第18話 試練のダンジョン その5


 ミリアナさんがいなくなって二日。食べ物や水に困る事はなかったが精神的緊張が限界に近づいていた。


「タカヒロ、皆を連れてきたわよ」

 扉が開く音がして、壁の向こうからミリアナさんの声がした。


 安堵してスケッチブックを閉じると土壁が消えて、心配そうな顔をした八人が部屋に入ってきた。


「タカヒロ、大丈夫だったか?」


「ファブリオさん、それに皆さんも……」

 強者である真鍮の守り盾の皆さんの顔を見て、一気に緊張が解れた。


「君がタカヒロ君か、儂はギルドマスターのカーターだ。そしてこっちが秘書のマルシカだ、よろしくな」

 禿げ頭の厳つい男が握手を求めてきた。


「タカヒロです。よろしくお願いいたします」


「タカヒロ君、マルシカです。大変だったわね」

 ギルドマスターの後ろで、超美人のお姉さんがニッコリと微笑んでいる。


「話しはミリアナから聞いている、ご苦労さんだった。後は任せてくれたまえ」


「はい」

 僕が出る幕はなくなったので部屋の隅に下がった。


(ミリアナさんに聞いてはいたが、あれが元S級冒険者で現在のギルドマスターのカーターさんか、迫力があるなァ)

 半端ではない威圧感に圧倒された。


 真鍮の守り盾のメンバーは手分けして、ミノタウロスと犠牲になった冒険者の遺留品を調べている。


 マルシカさんは調査結果を記録しているようで、ときどきミリアナさんと会話を交わしている。


「タカヒロ君!」


「あ、はい。呼び捨てお願いします」

 カーターさんに呼ばれて背筋を伸ばすと、直立不動の姿勢を取った。


「そんなに固くならないでいい。ミリアナから聞いたのだが、絵の中にミノタウロスの力を封印したと言うのは本当かね?」


「はい。この絵を処分するまでは、ミノタウロスは無力だと思います」

 アイテムボックスから画用紙を取り出すと、カーターさんに渡した。


「聞いた事のない力だが、それが君の能力なのだな」


「はい。僕には絵を描く事しか出来ませんから」


「そうか、詳しい話しはギルドに戻ってからにしょう。犠牲になった冒険者の遺留品を回収したら、ミノタウロスを担架で運び出すぞ」

 カーターさんの指図で、皆がてきぱきと動いている。


 ミノタウロスは三百キロ近くありそうだが、さすがは元冒険者と現役の冒険者。ルベルカさんがアイテムバックから取り出した担架を使って男四人で楽々と運んでいく。


 腕力に自信がない僕は、カーターさんから返された画用紙をアイテムボックスに収納すると、女性陣に囲まれて後をついていくだけだった。





 冒険者ギルドの二階にある会議室。


 上座にギルドマスターのカーターさんと秘書のマルシカさんが座り、右側に真鍮の守り盾のメンバー五人が座り、左側にミリアナさんと僕が座っている。


「皆、ご苦労だった。重大事案に取り組んでくれた事に感謝する。最大の問題は今回試練のダンジョンに現れたミノタウロスが、君たちが倒したミノタウロスと同一の魔物かどうかだが、どうだね?」

 カーターさんがルベルカさんに質問した。


「止めを刺して、ゾッタの魔法で灰にしたから倒したのは間違いないが……。復活したと思われるミノタウロスに持ち帰った左腕が無かった事、それに顔の傷などの特徴も似ている事からして、復活したと言うのは間違いではなさそうです」


「しかし、リーダー。倒したのはダンジョンではなく、自然の森だったのだ。復活するなんてありえないだろ」

 ファブリオさんが口を挟んだ。


「君たちが倒した事はギルドカードでも証明されている。疑っている訳ではない」

 意見が割れるのをカーターさんが制した。


「ミリアナの話しでは、人間の言葉を喋ったそうだが、その点はどうだ」


「俺たちが出会った時は、唸り声を上げるだけだったし、目も赤くはなかったな」

 腕組みをして考え込んでいるルベルカさんが、唸るように言った。


「類似点も、相違点もある訳か。進化して復活したとなると厄介な事だぞ。それに試練のダンジョンにはいなかった、コボルトキングの一件もあるしなぁ」

 難しい顔をするカーターさんも、腕組みをして唸っている。


「まずは試練のダンジョンを封鎖して、調査を行う必要があると思います。真鍮の守り盾の皆さんにお願いしたどうでしょうか?」

 冷静に記録を取っているマルシカさんが意見を言った。


「そうだな。頼めるかな」


「引き受けましょう。皆、いいな」

 ルベルカさんの言葉に仲間の皆さんが頷いている。


「さてと、ミリアナ!」

 カーターさんの厳つい顔が、さらに怖い顔になっている。


「なぜ、F級の駆け出し冒険者をダンジョンに連れて行った。危険な事は分かっていた筈だが」


「ごめんなさい」

 ミリアナさんは、今までに見た事がないほど深く項垂れている。


「自分の力に自惚れて、他人を危険に巻き込むなといつも言っているだろ!」


「はい、ごめんなさい」

 小柄なミリアナさんがさらに小さくなっている。


「マスター、小言はその辺に。今回は不可抗力だったのですから」

 マルシカさんがカーターさんの怒りを鎮めている。


「まあいい。今後は充分に気をつけるのだぞ」

 秘書に宥められるカーターさんは、罰の悪そうな顔をしている。


「真鍮の守り盾の諸君、今日はご苦労だった。謝礼は後日させれ貰うので今日の所は帰って貰えるかな。これからタカヒロと少し話しがあるのでな」


「はい。では失礼します」

 真鍮の守り盾のメンバーは揃って会議室を出ていった。

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