第16話 試練のダンジョン その4
五階に降りて通路を少し進むと、大きな観音開きの扉の前に出た。
「ここがオーガのいる部屋よ。ボスを倒せば外に出る近道があるわ」
「一人で大丈夫ですか?」
戦う事の厳しさを知った僕の戦意は、完全に消えてしまっている。
「十二歳の時に倒しているのよ。負ける訳がないでしょ」
ミリアナさんの笑顔は、扉を開けた瞬間に消えてしまった。
「嘘でしょ! あれは、オーガじゃないわ」
部屋の奥で玉座のような椅子から立ち上がったのが、オーガでない事は僕にも分かった。牛のような顔をして、頭には鋭く尖った角が二本生えている。
「あれは、このダンジョンにいる筈のないミノタウロス!」
大剣を構えたミリアナさんは部屋に入って行った。五階層は一度降りたらボスを倒さない限り、引き返せない構造になっているのだ。
(ミノタウロスと言えば、A級冒険者の真鍮の守り盾が苦労して倒した魔物。それがなぜこんなC級冒険者しか来ないダンジョンに居るのだ)
驚愕に震えながら部屋に入ると、隅に投げ捨てられた人間の物と思われる装備品が目に映った。
(あの鎧と盾は、たしかダリオ君が使っていた物。あの三角帽子と神官服にも見覚えがあるぞ)
脳裏に幼さが残っていた、三人の冒険者の顔が浮かんだ。
「お前達も冒険者なら、この腕の痛みを思い知らせてやる!」
右手で腕が無くなっている左の肩口を擦るミノタウロスが、恐ろしい血相で低い声を出した。凄い殺気がビリビリと伝わってくる。
「人の言葉が話せるのか?」
ミリアナさんは大剣を構えたまま、ミノタウロスを睨みつけている。
「恨みを晴らすためなら、人の言葉でも何でも喋ってやる」
怨念のこもった禍々しい響きが空気を震わせる。
「ここにある装備品を着けていた冒険者は、お前が殺したのか?」
僕は恐怖に震えながらも怒りや虚しさ、哀れみなどの感情が入り混じって込み上げてくるの感じていた。
「ああ、三日前に来た冒険者だ。腕を切り落としたら、ギャー、ギャーと喚きながら死んでいきよった。肉はあまり美味くなかったが、泣き声は甘美なものだったぞ」
ミノタウロスが口元を歪めて笑っている。
「お前の腕を切り落としたのは、こいつらじゃないだろが!」
噴き出してくる怒りをぶつけるように怒鳴った。
「確かに。俺の腕を切り落として持ち去ったのは黄色の鎧を着て、黄色の盾を持った奴の仲間だったな」
「お前はそいつらに殺されたのじゃなかったのか?」
怒りが恐怖に勝り、言葉が荒々しくなってきた。
「クックッ……。あるお方の力で蘇ったのよ」
ミノタウロスは人間を見下すように笑っている。
「今度は蘇れないように切り刻んでやる!」
ミリアナさんは大剣を握りしめると、縮地のスキルを使って切り掛かった。
ミノタウロスは手にした両刃の斧で大剣を受け止め、難なく弾き返した。
「ミリアナ! そいつが言っている事が本当なら、殺してもまたどこかで復活するかもしれない。僕に考えがあるから、十分でいいから、僕を守ってくれないか」
激しい怒りと共に戦意を取り戻した僕は、アイテムボックスからイーゼルスタンドと色鉛筆を取り出し、スケッチブックの7ページ目をセットした。
「任せなさい!」
ミリアナさんは力をセーブして防御に専念している。
ミリアナさんが斬鉄のスキルなどを使えば勝てるかもしれないが、真鍮の守り盾のパーティーでさえ苦戦した事を考えると確実ではない。それに蘇りが本当ならここで倒しても、またどこかに現れる可能性がある。
「その腕、貰うぞ!」
ミノタウロスが片手で振り回す斧がブン、ブンと風を切り、ミリアナさんに迫っていく。
「簡単に切られる訳にはいかないわ」
大剣と大斧が何度もぶつかって火花が散っている。
ガンガンと激しい打撃音が響く中、僕は高速で鉛筆を動かしてミノタウロスの姿を描いていく。
毛の生えた筋肉の塊のような全身を描き、角の生えた顔の特徴を九割方描くと『Aizawa』のサインを入れて、少し重くなった鉛筆で絵を仕上げていった。
受け流しのスキルを使いながら防御に徹するミリアナさんは少しずつ追い込まれ、狙われている左腕には切り傷が何ヶ所も出来て血が流れている。
打撃音が小さくなって来ているのはミリアナさんが疲れて来ているだけではなく、ミノタウロスも力を失って来ているからだ。
壮絶な戦いが始まって十分、僕の絵は完成に近づいている。
「貴様! 何をした」
ガクっと片膝をついたミノタウロスが、無心で鉛筆を動かし続けている僕を睨んだ。
「タカヒロには、指一本触れさせないわよ」
ミリアナさんが縮地のスキルを使って、僕の前に回り込んで大剣を構えている。
「もう少しで完成します」
最後の仕上げに、ミノタウロスの目を赤く塗りつぶした。
「くそ!」
ミノタウロスは倒れながら、大斧を投げつけてきた。
『ガキン!』
回転しながら飛んできた両刃の斧は、僕に当たる寸前でミリアナさんが叩き落とした。
「あぶな!」
絵を描く事に集中していた僕は、突然目の前の地面に突き刺さった大斧に驚いた。
「大丈夫?」
呼吸を荒げているミリアナさんは、大剣を地面に突き立てて倒れるのを辛うじて堪えている。
「うん。守ってくれてありがとう」
「ミノタウロスはどうなったの?」
「力をここに封じ込めたよ」
切り取った画用紙をミリアナさんに渡した。
「見事な
倒れているミノタウロスと絵を見比べるミリアナさんは、そっくりに描かれているのに驚いている。
「力を奪い取っただけで、死んではいないよ」
「起き上がったりしないでしょうね?」
ミリアナさんはミノタウロスに近づくと、大剣で突いて反応がない事を確認している。
「この絵をアイテムボックスに入れておく限り、ミノタウロスが動く事はない筈だよ」
「これは、一刻も早くギルドに知らせて、調査をして貰わなければならないわね」
ミリアナさんは既に戦闘の疲れから回復してきている。
「冒険者が何人か殺されているようだから、早い方がいいね」
「椅子の裏側に、外に出る近道があるから行きましょう」
「一人で行ってきてくれるかな」
「どうして?」
「無いとは思うけど、ミノタウロスを奪いに来る者が居るかもしれないし、止めを刺す者も現れるかも知れないから、僕がここで見張っているよ」
「ミノタウロスはもう動かないのでしょ?」
「止めを刺してしまうと、僕の魔法が無効になり復活するかも知れないからね」
「しかし、タカヒロにもしもの事があったら……」
ミリアナさんは心配そうに僕を見ている。
「この部屋は土壁で封鎖するから大丈夫。それに暫く休まない動けそうにないのだよ」
絵を描く事に神経を集中させていた僕は、その場に座り込んでしまった。
「分かった。出来るだけ早く戻ってくるから、充分注意しているのよ」
ミリアナさんはそれだけ言い残して走り出した。
(あれだけ激しい戦闘の後だと言うのに、ミリアナさんの体力は底無しだなァ)
ミリアナさんを見送った僕は、暫くその場を動く事が出来なかった。
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