第24話コップ一杯の水


 二日後、ジムニー商会のキャラバン隊は第二の目的地フカシ村に到着した。


 トドンドさんは村長さんや村人と交渉して農作物や木工の器などを仕入れる反面、衣類や農作業に必要な道具を売っている。


 村には宿屋がなく野営の準備をしていると、ギルドへ行って貰ったグランベルさんが追いついてきた。


「戻ったぞ!」


「お帰りリーダー、用事は済みましたか?」


「ああッ。今回の任務を終えてロンデニオに戻ったら、ギルドマスターがご馳走をしてくれるそうだから、楽しみにしておけ」


「そうですか……」

 ライフさんたちの顔色は冴えない。


「ミリアナ、マスターからの伝言だ。戻ったらタカヒロを連れてくるように、と仰っていたぞ」


「無理なお願いを聞いて頂き、ありがとうございました」


「気にするな。マスターからしっかり報酬を貰ってきたから」

 笑顔のグランベルさんは、トドンドさんに合流の報告をすませにいった。




「タカヒロ君、少しいい?」


「改まって、どうしたのですか? 呼び捨てでいいですよ」

 夕食が終わり寛いでいると、ミリアナさんと同い年の女性にすり寄られ困惑した。


「貴方って、魔法使いなの?」


「魔法使いと言うほどではありませんが、少しは使えます」


「少しって、冗談がきついですよ」

 カインさんがゼリアさんの反対側に腰を下ろしてきた。


「そうよ。セミコン村の夜空に浮かべた火の玉、あれは何なの?」


「火属性の魔法で作り出した火の玉ですよ」


「ファイアボールなら私も使えるから分かるけど、あんなに大きな火の玉を長時間維持できる筈がないでしょ」


「馬車を囲んだ壁は、どうやって作ったのですか?」

 ゼリアさんとカインさんが、左右から矢継ぎ早に質問をしてくる。


「僕の魔力は絵にサインを入れる時にだけ必要で、発生した魔法に魔力は関係ないのですよ」


「絵を描くって、それって魔道具なのですか?」

 カインさんがスケッチブックを指さした。


「僕の魔法の根源ですから、魔道具と言えなくもないですね」

 神様に授与されたとは言えないので説明に困った。


「見せて頂けませんか?」


「構いませんよ」

 スケッチブックをカインさんに渡した。


「開いても構いませんか?」


「どうぞ。でも開かないと思いますよ」


「確かに開きませんね」

 留め紐を解いて表紙を捲ろうとしたカインさんだが、スケッチブックの中を覗く事は出来なかった。


「私にも見せてよ」

 ゼリアさんにも表紙を捲る事が出来なかった。


「何をやっているのだ、かしてみろ」

 スケッチブックを奪い取ったライフさんが、力任せに表紙を剥がそうとしたが無理だった。


「ダメだ。これはタカヒロにしか扱えないようだな」

 ライフさんがスケッチブックを返してきた。


「ライフ、どうした。坊主と呼んでいたのじゃやなかったけ」

 グランベルさんは、僕と打ち解けてきた仲間を見て微笑んでいる。


「冒険者として、少しは認めてやってもいいかなと思ってなァ」

 ライフさんは今までの行為を反省するかのように、自分の短髪頭を掻いている。


「ありがとうございます」


「貴方の魔法を見せて貰えないかしら?」


「いいですよ」

 ゼリアさんに手を握られた僕は、顔が熱くなった。戦いへの耐性は少しついてきたが、女性への耐性は以前のままだった。


 4ページ目に水道の蛇口を描き『Aizawa』のサインを入れると水が出て、サインの最後の『a』を消すと水は止まった。


「このお水、飲んでも大丈夫なの?」

 木のコップを受け取ったゼリアさんは、戸惑いを見せている。


「私も飲んだ事があるけど、美味しい水よ」

 仲間外れになっているミリアナさんが口を挟んできた。


「私にも頂けませんか?」


「構いませんがトドンドさんには、ご自分で用意された樽の水があるではないですか?」


「今回の旅のために二十個の樽をタカヒロさんに運んで貰っています。そして大切に使っています。水はキャラバンの命の源ですからね。しかし、そんな便利な魔法を見せられたら堪りませんよ」

 トドンドさんはコップ一杯の水に目を輝かせている。


「水の心配がなくなれば砂漠越えも楽に出来ますから、商売の範囲も広がるでしょうな」

 カインさんが大きく頷いている。


「タカヒロさん、私と専属契約を結んで頂けませんか?」


「そらそうなるわな。荷物は大量に運んで貰えるし、水の心配もしなくてよくなればキャラバン隊にとってこれほど優秀な人材はいないからな。おまけにめっぽう強い相棒もついているしな」

 グランベルさんは、僕の能力に両手を広げて呆れている。


「そうですよ。出来たら家の娘と結婚して商売を継いで貰いたいぐらいですよ」

 トドンドさんはコップ一杯の水で更に舞い上がっている。


「専属契約のお話しは、ロンデニオに戻ってからゆっくり考えさせて頂きます」

(アイテムボックスがあれば、危険な冒険者を続けなくても生活していけるかもしれないなァ)

 と思うと、ニヤけてしまった。


「タカヒロ、明日も早いから休むわよ。今夜は、私達は二交代目だからね」

 ミリアナさんはあまり機嫌がよくないのか、声が低くなっている。


「皆さん、お休みなさい」

 挨拶をしてテントに入っていった。





「ここがアスラン王国の王都ですか? 大きいですね」

 外周を囲む塀はロンデニオとは比べ物にならないほど頑丈で、塀の上には四方に騎士が立ち警戒をしている。


「王都に来たのは初めて?」


「はい」


「ここは広さだけではなく、何もかもがロンデニオの十倍以上はあるわ」

 僕にくっついているゼリアさんが教えてくれた。


「そうなのですか、迷子にならないように気をつけます」


「明日は、私が王都を案内して上げるわ」


「タカヒロは私が案内すから、お気遣いなく」

 ミリアナさんの低い声が割って入ってきた。


「ライフの次はゼリアか。俺はあの二人と仲良くしたいのだがなァ」

 グランベルさんの呟きが聞こえた。


「こちらが今宵の宿になります。明日は商談がありますので、皆さんはゆっくりしていて下さい。私どもは常宿がありますので、そちらに向かいます」

 トドンドさんに案内されたのは、普段から冒険者達が使っている宿屋のようだが、部屋も食事も『夕焼け亭』より二ランクは上等だった。



 翌日、朝食をすませた僕は、ミリアナさんと商店街を散策していた。


 見慣れない防具や武器を売った店が並ぶ中に、魔法関連の店を発見して入っていった。魔法使いが着る服や杖、それに魔道具も並んでいる。


「二人とも魔法使いには見えないが、何を探しておるのかな?」

 中世の魔女を連想させる格好をしたおばあさんが、声を掛けてきた。


「魔法に関する書物を探しているのですが、何かありますか?」


「お主からは魔力を殆ど感じられないが、何に使うのじゃ。魔法は勉強をして使えるようになる物じゃないぞ」


「どのような魔法があって、どれ程の威力があるか知りたいのです」

 魔法の解説書のような物が無いかと聞いてみた。


「あるにはあるが、お主には宝の持ち腐れじゃぞ」

 おばあさんは棚の奥から、埃を被った分厚い本を取り出した。


「見せて貰っても構いませんか?」


「構わんぞ」

 おばあさんは魔力のない客は相手にしたくないのか、不愛想だった。


 埃を払ってページを捲っると、魔法名、威力、それに魔法を発動させるために必要な用件が詳しく書かれていた。


「これってお幾らですか?」


「白金貨百枚じゃ」


「そうですか。どうしても欲しいなァ」

 流石に日本円で一億円もしては手が出なかった。


「冗談じゃないは、そんな大金ある訳がないでしょう」

 僕の呟きにミリアナさんが呆れている。


「賢者を目指す者なら、いくら金を積んでも手に入れたい一品だからな」

 おばあさんはニタニタと笑っている。


「お金が溜まったら買いに来ます。この本の名前を教えて貰えませんか?」

 本のタイトルはどこにも記載されていなかった。


「それは『賢者になるための魔術書』と言う本じゃ」


「そのまんまですね」

 僕は画用紙を切って作ったメモ帳に覚書をした。


「変わった物を持っておるの。それはどこで手に入れたのじゃ」

 おばあさんがメモ帳をジイっと見ている。


「これを切って作った物です」

 スケッチブックを開くと、画用紙を切り取っておばあさんに渡した。


「な、何じゃ、急に魔力が上がりおったぞ」

 おばあさんは透かしたり裏返したりと、画用紙を不思議そうに見ている。


「タカヒロ、おばあさんにお水を出して上げなさい」


「おばあさん、喉が渇いていますか?」

 ミリアナさんの言っている事の意図が分からず、おばあさんに聞いた。


「少し喋り過ぎたかの」

 僕を見詰めているおばあさんは小さく頷いた。


 僕がアイテムボックスからガラスコップを取り出すと、おばあさんは真っ青になった。


「な、何と言う膨大な魔力」

 水を汲むのを見ていたおばあさんは、顔面蒼白になりフラついている。


「大丈夫ですか? これを飲んで下さい」


「すまないね。魔導士とまで呼ばれたワシが、魔力酔いを起こしてしまったようじゃ」

 スケッチブックを閉じると、おばあさんは少し落ち着かれた。


「魔導士さんですか、凄いですね」


「お主に凄いと言われると、バカにされているような気がするのじゃがな」

 おばあさんが苦笑いを浮かべている。


「バカになどしていませんよ、是非とも魔法を教えて下さい」

 僕は頭を下げてお願いした。


「ワシではお主に魔法を教える事は出来ん、これを遣るから読めるようになったら自力で賢者を目指すんじゃな」

 おばあさんはそう言って『賢者になるための魔術書』を差し出してきた。


「こんな高価な物を貰う訳にはいきませんよ」


「なら、お主の魔力を見込んでこの本を貸してやろう。賢者になった時に返してくれればいい」

 おばあさんは、差し出した本を引っ込める気はないようだ。


「ありがたく、お借りします」

 分厚い本を受け取って深々と頭を下げた。


「すまないが、もう一杯水を貰えんかな。何とも美味い水じゃ」


「はい。何杯でも汲みますが、魔力酔いは大丈夫なのですか?」


「一度魔力酔いを起こした魔力には、耐性が出来るから大丈夫なのじゃ」


「そうなんですね」

 魔力が及ぼす影響の一端を教えて貰ったお礼に、蛇口から水を汲んでおばあさんに渡した。


「ありがとうな」

 コップを受け取ったおばあさんは、満足そうな笑みを浮かべて水を飲み干した。


「それは、本をお返しに来るまで預かっておいて下さい」

 返されたコップを受け取らなかった。


「分かった。新たな賢者が生まれるのを楽しみにしておるぞ」

 おばあさんは僕の顔をまじまじと見詰めている。


「はい。ご厚意に答えられるように頑張ります」


「それでなんじゃが、……」


「何の音かしら?」

 おばあさんが何か言おうとしたとき、ミリアナさんが遠くから聞こえる音に耳をすました。

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