第6話 幕間1冒険者ミリアナ
私の名前はミリアナ。マダランに転生して十六年になる。
この世界での両親を亡くした私は、神様の言葉に導かれてロンデニオの街で運命の人との出会いを待っている。
今日もソロでの冒険を終えた私は何時ものように、出会いを求めて『夕焼け亭』のカウンターで夕食を取っていた。
ロンデニオの街で一番強い冒険者パーティー真鍮の守り盾がミノタウロスを倒した祝いだと言って、『夕焼け亭』は何時も以上に盛り上がっていた。
人目を避けるようにカウンターの隅にいた青年が、真鍮の守り盾のムードメーカーであるファブリオに声を掛けられて中央のテーブルに引っ張り出されていた。
「あの~。僕は、その……タカヒロです」
名前を聞かれておどおどしている青年の声が聞こえた私は、彼が日本からの転移者だと直ぐに理解した。黒髪に黒い瞳に彫りの浅い顔立ち、間違いがないだろう。
私が待っている運命の人がどんな人物なのか分からなかったが、タカヒロと名乗った青年ではないような気がした。
タカヒロがカバンからスケッチブックを取り出して、真鍮の守り盾のメンバーの似顔絵を描いたので「似ている」「似ていない」の議論で宴はさらに盛り上がり、その日の『夕焼け亭』は夜遅くまで賑わっていた。
タカヒロのことが少しだけ気になった私は、一度話がしたくて機会を伺っていると、収穫祭が行われる広場で領主が派遣した官吏と遣り取りをしているのを目撃した。
二人の遣り取りを見ている周りの露天商達の表情が不穏だったので、その場では声を掛けずに暫く様子を見ることにした。
祭りの当日は近くの街や村だけではなく、王都からも人が集まって大いに賑わっていた。
「おい! ここで何をしている」
似顔絵描きの店を出していたタカヒロは、警備をしている騎士に無許可出店で連行されかけていた。官吏に騙されて金を取られていたのだ。
「お役人さん、私の連れが何か粗相をしましたか?」
タカヒロを観察していた私が声を掛けると、彼の両腕を掴んでいる騎士の二人が私を知っているようだったので、金貨一枚を袖の下に渡してその場を収めた。
「助けて頂いて、ありがとうございます」
「日本での平和ボケが抜けていないようね。あんたは昨日からカモられていたのよ。分からない?」
「はァ!」
ポカンとしている青年にこの世界の厳しさを教えた。
「真鍮の守り盾の打ち上げで貴方を見た時、そして名前を聞いた時に、すぐ日本人だと分かったわ。黒髪に黒い瞳、彫の浅い顔。そうでしょ」
「君は、いったい……」
「説明しないといけないわね。私の名前はミリアナ。転生する前の名前は、河邑明子、二十歳だったわ。十六年前に交通事故で死んでこの世界に来たのよ。今では神様に授かったチートな力でB級冒険者をしているわ」
「ミリアナさんは、どうしてこの街に? この世界には、偶然に出会うほど日本人が沢山いるのですか?」
「そんなに改まらなくても呼び捨ていいわよ。何人いるかは知らないけれど、私が出会ったのはタカヒロが初めてよ。神様からロンデニオの街にいれば、十六才で奇跡の出会いがあると聞かされているのよ」
「そうでしたか。神様も女性には甘いんだなぁ」
今までの成り行きや神様に授かった能力について話していると、何故か憔悴してしまったタカヒロを宿屋まで送っていった。
「水しかなくって、ごめん」
「便利ね! もしかして私以上にチートな力?」
部屋に入るとタカヒロは、私を持て成すためにコップに水を汲んで渡してきた。
「取説がないので、まだまだ使いこなせていないのですよ」
「他にどんな事が出来るの?」
「3ページ目は火属性魔法の発動。4ページ目は水属性魔法の発動をさせる事が出来るのです」
タカヒロがスケッチブックに描いた蛇口から水を汲んだり、画用紙の上に小さな炎を浮かべたりしたのには驚いた。この世界には生活魔法と呼ばれる簡単な魔法があるが、絵を描いて発動させるのは初めて目にした。
「私と一緒に冒険者をやらない? アイテムボックスを持っているタカヒロがいれば、荷物を運ぶのが楽になりそうだし」
「冒険者なんて絶対に無理ですよ。それに荷物運びですか……」
表情を強張らせるタカヒロは首を左右に激しく振っている。
「魔物は私が倒すから心配いらないわ。それに中級魔法が使えるのなら、もっと凄い魔法も使えるんじゃないの」
ひ弱そうなタカヒロを見ていると母性本能が擽られて、ほっておけないような気になった。
「年下の女性に守られてばかりいるのもなぁ」
「その気構えがあるのなら、先ずは早く平和ボケから抜け出さないとこの世界では生きていけないわよ」
「ミリアナさんは肉体だけではなく、精神的にも強いのですね」
「強くなければ生きていけない世界だからね。私とパーティーを組む事を真剣に考えておいて。今日は帰るわ」
タカヒロがたとえ運命の人ではなくても同郷者として、彼がこの世界で一人で生きていけるようになるまでは力になって遣りたいと思った。
私が待っている運命の人は容姿端麗で私よりも強く、私を冒険の旅に連れ出してくれる聖騎士のような男性だと勝手に想像している。
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