そして革のブーツ。露出した肌は三十才を過ぎたとは思えない張りと艶がある。


「今回無理を言って来て貰った、数少ない君のサポーターだ。儂も行きたいのだが、今はここを離れる訳にはいかないのだ」


「ミリアナのようにはいかないが、全力で君を守るから頑張ってくれたまえ。出立の準備は出来ているから、いつでも出掛けられるぞ」

 ルベルカさんをはじめ真鍮の守り盾のメンバーは、すでに完全武装している。


「皆さん、ありがとうございます」

 ミリアナさんの本心を知り気が焦る僕は、ジムニー商会に報告を済ませると、その足で古代龍のダンジョンに向かった。

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