第14話 試練のダンジョン その3


 三階は森の中だった。右も左も前も後ろも木ばかりで、一瞬で方角を見失ってしまいそうな地形だった。


 今のところレーダーに反応はないが、ゴブリンが生息する階層だ。


「今日は三階層と四階層をクリアするわよ」


「う、うん、……」


「元気がないけど、どうかしたの?」


「ゴブリンにはウィンドカッターも通用しなくて、勝てる気がしないのですよ」

 ダリオ君達と出会った時の戦いを思い出すと、血の気が引いていくのを感じた。


「あの時より魔法の質も上がっているし、剣術スキルも使えるようになったのだから自信を持ちなさい」


「そうは思うのですが……」

 ゴブリンのグロテスクな顔がフラッシュバックして、足が動かなくなってしまうのだ。


「今回は私が後ろについているのよ、タカヒロには指一本触れさせないから思い切って戦いなさい」


「はい、頑張ってみます」

 敵を探しながらゆっくりと歩いた。出来るだけ離れた場所で発見して、魔法で倒すしかない。


 前方三百メートルに赤い〇を二つ発見した。見張りをしているのか、あまり大きな動きは見られない。


 慎重に近づいて行くと、二匹の後ろ五十メートル付近に二十五個の赤い〇が現れた。


「凄い数ですよ」

 もしレーダーがなくてこの群れに見つかっていたらと思うと、生きた心地がしなかった。


「確かに多いけど、タカヒロなら何とかなるでしょ」

 ミリアナさんは慌てた様子もなく平然としている。


「無理を言わないでくださいよ」


「一撃で倒せないのなら、策を講じて倒すのがいいのじゃないかしら」


「迂回する道はないのですよね?」

 僕の問いにミリアナさんは大きく頷いた。


(やるしかないか)

 考え抜いたすえ、高さ三メートルの土壁を木々の間に張り巡らせて、幅二メートル、奥行三十メートルの通路を完成させると、3ページ目と4ページ目の画用紙にサインを書く部分だけを残して切り取った。


 切り取った画用紙を五センチ角に切り、それぞれにファイアボール、ウォーターランスを描き、地上六十センチぐらいの高さで土壁に貼っていった。


 最後に6ページ目から取り出した軽いショートソードを通路の最奥の壁に立てかけて準備は完成した。後は出来るだけ数を纏めて誘い込むだけだ。

 慎重に見張りのゴブリンに近づいていった。


(失敗したら殺されるだろうな)

 漠然と死を予感して震える脚に活を入れと、近くにあった石を拾って見張りのゴブリンに投げつけた。


「ギャー、ギャー、ギャー」

 二匹が棍棒を振りかざして騒ぐと、集落からゴブリンの群れが奇声を上げなら走り出してきた。


「上手く着いて来いよ!」

 振り返りもしないで必死で走った。ゴブリンの叫び声と足音が、すぐ後ろに近づいて来ている。


(こけたら。走り負けたら)

 と、思うと、恐怖が圧し掛かってくる。助けを求めようとミリアナさんを探すが、どこにも姿が見当たらない。


(身長一メートルたらずのガキに負けてたまるか)

 森の中に作った通路の入り口に辿り着くと、最後の気力を振り絞って三十メートルを走り切った。


 スケッチブックを拾って振り返ると、棍棒を振り上げたゴブリンの群れが通路の真ん中あたりまで来ている。


「まずは、ファイアボールだ!」

 小さく叫びながらサインを完成させると、壁に貼った画用紙から火の玉が飛び出した。


「キィ! キィ!」

 火の玉が当たった数匹が倒れて、後ろから走ってきたゴブリンがそれにつまずいて倒れた。


「ウォーターランス!」

 続けて魔法を発動させる。


「ギャー、ギャー、ギャー」

 こちらが一人だと高を括っているのか、ゴブリンは連続する魔法攻撃にひるむ事なく、仲間を踏み越えて近づいてくる。


 あと五メートル。歯をむき出して鬼の形相をしたゴブリンが、ひとっ飛びで殴り掛かってくる距離に迫っている。


「これが最後だ、スラッシュ!」

 スケッチブックをショートソードに持ち替えると、右足を踏み込んで上段から剣を振り下ろした。


 風魔法を纏った剣先から発せられた剣撃に空気が割れ、吹き飛ばされるゴブリンの群れは左右の壁に激突して潰れ、木の葉を巻き上げる突風は通路の入り口まで走った。


「やったわね!」

 三メートルの壁からミリアナさんが飛び降りてきた。


「どこに行っていたのですか?」


「高い所からの方がよく見えるから、壁の上で見学させて貰っていたのよ。しかし、弱小ゴブリン相手にここまで派手にやるとわね……」

 ミリアナさんは大げさに両手を広げて呆れている。


「殺されるかと思いましたよ」

 動悸が収まらない僕は、ゴブリンの死骸を見て恐怖に震えた。


「確かに、あの走り方は酷かったわね。相手がゴブリンじゃなかったら、追い付かれてボコられていたのは間違いないわね」


「見ていたのなら、助けて下さいよ」

 石の上に腰を下ろして呼吸を整えている僕は、戦いの緊張感が抜けきらずに眩暈さえ覚えている。


「これ位の事で助けていたら試練にならないでしょ。先に進むわよ」


「ちょっと待ってください、ゴブリンの集落にお宝があるかもしれません」

 残党がいないかレーダーで確認した。


 ゴブリンは全員が侵入者の討伐に出たのか、集落は空だった。ダンジョンでは外の世界と違って、繁殖などの一般的な生活は営われず敵を倒す事だけに専念しているのだ。


 リーダーが座っていたと思われる石の椅子の横に、木箱が置かれていた。


「まずは、鑑定ですね」

 見つけた木箱をアイテムボックスに収納した。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇    


 試練のダンジョウで発見した木箱   木で出来た箱。罠はなし。


 木箱のアイテム           鎖帷子

                   金貨三十枚


     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇    




「鎖帷子は、タカヒロの防具にちょうど良いのじゃない」


「中身は宿に戻ってから確認します」

 僕達は森を抜けて四階層に向かった。レーダーのお陰で進行速度が速くなっている。


 四階は何もないただ広いだけの階層だった。


「ここにいるオークってどんな魔物なのですか?」


「背丈は人間より少し高く、力があり剣や斧などの武器を使ったりもするから、少し手強いかもしれないわね」


「少しって……隠れる場所がないこんなところで戦うなんて、自殺行為じゃないですか」

 ミリアナさんの言葉に、慌ててレーダーに目をやった。


「それに頼らなくも目視出来るでしょ」

 ミリアナさんが指さす方に動く物がいた。


「あれって……」

 革鎧のような物を着て斧を担いだ大男のような敵に、声が裏返ってしまった。


「オークに間違いないわね。一匹だけだから戦ってみなさい」


「無理ばかりいいますね」

 ゴブリンを全滅させて少しだけ自信がついた僕は、愚痴りながらもオークに近づいていった。


(隠れる所がなければ、作ればいいのだよな)

 5ページ目を開くと、土壁と簡易人型を描いた。


「ブォッ」

 オークがドタバタと足音を響かせながら迫ってくる。


(足は遅いのだな)

 敵を観察する余裕が出来てきた僕は、サインを入れてオークの前に土壁を作った。


『ガン、ガン』

 突然、目の前に現れた壁にオークは手にした斧を叩きつけてくる。


 一撃で壊れる事はなかったがヒビが入り、三撃で壊れてしまった。


「まだまだ行きますよ」

 オークの四方を壁で囲んだ。斧を振り回せなくなると力が入らないのか、壁は簡単には壊れなくなった。


「ブォッ、ブォッ」

 オークは唸りながら暴れるが、狭い空間ではその力は発揮されなかった。


「倒すのを躊躇していたらやられるわよ」

 動きを封じながらも止めをさせない弱さを、ミリアナさんが指摘してくる。


「分かっています」

 ショートソードを抜くと、壁の隙間から差し込んだ。


「ブォッッ」

 オークの痛々し叫びが響く。


「早くしないと、騒ぎを聞きつけ他のがやってくるわよ」


「分かっているのですが、皮膚が固くて刺さらないのですよ」

 力の入っていない突刺しでは、オークを仕留める事が出来なかった。


「だったら他の剣を使いなさいよ」


「他の剣?」


「風魔法を纏わせる事が出来るなら、他の魔法でも出来るでしょ」


「そうか……」

 戦う事だけで一杯一杯になっていた僕は、ミリアナさんの言葉で我に返った。


 3ページ目にショートソードを描いて光の波紋の中から抜き取ると、暴れ続けているオークに突き刺した。


『ジュッ』

 と、高温で肉を焼く音と焦げる臭いがした。オークの丈夫な肌が焼け爛れて、剣が内臓に突き刺さっていく。


「ギャォ!」

 オークは断末魔の叫びを上げて倒れた。


 直接手に伝わってくる命を奪う感触に、嘔吐に襲われて膝を崩した。


「これは戦いなのよ、殺さなければ殺される。分かっているわよね」

 ミリアナさんは、真っ青になっている僕の肩を叩いた。


「う、うん」

 小さく頷いたが、声が戦慄いている。


「敵が来たわよ!」

 二匹のオークが地響きを立てて向かって来ている。


「ミリアナ、ごめん、立てないよ」

 両膝をついてしまっている僕は。ガタガタと震えながら涙目でミリアナさんを見上げた。


「ここで諦めてしまうの」


「助けて、ミリアナ」

 オークの哀し気な断末魔の叫びで、心が完全に折れてしまっている。


「分かったわ」

 ミリアナさんは背中の大剣に手を掛けると、オークに向かって走り出した。


「ブォッ、ブォッ」

 オークも大きな剣を構えて臨戦態勢に入っている。


 僕はミリアナさんの無事を祈りながら、ただ見ているしか出来なかった。


 風切る大剣がすれ違いざまに一頭の胴体を両断して、返す剣でもう一頭を袈裟懸け斬りにしている。


 ミリアナさんが風のように走り抜けると、二頭のオークが倒れた。


「立てる? これ以上、オークと戦うのは危険だから、このままボスの部屋に行ってオーガを倒し、そこから地上に戻りましょう」

 僕の手を取って立たせるミリアナさんは、大変な事を平然と言ってのけた。


 何も出来ない僕は小さく頷くだけだった。


「走れる?」


「何とか走れます」


「ゆっくり走るから遅れないようにね」


「はい」

 太腿を叩いて気合を入れた僕は、ミリアナさんの後に続いた。


 何頭かのオークに目撃されたが足の遅さが幸いして、辛うじて振り切り五階層に辿り着いた。

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