第21話 護衛の初任務
護衛任務の打ち合わせは、冒険者ギルドの二階で行われる事になっていた。
僕がミリアナさんの後について部屋に入ると、正面に初老に近い男性が座り、右側には壮年の男性三人と僕達とあまり年の変わらない女性一人の冒険者が座っていた。
「何でお前達が!」
椅子を倒して立ち上がったのは、初めてギルドに来たとき絡んできたあの大男だった。
「私達も今回の仕事を受ける事にしたので来たのだが」
ミリアナさんは平然と左側の席に着いた。
「遅くなって申し訳ありません」
僕は皆さんに頭を下げて、ミリアナさんの隣に座った。
「揃ったようですから、始めましょうか。私は今回、護衛をお願いするジムニー商会のトドンド・ジムニーです。悠然の強者の皆さんとは三回目で、無双のデッサンのお二人とはお初ですね、お見知りおきを」
正面に座った男性が挨拶をした。引き締まった体格をしていて、一見冒険者のように見えなくもなかった。
「B級冒険者悠然の強者のリーダー、グランベルです」
右側の先頭に座っていた銀色に輝く鎧の男が一礼した。テーブルには銀色に輝いている兜が置かれている。
「同じく悠然の強者、ライフだ」
毛皮の服を着た大男は、僕を睨んでいる。
「同じく悠然の強者、カインです、よろしくお願いする」
優男は神官服を着ていた。
「悠然の強者の紅一点、ゼリアです」
燃えるような赤い髪をした女性は、ビキニの革鎧の上に黒マントを羽織り、先端に宝石のついた杖を持っていた。
「無双のデッサン、ミリアナです」
「無双のデッサンのタカヒロです。宜しくお願いします」
初めて参加した打ち合わせに緊張している僕は、立ち上がって深くお辞儀をした。
「なんで、そんなひよっこと一緒なのだ! それに無双てなんだ、意味が分かっていて言っているのか?」
ライフさんが意味もなく絡んでくる。
「タカヒロさんは収納アイテムをお持ちなので、私が是非にとお願いしたのです」
「えッ」
トドンド・ジムニーさんの言葉に、ミリアナさんを見詰めた。
「無双のデッサンを売り込むために、タカヒロの力を宣伝に使わせて貰ったのよ」
ミリアナさんは僕の驚きに笑みを浮かべている。
「収納アイテムですか、凄いですね。どれぐらい持てるのですか?」
鎧だけではなく頭も綺麗な銀髪のグランベルさんが、穏やかな口調で聞いてきた。
「二百キロは余裕で持てるわ」
ミリアナさんがドヤ顔をしている。
「それは凄い。今回の旅は楽が出来そうですな」
「どうしてでしょうか?」
僕はカインさんの言葉の意味が分からなかった。
「馬車に乗せる荷物が軽くなれば馬が楽をする。馬が楽をすれば早く目的地に着けるので、私たちも楽が出来ると言う訳ですよ」
カインさんは楽しそうに話しをする人だった。
「戦闘になったら役に立たないだろうから、精々荷物運びを頑張るのだな」
僕の存在が気に入らないのか、ライフさんが嫌味を言ってきた。
「ライフ、いい加減にするのだ。今回、一緒に仕事をする仲間なのだぞ」
グランベルさんが釘を刺している。
「それでは、詳しい依頼内容と報酬を相談させて頂きます。護衛は王都までの往復で、途中二つの村に寄りますので十日間を予定しております。報酬はお一人、金貨十枚でいかがでしょうか?」
「王都までの道のりは比較的安全だから妥当な金額だろう。ところで、任務中の食事などはどうなるのだ?」
「一日三食と王都での宿賃は、私どもでご用意させて頂きます」
「悪くない条件だ。どうだい、無双のデッサンのお二人さん?」
グランベルさんが、ミリアナさんを見ている。
「そちらが良ければ、私たちに異存はないわ」
「トドンド・ジムニーさん、その条件で依頼を受けさせて貰おう」
グランベルさんが今回の仕事を仕切ろうとしているようだ。
「トドンドで結構です。それでは出発は二日後の早朝ですのでよろしくお願いいたします」
「任せておきな。悠然の強者がついていれば、盗賊も尻尾を巻いて逃げ出すさ」
ライフさんが豪快に笑い声をあげた。
ジムニー商会がトドンドさんを含めて四人。そして護衛が六人で荷馬車が二台と、食料や水などの必要物資をすべて僕のアイテムボックスに入れたので、小規模なキャラバンになった。
馬に乗ったグランベルさんが先導して、前の馬車の御者台にはジムニー商会の従業員が御者を務め、隣にミリアナさんが座っている。
後ろの馬車は同じく従業員が御者を務めて隣にカインさんが座っていて、後方を馬に乗ったライフさんが警護に当たっている。
あとの四人は前後の馬車に分かれて乗車した。
一日目は何事も起こらず、街道沿いの広場で野営することになった。
僕がアイテムボックスから出したテントが設置され、テーブルに出した食材や水で調理が行われるとささやかな夕食となった。
夜警は冒険者が二人ずつ交代で行い、僕はミリアナさんと夜明け前の三時間を担当した。
「護衛任務って、結構大変なのですね」
深い眠りに入った所を起こされて欠伸が止まらなかった。
「今回はタカヒロのアイテムボックスがあるから楽なほうよ」
「そうなのですか」
「沢山の荷馬車を守らなくても、タカヒロ一人を守っていればいいのだから楽なものよ」
「そんなものなのですかね?」
ファブリオさんが大金を出してでも手に入れたいと、言っていたのが頷けた。
「街からかなり離れたから気を付けろよ!」
二日目は、出発前からグランベルさんたちが神経質になっていた。
「何か起こるのですか?」
隣にいるミリアナさんに小声で聞いてみた。
「この先は盗賊がよく現れるのよ」
「それで商人さんたちは冒険者に護衛を依頼するのですね」
「盗賊もそうだけど、場所によっては魔物も現れる事があるからよ」
「そうなんですか」
「どうした坊主、震えているのか? 俺たちがいるから何も心配する事はないぜ」
僕たちの話を聞いていたライフさんが笑っている。
心配していた盗賊に襲われる事も無く、夕刻前には最初の目的地であるセミコン村が見えてきた。
「何か騒がしくないか?」
先頭を行くグランベルさんが、手を上げて一行を止めた。
村人が走り回っているのが遠目にも分かった。
「ライフ、先に行って様子を見て来てくれ」
「任せな」
ライフさんは馬を走らせると、十分もせずに戻ってきた。
「村の近くでオオカミの群れが現れたらしく、領主に派遣された騎士三人が調査に来ていたぞ」
「オオカミの群れか。我々にも手伝える事があるかもしれん、行くぞ」
「今回はこの村での買い付けは難しいな」
いつ来るか分からない獣の襲撃に備えて、戸締りなどに余念のない村人を見て独り言ちるトドンドさんは、村長さんと交渉をして野営をするために村の一角を借りてきた。
「まずは、テントの設営。そして夕食の準備だ」
グランベルさんの指示で昨日と同じように野営の準備が行われ、時間が早い事もあって焼肉とスープも用意された。
(さすが熟練の冒険者、慣れたものだな)
荷物を出す事しか出来ない僕は、無駄のない動きをする悠然の強者とミリアナさんを感心して見ていた。
ジムニー商会の従業員も動いてはいるが、あまり役には立っていないようだ。
「旨そうな匂いがしていると思ったらここだったか。私たちも仲間に入れて貰えないだろうか? もちろん、食料代は払わせて貰うぞ」
村長さんの家から出てきた凛々しい顔をした青年の騎士と、恰幅のいい中年の騎士、それに若い騎士が声を掛けてきた。三人とも鉄製の鎧を着て、腰にはロングソードを下げている。
「お仕事、ご苦労様です。どうぞ、どうぞ」
トドンドさんが従業員に席を空けるように指示している。
「すまないね。私達は領主であるイルカシ男爵に仕えるジョウダンとゴンザ、そしてフロンストと申す者だよろしく頼む」
青年騎士が挨拶をした。
「村の食事がお粗末で物足りなかったのだ。腹が減っていては、いざと言うときに戦えないからな」
恰幅のいい中年騎士、ゴンザさんは勧められた肉にかぶりついている。
若い騎士のフロンストさんは新入りなのか、黙って軽く頭を下げただけだった。
「俺は護衛チームのリーダーでグランベルです。ところでオオカミが現れたと言うのは本当なのですか?」
「この村に来る途中の森の中で三人の冒険者風の死体を発見したのだが、周りに十数頭のオオカミの死骸があったから間違いないだろう。今、仲間が領主様に報告に行っているから、明日には応援部隊が到着する筈だ」
ジョウダンさんが料理を口に運びながら、経緯を話してくれた。
「冒険者がオオカミに負ける事があるのですかね?」
僕は傍にいるミリアナさんに小声で聞いた。
「弱ければ負けるだろうし、十数頭の屍があったと言う事はかなりの数のオオカミがいたのだろう。私ならオオカミごとき数百頭いようが負けはしないけどね」
ミリアナさんはどや顔をしている。
「お嬢ちゃんは強いのだな。オオカミが襲ってきたら、応援を頼めるかな」
少女にしか見えない小柄なミリアナさんを、中年騎士は小馬鹿にしたように笑いながら言った。
「いいけど、高くつくわよ」
「頼もしいね、オオカミ一頭に銀貨一枚だすから、よろしく頼むよ」
「銀貨一枚か、引き受けよう」
「ミリアナ、止めておきなよ。変なフラグが立っちゃうと困るから」
僕はマントの裾を引っ張ってミリアナさんを止めた。
「ご馳走になった、いくら払えばいいかな?」
「結構です。今回は私に奢らせて下さい」
トドンドさんが軽く頭を下げた。
「すまないな。ではご馳走になるとしよう。行くぞ」
口数の少ない青年騎士が、二人の騎士を促して村長さんの家に戻っていった。
「明日は早く出立するから、我々も休むとするか。見張りは決めた通りだ」
「今日は私達が最初でいいのだな」
指揮しているグランベルさんにミリアナさんが答えた。
「ちょっと、待って下さい」
「どうした、坊主。リーダーの決めた事に何か不満があるのか?」
スケッチブックを見ている僕に、恐い顔をしたライフさんが近づいてきた。
「違うのです。オオカミの群れと思われる集団がこの村に近づいて来ているのです。それも数え切れない数が」
7ページに円を描いたレーダーを、隣にいるミリアナさんに見せた。
「何を馬鹿な事を言っているのだ、この赤い〇がオオカミだとでも言うのか?」
ライフさんがスケッチブックを覗き込ん笑っている。
「はい。オオカミかどうかは分かりませんが、敵である事は間違いありません」
「この数、半端じゃないわね」
ミリアナさんが大剣に手をかけた。
「ミリアナ、お前はこいつの言っている事を真に受けているのか?」
ライフさんは僕の探索能力をまったく信用していない。
「当然でしょ、仲間なのですから」
「ライフ、耳を澄ましてみろ!」
グランベルさんが険しい表情になっている。
「まじか、あれは遠吠えか? 坊主、どれぐらい離れているのだ」
ライフさんもただならぬ気配を感じ取ったようだ。
「二キロぐらい先ですが、かなりの速さで走っていますから、直ぐにやってきます」
「カイン、村長の家に行って知らせて来てくれ。向こうが信じないのならそれでも構わない、伝えるだけは伝えておくのだ」
「分かった」
「我々の任務はジムニー商会の人間と商品を守る事だ、絶対に死守するのだぞ」
グランベルさんは、馬車と人を一ヵ所に纏めるように指示を出している。
「村の人達はどうするのですか?」
僕は戦う術の無い人達の事が心配になった。
「この暗がりで大勢の人を守りながら戦うのは無理だし、それに俺達の仕事ではない」
「僕がジムニー商会の人と商品を一人で守ると言ったら、皆さんは村人を助けるために動いてくれますか?」
「それを決めるのは俺ではなく、雇い主であるトドンドさんだ」
グランベルさんは仕方がない事だと言うように、首を横に振っている。
「坊主が一人で守るだと、それこそ無理に決まっているだろ」
ライフさんが僕の肩を叩いた。
「ミリアナはどうするのがいいと思う?」
「私も村の人を助けたいとは思うけど、この暗がりで全員を助けるのは無理だと思うわ。それに、トドンドさんの意向を優先するのが依頼を受けた冒険者の義務よ」
ミリアナさんが悲しそうに首を振っている。
「トドンドさん!」
僕は焚火に浮かび上がったトドンドさんの蒼ざめた顔を見詰めた。
「君が我々を守ると約束してくれるなら、後は君に任せるとしよう」
「信じて頂けるのですね、ありがとうございます。グランベルさん、力を貸して頂けませんか?」
「君の言いたい事は分かる。しかし、この暗さでは向かってくるオオカミを倒すだけが精一杯で、襲われる沢山の人を助けるのは無理だ」
「そうだぞ、坊主。無理をすれば我々も全滅してしまうのだぞ」
「村全体を昼間のように明るくしたら、村人を助けて貰えますか?」
戦う事の厳しさが分かっていない僕は、必死で哀願した。
「ジムニー商会の人を守って、村全体を明るくする? 君にそんな事が出来るのなら、我々は君の指示に従おう」
真剣な眼差しで僕を見詰めるグランベルさんの言葉に、他のメンバーは同意してくれた。
「ミリアナもいいよね?」
「タカヒロが遣ると言うのなら、全力で応援するわよ」
「ありがとう」
カバンからスケッチブックと色鉛筆を出すと、3ページ目を開いた。
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