第22話 オオカミとの戦い


 色鉛筆で真っ赤な球体を描くと、村の上空二十メートルに浮かべた。


 直径三メートルの火の玉は流石に昼間ほどの明るさはなかったが、五十メートル先まで見渡せる明かりを地上に降り注いでいる。


「おいおい、本当に遣りやがった!」

 ライフさんが驚きの声を上げた。


「俺達も遣るしかないな。カインは俺達に強化魔法を掛けた後、治療のために魔力を温存してくれ。ゼリアは魔法での後方支援。俺とライフ、それにミリアナでオオカミを殲滅する」


「任せな。オオカミなど一薙ぎで蹴散らしてやる。坊主は皆を守れよ」

 ライフさんは大鉈に巻いていた革の帯を解いて肩に担いだ。


「はい。任せておいて下さい」

 5ページ目を開くと、馬車の周りを土壁で囲い始めた。


「凄いですね。この中にいれば安全だ」

 土壁を叩いたトドンドさんは、急ごしらえの塀の丈夫さに感心している。


「皆さんは、この囲いの中で馬が暴れないように見ていて下さい」

 ジムニー商会の人と馬車を高さ三メートルの土壁で完全に隔離すると、6ページ目にショートソードを描いて光の波紋の中から引き抜いた。


「何だ、この明るさわ!」

 村長さんの家から完全武装した三人の騎士が走り出してきた。


「本当にオオカミの群れが来るのですか?」

 顔面蒼白の村長さんも駆けつけてきた。


「村人の皆さんは、しっかりと戸締りをして家から出ないように。さあ、皆、行くぞ!」

 グランベルさんが仲間に気合を入れる。


「指揮は我々が取る。君らはそれに従えばいい!」

 中年騎士がロングソードをかざして息巻いている。


「あんたらもケガをしないように気をつけるのだな」

 憤慨している騎士に軽口を叩いたグランベルさんが走り出すと、ライフさん、カインさん、ゼリアさんも村の外れに向かって走り出した。


「タカヒロ、気をつけるのよ」

 ミリアナさんも続いて走り出した。


「冒険者風情が粋がりやがって」

 中年騎士はガチャ、ガチャと重たそうな音を響かせながら動き出した。


 兜を脱いだ青年騎士は暫く僕を見詰めていると軽く頭を下げ、若い騎士を連れて足早に走り去っていった。


 オオカミの遠吠えが間近に迫って来ている。




 数分後、前衛隊に強化魔法を掛け終えたカインが戻ってきた。


「君が言った通り、凄い数だよ」


「勝てますかね?」

 村を幾重にも取り巻くほどの数に、気が気ではなくなってきていた。


「魔物の集団ではないので心配ないと思うが、戦いが十五分以上に長引くと分からなくなるな」


「どうして、十五分なのですか?」


「狂戦士であるライフの集中力が、十五分を過ぎると怪しくなってくるのだ。これだけの数だと一角が崩れると、後はなし崩し的に追い詰められる可能性があるからな」

 カインさんは革袋から砂時計を出して、食事用のテーブルに使っていた台の上に置いた。


「それは?」


「時間が来たら、皆に知らせるための発炎筒さ」

 カインさんは竹筒のような物を革袋から出している。


「十五分ですか」

 森の方角に視線を向けると、遠くで爆発と共に火柱が上がった。


「始まったようだな、あれはゼリアの先制のファイアボールだ。前衛を抜けたオオカミがこちらにも向かってくるだろうが、大丈夫か?」

 カインさんはメイスを握り締めている。


「はい。準備は出来ています」

 5ページ目に大量の石礫を描いたスケッチブックを傍に置いた僕は、風魔法を纏ったショートソードを構えた。



「五分経ったぞ」

 カインさんが砂時計をひっくり返した。


 オオカミの唸り声や悲鳴がさらに激しさを増している。


 数匹が村の中を走り出している。


「キャイ~ン」

 ショートソードを振ると、飛び掛かってきた一匹が吹っ飛んだ。


「ウウッ!ウウッ!」

 牙を剥いた三匹が様子を窺いなが、間合いを詰めてくる。


「スラッシュ!」

 横なぎに剣を振ると、三つの頭が転がった。体力作りのお陰でショートソードを振るスピードが格段に速くなっている。


「十分が経過した」


「まだまだ終わりそうにありませんね」

 僕とカインさんも近づいてきたオオカミを十頭近く倒しているが、戦いは一向に終結を迎えそうになかった。


「ゼリア、どうした?」


「魔力が切れそうなの。魔物でもない動物が、ここまで執拗に人間を襲ってくるのはおかしいわ。どこかに指揮をしているボスがいる筈なのだけど、それが分からないのよ」

 戦線を離脱してきたゼリアさんが、カインさんと話をしている。


「もう殆ど時間がないぞ」

 砂時計に目をやるカインさんがイライラし始めている。


「村から五十メートルほど離れたところにボスがいます」

 緑の〇は村近くに五つあり、そこから五十メートルほど離れたところに他より大きいな赤い〇があった。


「ボスの居場所が分かっても、取り巻きの数が多くてとてもそこに辿り着けないわ」

 ゼリアさんが力なく首を振っている。


「暫くするキャラバンを囲っている塀が消えますが、ここをお任せしてもいいでしょうか?」


「何をする気だい?」

 合図用の発炎筒を手にしているカインさんは、最後の判断に躊躇している。


「ボスを倒してきます」


「本気で言っているの、それよりも皆を呼び戻してキャラバンを守死するほうが賢明だと思うわ」


「ゼリア、リーダーが言っていただろ、悠然の強者はタカヒロ君の指示に従うと。タカヒロ君、ここは任せてくれたまへ」

 竹筒を置いたカインさんは、険しい表情でメイスを構えて見せた。


「仕方がないわね。魔力が尽きるまで戦ってやるから、生きて戻ってくるのよ」

 ゼリアさんは杖を高く翳した。


「ありがとうございます」

 アイテムボックスから試練のダンジョンで手に入れたマントを出して羽織ると、全身が銀色に輝き出した。


(この赤い〇は試練のダンジョンで出会ったコボルトキングと同じ波長。そしてこのマントは、そのとき手に入れたコボルトの覇者のマント)

 レーダーを確認する僕は、コボルトキングが復活したのだと言う予感があった。


 ミリアナさんの元に走ると、戦場は惨い状況だった。


 百匹近いオオカミが屍の山を築き、鎧を潰された三人の騎士が倒れていた。


 グランベルさん、ライフさん、そしてミリアナさんが武器を構えて肩で息をしている。


「ウウッ! ウウッ!」

 僕が近づくとオオカミは低い唸り声を洩らしながら、後退りしていく。


「ミリアナ! 僕を守って」


「任せなさい!」

 笑顔を取り戻したミリアナさんが、オオカミの群れを割って走る僕を追ってきた。


「おい、どこへ行くきだ?」


「ボスを倒してきます」

 唖然とした表情のグランベルさんとライフさんをしり目に、五十メートルを走った。体力作りに励んでいる今の僕に、苦になる距離ではない。


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