第17話 ギルドマスターとミリアナ


「タカヒロ、娘がすまない事をした」

「ええッ!」

「師匠、何を言っているんですか」

 カーターさんの言葉に僕だけではなく、ミリアナさんも驚いている。

「いや、娘のように思ているミリアナがすまない事をした」

 カーターさんが慌てて言い直している。

「マスターは七才の時から今日まで私を育てて、剣術を教えてくれた師匠なの」

 驚いている僕にミリアナさんが説明した。

「そうですか。ミリアナさんの強さは、元S級冒険者直伝と言う訳ですか」

 ギルド内でのミリアナさんに対する、皆の接し方に納得がいった。

「ミリアナが探していた運命の出会いの人物が、君なのかね?」

「分かりません」

 僕はどこまで話していいのか分からずに、答えに困った。

「それは、あと一月半もすれば分かります」

 ミリアナさんは冒険者ではなく、娘の顔でカーターさんを見詰めている。

「そうだな、十七才になるんだな。一人で頑張って生きてきたミリアナにとって、タカヒロ、君が運命の人物である事を儂は願っているよ」

 カーターさんがしんみりとなってしまった。

「マスター、タカヒロ君が返事に困っているわよ」

 マルシカさんが救いの手を差し伸べてくれた。

「すまん、すまん。君の能力について少し聞きたいのだが、いいかな?」

「はい。構いませんが」

「お二人には何を話しても大丈夫。秘密は守って貰えるわ」

 救いを求めるようにミリアナさんを見ると、軽く頷いて答えてくれた。

「まずは、ミノタウロスの力を封じたと言うこれだが、どのような物だね」

 カーターさんがテーブルの上の画用紙を示唆した。そこには今にも暴れ出しそうな魔物の姿が鮮明に描かれている。

「まるで生きているようですね」

 マルシカさんが椅子から立ち上がって覗き込んでいる。

「このスケッチブックの画用紙は魔法発動の媒体になっていて、7ページ目の空間属性魔法の画用紙に生き物を描くと力を吸い取る事が出来るのです」

「それは凄いな。他にはどのような魔法が使えるのかね?」

「そうですね。その前にミノタウロスの絵をアイテムボックスに仕舞って置きます」

「どうしてかね?」

「スケッチブックを閉じると、魔法の効力が無くなってしまうからです」

「効力が無くなると言う事は、ミノタウロスが暴れ出すと言う事かね?」

 カーターさんとマルシカさんが頬を強張らせている。

「はい」

「ミノタウロスは処分して置いた方が良いようだな」

「今は駄目です!」

 ミリアナさんが首を激しく振っている。

「どうしてだ?」

「どこかで復活する可能性があるからです」

「試練のダンジョンの調査が終わるまで、タカヒロに預けておくしかないか。宜しく頼むよ」

「分かりました」

「良ければ他の魔法を見せてくれないか?」

「はい」

 アイテムボックスから雑貨屋で手に入れたガラスコップを取り出すと、4ページ目に蛇口の絵を描いて水を汲んで見せた。

「凄いわね!」

「おおッ! その水はどこの水かね?」

 マルシカさんもカーターさんも驚いている。

「どこかの湧き水だと思います。美味しい水ですよ」

 コップに汲んだ水を二人に差し出した。

「う、うん。確かに美味い」

 カーターさんは躊躇いもせずに一気に飲み干した。

「本当、冷たくて美味しいわ」

 マルシカさんは少しずつ口にしている。

「そのスケッチブックには、他にどんな力があるのかね?」

「魔法とアイテムボックス以外には、僕にもまだ分かっていないのです」

「それだけで十分に凄いよ」

「アイテムボックスは無制限に物を入れる事が出来、おまけに時間が経過しないのよ」

 大人しくしていたミリアナさんが、急にしゃしゃり出てきた。

「ミリアナ、それは……」

「冒険者の能力や秘密は絶対に守ってくれるから。むしろ、話しておいた方が守って貰えるわ」

「そうだぞ、ギルドは冒険者の味方だ。たとえ国王が何か言ってきても守ってみせる」

 カーターさんは自信ありげに頷いている。

「そうですか、よろしくお願いします」

 国王とかの存在はよく分からないが、頭を下げておいた。

「無制限で時間が経過しないとは、具体的どのような物なのですか?」

 マルシカさんはいたって冷静に訊ねてくる。

「無制限と言っても樹木のように大地とつながっている物や、命がある物は収納出来ません。時間の経過がないとは、収納した物は取り出すまで同じ状態を保つと言う事です」

「と、言う事はですよ。生きたドラゴンは収納出来ないが、死んだドラゴンなら収納出来て、なおかつ腐敗したりしないと言う事ですよね」

「ドラゴンですか、出来ると思いますよ」

 マルシカさんのとんでもない例えに、首を傾げながら答えた。

「うううん。それはとんでもない力だ。いいかねタカヒロ、アイテムボックスの収納量はルベルカと同じ二百キロ位にしておくんだ。戦う力のない君が大きな能力を持っていると知れたら、災いに巻き込まれるからな」

 カーターさんは腕組みをして考え込んでいる。

「はい、分かりました」

「あと、当面は護衛任務などの危険の少ない仕事をする事。その時も、必ずミリアナと一緒に仕事をする事。いいね」

「マスター、凄く慎重になっておられますが、どうかされました?」

「マルシカなら分かるだろ、タカヒロの力を悪用しようとする奴が現れたらとんでもない事になるのが」

「確かにそうですわね。私がタカヒロ君の護衛につきましょうか?」

 マルシカさんが真剣な表情をしている。

「いきなり、なんですか?」

「マルシカさんは、師匠と同じパーティーにいた元S級冒険者なのよ」

「ええッ!」

 ミリアナさんの説明に僕は、超美人のお姉さんをまじまじと見詰めた。マスターは四十才を越えているように見えるし、マルシカさんは二十代に見えて、同じパーティーにいたとは思えないのだ。

「ミリアナが一緒にいれば心配はないだろう。それに、タカヒロにはまだまだ秘めた力がありそうだからな」

「そうですね」

 ギルドマスターと美人秘書に見詰められる僕は、いたたまれない気分になってきた。

「タカヒロ、ギルドマスターの権限で君をD級冒険者に格上げしよう、これからもギルドのために働いてくれたまえ」

 カーターさんは急に事務的な口調になった。

「はい、ありがとうございます」

「それと、これも君に預けて置こう」

 カーターさんはミノタウロスが持っていた両刃の大斧を渡してきた。

「これを僕が持っているのですか?」

「君なら何かの役に立てられかもしれないからな。後、地下の牢獄に拘束してあるミノタウロスの事は、調査結果が出るまで絶対に他言しないように。マルシカ、後は頼んだぞ」

 余所余所しくなったカーターさんは、難しい顔をして会議室を出ていった。

「急にどうしたんですかね?」

「マスターはこれ以上、タカヒロ君の能力を知るのを避けたのよ。冒険者ギルドが国から独立した機関である事は知っているわね。でも、国からの要請があれば動かなければならない事もあるのは事実なの、その時に誰を派遣するかを決めるのはマスターの仕事。分かるでしょうタカヒロ君の力を知らなければ、危険な仕事への派遣対象に選ばなくてすむと言う訳なの」

「そお言う事なのですね。分かりました、まずは自分を守る力を身につけるように頑張ります」

「困った事があったら相談に乗って上げるから、無理をしないように頑張りなさい」

 マルシカさんは笑顔を残して会議室を出ていった。

「私達も行きましょうか?」

「そうだね」

 師匠の前では静かにしていたミリアナさんに促されて、ギルドを後にした。

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