第5話 同郷者との出会い


 祭りの前日に広場の下見に行くと、五日前とは比べ物にならない人の数だった。

 中央に噴水があり南側に特別ステージが設置された広場では、すでに露天商が出店の準備を始めていて、領主に派遣された官吏らしき男性が設置場所を指図していた。

「僕も似顔絵描きのお店を出したいのですが、手続きはどうしたらいいのでしょうか?」

 黒い服に羽根のついた帽子を被り、図面に線引きしている男性に恐る恐る声を掛けてみた。

「何の店かよく分からんが、どれぐらいの広さがいるんだ?」

「そうですね、これ位あれば良いのですが」

 両手を広げて見せた。

「なら、金貨一枚だな。この並びの一番奥が空いているぞ」

 スーッと手を差し出して金貨を受け取った官吏は、あまり目立たない北側の隅を指差した。

「ありがとうございます」

 申請が意外と簡単に済んでほっとした僕は、周りに居た露天商達が薄笑いを浮かべているのに気付かなかった。


 祭りの当日。特別ステージでは王都で流行っている詩吟や大道芸のほか、飛び入りの演武などが行われる予定で、朝早くから沢山の人が集まっていた。

 道具屋で見付けた樽を椅子代わりに腰掛けた僕は、見本の絵を数枚並べて客を待ったが、似顔絵に対する知名度がない事と、目立たない場所でもあって誰も覗きにも来なかった。

「おい!ここで何をしている」

「は、はい。似顔絵を描いています」

 お昼近くになり諦めかけていた時、体格の良い二人の騎士が現れた。街の入り口で見かけた番兵と同じような金属製の鎧を着て、腰には剣をぶら下げている。

「誰の許可を得て、ここで商売をしている」

「はい、官吏さんから許可を頂きました」

「だったら許可証を見せてみろ」

「許可証は受け取っていませんが、お金は確かに渡しました」

「許可証がないだと!儂らをたばかるのもいいかげんにしろ。詳しい話は詰め所で聞いてやる、こい」

「本当に、昨日……」

 両腕を掴まれ強引に引き立てられると、近くの露天商達が声を出して笑っている。

「お役人さん、私の連れが何か粗相をしましたか?」

 弁明を聞いて貰えない僕の前に、セパレートの革鎧にこげ茶のマントを羽織り、大剣を背負った茶髪の女性が現れた。

「あんたは、冒険者のミリアナさん」

「無許可で商売をしている男がいると通報がありまして、来てみたらこいつが訳の分からない事をしていたので、詰め所で事情を聞こうと思っていたところです」

 小柄な女性を見詰める騎士達の表情には、どこか尊敬の念が見て取れる。

「連れは最近この街に来たばかりで、しきたりとかはまだよく知らないのですよ。今日のところは、これで許して貰えないだろうか?」

 ミリアナと呼ばれた女性は騎士の手を目立たないように取ると、そっと金貨を一枚握らせた。

「これは?」

 騎士は途惑っているようだ。

「手間を取らせたお詫びよ。そこら辺で何か飲んで頂戴」

「ミリアナさんのお知り合いでしたら、今日のところは何もなかった事にしておきます。行くぞ」

 袖の下を受け取った騎士は、相方の肩を叩いていそいそと人混みに消えていった。

「助けて頂いて、ありがとうございます」

 僕より少し背の低い女性に深く頭を下げた。

「日本での平和ボケが抜けていないようね。タカヒロは昨日からカモられているのよ、分からない?」

 少女と言ったほうがよさそうな女性は、腰に両手を当てて偉そうな態度を取っている。

「はァ!」

 ミリアナさんの言葉に驚愕した。

「真鍮の守り盾の打ち上げで貴方を見た時、そして名前を聞いた時に、すぐ日本人だと分かったわ。黒髪に黒い瞳、彫の浅い顔。そうでしょ」

 ミリアナさんがとびっきりの笑顔を向けてくる。

「君は、いったい……」

 突然現れた女性の言葉に、思考が纏まらなかった。

「説明しないといけないわね。転生する前の名前は、河邑明子、二十歳だったわ。十六年前に交通事故で死んでこの世界に来たのよ。今では神様に授かったチートな力でB級冒険者をしているの」

 子供ぽく胸を張るミリアナさん。しかしその胸は発達していてDカップはありそうだ。

 身長は百六十センチ位で、革鎧から出ている手足は引き締まった筋肉をしている。それに可愛いお臍を覗かせている。

「転生ですか。だから、どう見ても日本人には見えないのですね」

 突然の出会いに理解が追い付かない僕は、変なところに気がいってしまった。

「どこをジロジロ見ているのよ」

「ああッ、すいません。美人だなと思って……」

 慌てて視線を逸らした。細面で彫の深い顔立ち、茶髪をポニーテールに結び、大きな目の奥ではブルーの瞳が輝いている。日本ではお目にかかる事が出来ない美人だ。

「確かにこの世界には、美人やイケメンが多いわね」

 ミリアナさんは美人だと言われてニヤけている。

「ミリアナさんは、どうしてこの街に? この世界には、偶然に出会うほど日本人が沢山いるのですか?」

「そんなに改まらなくても呼び捨ていいわよ。何人いるかは知らないけれど、私が出会ったのはタカヒロが初めてよ。神様からロンデニオの街にいれば、十六才で奇跡の出会いがあると聞かされていたの」

「そうでしたか。神様も女性には甘いんだなァ」

 取説さえ貰っていない僕は、ボソッと呟いた。

「何か言った?」

「いいえ、何も。ところで神様から授かったチートな力って、どのようなものなのですか?」

 十六才でB級冒険者にまでなった女性の実力が気になった。 

「一番は、この剣を振り回しても疲れない体力と、身体強化のスキル。あとは、岩を一刀両断できる斬鉄のスキルかな」

 ミリアナさんは、背負っている背丈ほどある大剣をポンポンと叩いた。

「もしかして、神様から勇者になるように言われて転生して来たのですか?」

「私が勇者に……。なれる訳がないでしょう。タカヒロはどんな能力を授かったの?」

ミリアナさんは笑いながら否定した。

「僕が授かったのは、スケッチブックとアイテムボックス。それと中級魔法だけど、まだ上手く使いこなせていないんだ」

「でもこの世界に来て日が浅いんでしょう、その内に強くなれるわよ」

「そうだといいのですが」

 似顔絵描きのアルバイトを諦めて歩きながら話をしていると、香ばしい香りに惹かれて串刺しの焼肉を売っている屋台の前に来ていた。

「十本ください」

「そんなに」

「銀貨二枚だよ」

 鉢巻をしたオヤジさんが、紙袋をミリアナさんに渡した。

「タカヒロ、払っておいて」

 紙袋を受け取ったミリアナさんは、さっさと歩いていく。

 僕は言われるままに代金を支払うと、後を追いかけた。

「美味しいなァ、何の肉なんだろ」

 人通りが少なくなった路地で、焼肉にかぶりついた。

「オークの肉よ。まあ、豚肉だと考えるといいわね」

「オークかァ……」

 串に刺さった肉を眺めて眉をしかめた。

「何、食欲なくなった?」

 ミリアナさんは笑いながら二本目を口に運んでいる。

「あのオークですよね、実物を見た事はないんだけど、アニメのイメージではかなり凶暴で薄汚いからさ」

 地球での知識で会話が出来る事に、微かなやすらぎを覚えた。

「粗方は間違ってはいないわ。美味しければいいじゃないの」

 ミリアナさんは体格に似合わず大食いなのか、三本目に手をつけている。

「それは、そうなんだけど」

 ミリアナさんの逞しさに感心しながら、早くこの世界の生活に慣れるしかないのかと観念した。


「早いね。もう終わったのかい?」

 『夕焼け亭』に戻ると、女将さんが声を掛けてきた。

「只今。色々あって、引き上げて来たのです」

 祭りの流れの客で忙しそうにしている女将さんに、軽く頭を下げると二階に上がった。

 ミリアナさんも同じように頭を下げると、後を追ってきた。

「タカヒロはこれからどうする積もりなの?」

 ミリアナさんは大剣を壁に立てかけると、ベッドに腰を下ろして気さくに話し掛けてくる。

「どうって言われも……」

 人に騙されるは、アルバイトは上手くいかない僕は、先の事は何も考えられなかった。

「水しかなっくて、ごめん」

 アイテムボックスから道具屋で買った木のコップを取り出し、スケッチブックの4ページ目に水道の蛇口の絵を描くと、水を汲んでミリアナさんに差し出した。

「便利ね!もしかして私以上にチートな力?」

 絵に描いた蛇口から水が出るのを見たミリアナさんは、大きな目を丸くして驚いている。

「取説がないので、まだまだ使い切れていないんです」

 神様の自分に対する扱いの悪さを、ミリアナさんにボヤいた。

「他にどんな事が出来るの?」

 ミリアナさんがスケッチブックを不思議そうに見ている。

「1ページ目はアイテムボックスの出口になっていて、リストをクリックする事で中の物を取り出す事が出来て、2ページ目はアイテムボックスの入口になっていて、入れたい物を触れる事で収納が出来るんです」

「凄いわね」

 スケッチブックから鉛筆を出し入れするのを、ミリアナさんが凝視している。

「3ページ目は火属性魔法の発動。4ページ目は水属性魔法の発動をさせる事が出来るのです」

 3ページ目に小さな炎を描いて『Aizawa』サインを入れると、画用紙の上に炎が浮かび上がって揺れた。

「絵を描いて魔法を発動させるなんて、初めて見たわ」

「この程度の力で、この世界に僕に出来るような仕事がありますかね?」

「私と一緒に冒険者をやらない? アイテムボックスを持っているタカヒロがいれば荷物を運ぶのが楽になりそうだし」

 驚きから覚めて現実に戻っているミリアナさんの声が弾んでいる。

「冒険者なんて絶対に無理ですよ。それに荷物運びですか……」

 ハーレムを作るどころか、食べていく事さえ難しく思えてきている。

「魔物は私が倒すから心配いらないわ。それに中級魔法が使えるのなら、もっと凄い魔法が使えるんじゃない」

 戦いは任せなさいと言うミリアナさんは、右肘を力強く曲げてみせたが、さすがに上腕二頭筋が大きく盛り上がる事はなかった。

「年下の女性に守られてばかりいるのもなァ」

「先ずは、早く平和ボケから抜け出さないと、この世界では生きていけないわよ」

「ミリアナさんは肉体だけではなく、精神的にも強いんですね」

「強くなければ生きていけない世界だからね。私とパーティーを組む事を真剣に考えておいて。今日は帰るわ」

 ミリアナさんは、大剣を軽々と背負うと出て行った。

「神様、やっぱり無理です。もう地球に帰らせて下さい」

 同郷者との出会いを懐かしむ間もなく現実を突きつけられた僕は、天井に向かって呟いた。

 神様からの返事が返ってくる事はなく、祭りの夜は更けていった。

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