第20話 ミリアナの誕生日
試練のダンジョンから戻った翌日から僕は、体力作りに励んでいた。
早朝から一時間のランニング。朝食後はショートソードを握っての素振り。
午後は一時間のランニングの後、街を出てミリアナさんと剣術と組み手の練習と、ほぼ一日中身体を動かしていた。
試練のダンジョンンで見つけた金貨六十枚と、ギルドからミノタウロスを封印した報酬として支給された金貨三十枚で、当面の生活費は工面できた。
僕を強くするための先行投資だと言ってミリアナさんは、今回は報酬の半分の受け取りを辞退してくれた。
「明日は用事があるから、一人で訓練をしておいて。それと、夜、私の家に来てくれないかな」
最近では、僕に対するミリアナさんの言葉遣いが少し優しくなっている。
「何かあったのかい?」
「明日は私の誕生日なの」
「そうか、もうそんなに日が経ったのだ。分かった、マスターの家に行けばいいのだね」
僕は二月前の祭りの日の、苦い出会いを思い出していた。
「そう、待っているわ」
「プレゼントは何がいいかな?」
「この世界では誕生日を祝ったり、プレゼントを渡したりする習慣はないから、手ぶらで来てくれたらいいわ」
「でも、マスターの家に手ぶらでは行きにくいな」
「今のタカヒロの姿を見たら師匠も安心してくれる思うから、来てくれるだけでいいのよ」
ミリアナさんはいつになく真剣な表情をしている。
体力作りを始めて一月半が経ち、体格的に急激な変化は見られないが一時間のランニングが二時間になり、ショートソードを振っていても息切れしなくなっていた。
「宿屋のご主人にお願いしてサンドイッチを作って貰うから、それを持って行くよ」
「無理をしなくていいわよ。それじゃ、明日ね」
街に入るとミリアナさんは、手を振って走り出した。
(相変わらず、タフだなァ)
ミリアナさんの後姿を見送った僕は、疲れた体を引き摺るようにして『夕焼け亭』に戻った。
翌日は草原での訓練を早々に切り上げ、ジェイルズさんに作って貰ったサンドイッチを持って、街の中心部にあるギルドマスターの屋敷を訪ねた。立派な門構えの豪邸だった。
試練のダンジョンの事件以来一度も冒険者ギルドに行っていないので、カーターさんに会うのは二回目になる。
「こんばんは、タカヒロと申します」
「お伺い致しております。どうぞお入りください」
玄関で出迎えてくれたのは、中年のメイドさんだった。
「お邪魔します」
広い応接間に通された僕は、場違いの雰囲気に呑まれた。柔らかそうなソファーに毛足の長い絨毯、装飾品も高そうな物が飾られている。
「よく来てくれた、そんなに固くならないでいい。儂もこんな広い屋敷での生活は好きではないのだが、立場上仕方がないのだ。まあ、座りたまえ」
厳つい顔のカーターさんが作り笑いをしている。
「失礼します」
ソファーを汚さないように浅く腰掛けた。
「ミリアナからは何か聞いているかね」
向かいに座ったカーターさんは、心配事があるのかソワソワしている。
「誕生日だから来て欲しいとだけ言われました」
「そうか、ミリアナは何を考えているのやら」
カーターさんはさらに深刻な表情になっている。
「お待たせ」
「家の中でその恰好は何なのだ」
カーターさんが驚いたのも無理はない。
ミリアナさんはセパレートの革鎧にグレーのマントを羽織り、手甲脚絆で大剣を背負っていたのだ。
「師匠、長い間お世話になりました。運命の人が見つかりましたので、明日からはその人を守るために生きて行きます」
ミリアナさんは明るい笑顔で、カーターさんを見詰めている。
「そうか。無事に見つかったか、よかったな」
カーターさんは渋々と言った顔で頷いている。
「はい。色々とありがとうございました。タカヒロ、行きましょうか?」
「はいッ?」
僕は意味が分からずに固まってしまった。
「私、今日で十七才になったの。十六才で出会った奇跡の人は、タカヒロ、やはり貴方だけだったわ」
「それで?」
「それでって。もう奇跡の出会いを待つ必要が無くなったのよ、今日からはタカヒロだけを見ていればいい、そうでしょ」
へそ出しルックのミリアナさんがどや顔をしている。
「それじゃ、ミリアナの人生はどうなるの?」
「私がタカヒロを守る理由と、私の願いは以前に話したでしょ。忘れたの?」
「忘れてはいないけれど、僕はもう一人でも生きていく自信があるよ」
まだ平和ボケしていると思われている事に少しむくれた。
「確かに強くなったわ。ロンデニオの街にいる限り命を落とす事はないと思うはよ、でもタカヒロの周りでは何か嫌な事が起こりそうな気がするの」
「何を急に、神様に……」
僕は口を押えて、慌ててカーターさんに視線を向けた。
「君たちの事はミリアナに聞いている。信じられないが、伝承によると昔この世界を救った勇者も異世界人だったと言われている。それに、タカヒロの能力は尋常ではないからな」
「それでは、神様の事も聞かれているのですね」
「ああッ」
カーターさんが頷いた。
「師匠には命を助けて頂いた時に全て話してあるの。そしてタカヒロの事も話したわ」
「マスターには、何も隠す必要が無いと言う事だね」
「そおよ、師匠は私たちを助けて下さるわ」
「なら聞くけど、神様は僕たちの将来の事について何か仰っていたのかい?」
「以前に話した通り、タカヒロの事は何も聞いていないわ。ただ、ミノタウロスが『あるお方の力で復活した』と言っていたでしょ。あそこで私たちが封印したのは、偶然だったとは思えないのよ」
ミリアナさんが不吉な事を言ってきた。
「僕は、神様から平凡に生きていいと言われたからこの世界に来たのだ。厄介事はごめんだよ」
さすがにハーレムを作りたくて来たとは言えなかった。
「私だって平穏に暮らせるなら、それに越した事はないと思っているわ。でも、伝承の勇者が現れてもうすぐ五百年になるのよ、いつ動乱が始まってもおかしくはないわ」
「何を言っているのか分からないよ」
「詳しい事は儂が話そう。伝承によるとこの世界は約五百年周期で何度も繰り返されていて、その終焉は勇者と魔王の戦いなのだ。そして最後の戦いから、あと二十年ほどで五百年になるのだよ」
カーターさんはあくまでも言い伝えでしかないと言いながら、この世界の成り立ちを説明してくれた。
(神様が仰っていた、『マダランが発展しない』とは、このリピートが原因なのだな。しかし、僕とは関係が無い筈なんだよなァ)
神様の言葉を思い出していた。
「タカヒロが勇者じゃないとしても、異世界人として巻き込まれる可能性はあるわ。だから、私は傍にいたいのよ」
「ミリアナの気持ちは嬉しいけれど、僕はそんなに大それた人間じゃないから心配はいらないよ」
僕は苦笑いしながら、ないないと顔の前で右手を大きく振った。
「まあまあ、ここで先の事を議論しても始まらないのじゃないか。ミリアナは君と一緒に居たいのだ、それを分かってやってくれないか」
「師匠、変な事を言わないで下さい。私はタカヒロに死んで欲しくないから守りたいだけで、それ以上の感情はありませんからね」
ミリアナさんがむきになって、カーターさんの言葉を否定している。
「ミノタウロスの事は調査中だが、あれ以来大きな事件も変わった魔物が現れたと言う報告もないから、あの事件は偶然だったと儂は思っておる。何かあればギルドが全力で対処するから、君達は危険の少ない仕事を請け負ってこなしてくれたまえ」
「私も十七才になって、長期間街を離れられるようになったから、これからは護衛任務を積極的に請け負っていきましょう」
ミリアナさんはやる気満々で僕を見ている。
「分かりました。よろしくお願いします」
まだまだミリアナさんに勝てない僕は、無双のデッサンの継続を承諾した。
「ところでミリアナ、その恰好からすると、今日にでもここを出ていくのか?」
カーターさんが寂しそうな顔をしている。
「はい、『夕焼け亭』に私も部屋を借りましたから、暫くはそこを拠点に活動していこうと考えています」
「そうか。家にも部屋はいくらでも空いているのだ、ここを無双のデッサンの拠点に使っても構わないのだぞ」
「お言葉は嬉しいのですが、いつまでも師匠に甘えていては師匠を超える事が出来ません。頂いたこの大剣に恥じない戦士になるためにも、外に出て頑張ってみたいと思っています」
ミリアナさんが、背負た大剣の柄を大切そうに撫でている。
「うん、そうか。困った事があればいつでも相談に乗るからな」
カーターさんはそれ以上、口を開く事はなかった。
「ありがとうございます」
ミリアナさんは感謝を込めて深く頭を下げている。
僕は言葉が見つからずに、黙って頭を下げた。
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