第23話 コボルトキングとの戦い


 五十メートル。体力作りに励んでいた今の僕に、苦になる距離ではなかった。


 灰色の群れの中に銀色の毛並みが目立った。


「やっぱり」


「コボルトキング! なぜここに?」


「こいつがオオカミ達を操っているのだ」


「お前達は試練のダンジョンで出会った奴だな。そのマントは、俺のマント……」


「やはり、人間の言葉を喋るのか?」

 ミリアナさんが大剣を構えた。


「殺してしまったらダメだよ。それに明かりが消えるけど大丈夫?」


「大丈夫よ。少しは夜目が効くから」


「オオカミども、二人を食い殺せ!」

 コボルトキングが牙を剥いて唸っている。


「お前の命令と、コボルトの覇者となった僕の命令と、オオカミはどっちを聞くかな。伏せ!」

 銀色に輝いている僕は、周りを見渡しながら命令した。


「クウッ……」

 オオカミは飼いならされた犬のように地面に伏した。


「あのお方の邪魔をする奴は死ね!」

 コボルトキングが僕に飛び掛かってきた。


「無駄よ」

 ミリアナさんの大剣がコボルトキングを弾き飛ばした。


 ミリアナさんとコボルトキングの睨み合いが続く中、僕はスケッチブックの7ページ目から目を離す事なく鉛筆を走らせた。見るのが二度目なので、肖像画は五分程で完成に近づき、『Aizawa』のサインを入れた。


 異世界に来てから絵を描く速さと描写の正確さが、驚くほど上昇している。


「何をした! 力が抜けていくぞ」

 僕を睨むコボルトキングが、牙を剥いて唸っている。


「そこまでだ、コボルトキング」

 目を赤く塗りつぶすと、コボルトキングは倒れて動かなくなった。


「オオカミよ、自分達の巣に戻って大人しく暮らせ」

 僕が右手を上げると、大人しくなったオオカミの群れは山を目指して走り去っていった。


「今回も守って貰ったね、ありがとう」


「あれだけのオオカミに囲まれてビビらないなんて、タカヒロは強くなったわ」

 ミリアナさんは満面の笑みを浮かべている。


「まだまだ、ミリアナがいなければ何も出来ないよ」

 マントと肖像画をアイテムボックスに収納すると再び火の玉を浮かべて、木箱にコボルトキングを入れるのをミリアナさんに手伝って貰った。


「これは他の人に見せない方がいいし、出来るだけ早くギルドに報告した方がいいわね」

 ミノタウロスの事があるので、ミリアナさんも慎重になっている。


「でも、任務中だからロンデニオには戻れないよ」

 僕達はコボルトキングの処分に悩んだ。


「どうした? 大丈夫だったか?」


「グランベルさん! 大丈夫です。皆さんは?」


「村で待たせてある。オオカミを追い払ったのは君達。否、タカヒロ君、君なのだろ。なぜそんな深刻そうな顔をしているのだ」

 グランベルさんは察する物があって、一人で様子を見に来たようだ。


「ミリアナ……」

 困ってミリアナさんに救いを求めた。


「何だ、俺は信用されていないのか?」


「決して信用していない訳ではありません。ただ、知らない方がいい事もあるのではないかと」


「ここはグランベルさんに全て話して、ひと肌脱いで貰うしかないと思うわ。明日には領主の騎士団も来るでしょうから、見られると困るわ」


「おいおい、そんなに厄介な事なのか?」


「グランベルさん、この箱をロンデニオの冒険者ギルドまで届けて貰えませんか?」


「何が入っているのだ?」


「オオカミの群れを操っていたボスです。今は動く力がなくなっているので、ギルドマスターに拘束して貰いたいのです」

 木箱を開けた僕達は、揃って頭を下げた。




「魔物が復活するなんて急に信じられる話しではないが、こうしてコボルトキングを見せられると信じない訳にはいかないし。しかし、任務から離れる訳にはいかないしな」

 僕達の話しを聞いたグランベルさんは、頭を抱えている。


「ギルドマスターに私からだと説明して貰えれば、すぐに対処してくれます」


「トドンドさんには、僕からお願いしてみますから」


「アイテムボックスを持っているタカヒロ君が今回の任務を離れる訳にはいかないし、そのタカヒロ君を守っているミリアナがキャラバンから離れる訳にはいかないか。ううん、俺が何とかするしかないのか」

 グランベルさんは困り切った顔をしながらも承諾してくれた。


「ありがとうございます」


「今回の任務が終わったら飯を奢れよ」


「きっとマスターが奢ってくれますよ」

 ミリアナさんが保障してくれた。


「あの怖いマスターと一緒に食事をするのは、勘弁して欲しいな」

 グランベルさんの言葉に、僕達は笑いながら村まで戻った。



「皆さん、ご無事で何よりです。オオカミはどうなりましたか?」

 カインさんたちと騎士の介抱をしていたトドントさんが聞いてきた。


「百頭ほど倒したら、恐れをなして山に逃げていきました」

 グランベルさんが黙っている僕たちに代わって答えた。


「百頭ですか、それは凄い。ところでオオカミの屍は、どうなっていますか?」


「まだそのままですが?」

 トドンドさんの問いに、グランベルさんが首を傾げている。


「オオカミの毛皮を剥いで貰えませんか、一頭分銀貨五枚で買わせて貰います」


「二、三頭なら出来ますが、百頭ですよ。それに血抜きをしなければすぐに腐敗してしまいますよ」

 グランベルさんはトドンドさんの商売根性に呆れている。


「トドンドさん、提案があるのですが、よろしいでしょうか」

 僕は無理な願いを通すのはここしかないと、二人の会話に割って入った。


「何かな」


「僕のアイテムボックスにオオカミの屍を収納しておけば、腐敗する事も固くなる事もありません。後で時間がある時に、ゆっくり解体すればいいのではないでしょうか?」


「それは、本当かね」


「はい。ただ僕のお願いを一つ聞いて貰えますか?」


「何でも聞こう、言ってみたまえ」


「グランベルさんが、三日間護衛任務から離れる事を認めて欲しいのです」


「何かあったのかね?」


「はい、ロンデニオに戻らなければならい急用が出来まして。お許し頂けるのなら、二日だけも抜けさせて頂きたいと思います」


「君ほど任務に厳しい男が言うだ、詳細は聞かないでおこう。出来るだけ早く戻って来てくれたまえよ」


「ありがとうございます」

 グランベルさんが頭を下げている。


(僕達の頼みを叶えるために頭を下げて頂いて、ありがとうございます)

 僕はグランベルさんに感謝の意を込めて深く頭を下げた。




 早朝、木箱を背負ったグランベルさんが、馬に乗って村を出ていくのを見送った。


「リーダーなら心配しなくても大丈夫、昼過ぎにはロンデニオに着くさ」

 振り向くと、悠然の強者のメンバーが並んでいた。


「グランベルとは十年以上、命がけの仕事を一緒にしてきたのだ、何も聞かなくても意思の疎通は出来るさ」


「そうなんですね」


「この仕事が終わったら、奢れよ」


「はい、ギルドマスターが奢ってくれると思いますよ」


「エーッ! ギルドマスターと食事」

 三人の反応にミリアナさんと声を出して笑った。


「皆、早いな」

 現れたのは鎧を脱いだ青年騎士だった。


「おはようございます、ジョウダンさん。ケガは大丈夫ですか?」


「カイン殿の回復魔法で、すっかりよくなったよ。ありがとう」


「ジョウダンさんは大したケガではありませんでしたから、それよりゴンザさんとフロンストさんが心配です」


「ゴンザなら大丈夫だ、頑丈さが取り柄の男だからな。それにフロンストは私の後ろにいたから大したケガはしていないだろう。それより、あのあとオオカミはどうなったのだね。不覚にも数十頭に体当たりをされて、意識を失ってしまったのだが」


「オオカミなら山の方へ逃げて行きました。あそこに三十頭ほどの死体が積んでありますから、騎士団が来られましたら運んで行って下さい。お二人が追い払った事にして頂いて構いませんよ」

 リーダー代理のカインさんがゼリアさんの魔法で毛皮が焦げてしまった屍や、損傷の激しい屍を集めた山を指さした。


「君達の働きを無視して、そうはいかないだろ」


「我々は護衛任務の途中ですので、あまりこの件には関わりたくないのです。まあ、貴方方の手助けをした程度にしておいて下さい」


「なら、そうさせてもらおう。世話になったな」

 頭を下げた青年騎士は、僕に視線を向けると目礼して村に戻っていった。


「皆さん、朝食の用意が出来ました。済みしだい出立しまから急いで下さい」

 昨夜の労をねぎらうと言って、従業員と朝食の準備をしていたトドンドさんの呼ぶ声が聞こえた。


「タカヒロ、私たちも行くわよ」


「はい」

 皆の後についてキャンプ地点に戻った。

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