第12話 試練のダンジョン その2


 どこから光が入っているのか分からないが、二階はまるで地上にいるように明るく、草原が広がり遠くには木々が見えている。

「ここにはコボルトがいるから注意して。強くはないけれど数で来るから、囲まれると厄介な敵よ」

「コボルトって、どんな魔物なんですか?」

「そうね、野良犬に近いかな。ここを一人で切り抜けられないようでは下には行けないわよ」

「はい、分かりました」

 松明が必要なくなったので、右手に風魔法を付与させたショートソードを持ち、左手にレーダーを発動させスケッチブックを持って歩いた。

 草原を進んでいると、前方から二つの影が近づいてくるのが映った。ミリアナさんの緑の〇と違って、赤い〇だ。

(来た、勝てるのか?)

 二百メートルのラインを越えた辺りから、茶色の毛をした小型犬に似た魔物が目視出来る。

(何で戦おうか。魔法か剣か?)

 初めてとも言える戦いに頭は混乱して、脚は震えている。

「落ち着いて、二匹なら何とかなるから」

 背後からミリアナさんの鋭い声が飛んでくる。

 小さく頷いてスケッチブックを置くと、ショートソードを構えた。緊張で剣がブルブルと震えている。

 飛び掛ってくる一匹に向かって剣を振り抜くと、コボルトの横腹に当たり五メートルほど吹き飛ばした。

「ウウッ!」

 仲間を倒されたコボルトは、歯をむき出して警戒している。

「来ないのなら、行くぞ!」

 ショートソード上段に構えて踏み込もうとした時、

「ウオッ! ウオッ!」

 と、目の前のコボルトが遠吠えを始めた。

「ウオッ! ウオッ!」

 林の方角から答えるように遠吠えが聞こえると、スケッチブックに無数の赤い〇が現れた。

「援護するから、全力で戦いなさい」

 大剣を肩に担いだミリアナさんは、敵の群れを前にしても余裕の表情をしている。

「は、はい」

 声が震える僕は、ショートソードを地面に突き立てるとスケッチブックをリカバリーして。

 3ページ目に火の球を。

 4ページ目には無数の水槍を。

 5ページ目には防御の壁と人型を。

 6ページ目には半月形の刃を描けるだけ描いた。

 後は『Aizawa』のサインを完成させていくだけだ。

 仲間を呼んでいたコボルトの周りに十数匹が集まり、牙をむき出して威嚇してくる。

「行け!」

 3ページ目、4ページ目、6ページ目のサインを完成させてスライドさせると、最後に5ページ目のサインを完成させた。

 戦いは一瞬で終わった。大半のコボルトがファイアボールとウォーターランスで倒れ、逃れたコボルトもウィンドカッターで全滅していた。

「タカヒロ! 終わったわよ」 

 ミリアナさんが、壁の影で震えている僕の肩を叩いた。

「あ、はい」

 緊張のあまりに周りが見えなくなっていた僕は、慌ててスケッチブックを閉じた。

「少し落ち着いて。そんなに一気に魔法を使ってしまったら、失敗した時にどうするの。もっと状況を判断しながら戦わないとダメでしょうが」

「恐ろしくて、無我夢中でした」

 気が抜けて座り込んでしまっている僕は、まだ全身の震えが収まっていない。

「休んでいる暇はないわよ。すぐにこの場を離れないと血の臭いで敵が集まってくるから」

「死骸はどうするのですか?」

「一日もすればダンジョンに吸収されて、三日たてば復活してくるわ」

「復活ですか?」

「ダンジョン内の魔物は外の魔物と違って、ダンジョンの魔力で生み出されているの。だから無限に現れる訳、分かった」

「はい。勉強になります」

 コボルトの骸に手を合わせると、ミリアナさんの後を追った。

「どっちに行くか決めてよ」

 林に近づいたところでミリアナさんが足を止めた。

「ちょっと、待ってくださいよ。林の奥に敵が五匹いるのですが、一つだけ反応が大きいのが気になります」

 レーダーを確認すると五つの赤い○の一つが、他の四つに比べて大きかった。

「確かにそうね。でもこの階層には、コボルト以外の魔物はいない筈なんだけど?」

 スケッチブックを覗き込んだミリアナさんが、首を傾げている。

「無理して奥に行かなくても、三階層には降りられますよね」

「そうだけど。知ってしまった以上、確認してギルドに報告するのが冒険者の義務なのよ」

 ミリアナさんは思案顔になっている。

「ダリオ君も同じような事を言っていたな。冒険者はけっこう仲間意識が強いんですね」

「皆、命がけで仕事をしているから、助け合いの精神が強いんだと思うわよ。中にはそうでもない冒険者もいるけどね」

「なら、調べに行ってみましょう」

 林を抜けると岩場に洞窟があり、レーダーはその奥に敵がいる事を示していた。

「私が先に行くわ。狭い所では火の魔法は厳禁だからね。それと、大剣が使えそうにないからショートソードを貸して」

「分かりました」

 アイテムボックスからショートソードを取り出すと、ミリアナさんに渡した。

 洞窟はさほど広くなく、すぐに奥に辿り着いた。

「グウッッ」

 ゆっくりと起き上がった銀色の毛をした大型のコボルトが、低い唸り声を洩らして威嚇してくる。

 茶色の毛をした四匹は、左右に回り込むような動きをしている。

「コボルトキング! 試練のダンジョンにはいないはずの魔物が、どうしてここに?」

 ミリアナさんは銀色のコボルトを睨みつけている。

「グオッ」

 銀色のコボルトが吠えると、四匹が一斉にミリアナさんに襲い掛かった。

 ショートソードが風を切り、四つの首を斬り飛ばした。

 スキを狙っていたのか、一瞬遅れて飛び掛かった銀色のコボルトが、ミリアナさんの腕に牙をたてた。

「ミリアナ!」

 4ページ目のサインを完成させると、用意しておいたウォーターランスが飛び出して銀色のコボルトの腹に刺さった。

「大丈夫か、ミリアナ」

「たいした事はないわ」

 ミリアナさんは、起き上がろうとするコボルトキングの首を刎ねた。

「コボルトキング。ダンジョンの外では発生の報告を聞いた事があるけど、ここに居るとは思わなかったわ」

「そんなに不思議な事なの?」

「さっきも言ったけど、魔物はダンジョンの魔力で生まれているの。だから、ダンジョンの規模が変わらないかぎり同じ魔物しか生まれない筈なの」

「以前からこの洞窟にいたとか?」

「それならギルドに目撃報告があってもおかしくないわ」

 コボルトキングの骸を調べているミリアナさんは、首を傾げている。

「それより、腕を見せて」

 アイテムボックスから血止めの塗り薬と包帯を取り出すと、傷の手当てをした。

「ありがとう、ケガをしたのは久しぶりだわ」

「笑い事じゃないよ。一度戻った方がいいんじゃないかな」

「それほど急いで報告するような案件でもないから、帰ってからでも大丈夫よ。それよりお宝を確認しないと」

 ミリアナさんは奥にあった木箱を引っ張り出してきた。

「ミリアナがそう言うなら、大丈夫なんだろうけども……」

 ミリアナさんの強引さを知っているので、納得はいかないが従うしかなかった。

「アイテムボックスを使って安全か調べて」

「遣ってみるよ」

 木箱をアイテムボックスに収納すると、1ページ目に詳細が表れた。


   ― ― ― ― ― ― ― ―   


 試練のダンジョウで見つけた木箱

        木で出来た箱。罠はなし。

        内容物

         銀色のマント(コボルトの覇者の証)

         ショートソード一本

         金貨三十枚


   ― ― ― ― ― ― ― ―   


「特に罠は無いようです」

 アイテムボックスから木箱を取り出して、ゆっくりと蓋を開けると中には鑑定通り、マントと一振りのショートソードと金貨が入っていた。

「この剣、軽くて使い易いので、スラッシュが楽に放てるかもしれません」

 ショートソードを持ってみると、今までの剣の半分ぐらいの軽さだった。

「タカヒロに打ってつけの剣じゃないの。それに金貨が三十枚あれば、暫く生活は大丈夫になるわね」

「僕一人で貰う訳にはいきませんよ」

「このダンジョンで手に入る物は、全てタカヒロの物で構わないわよ」

 初めてのお宝にニヤける僕を見て、ミリアナさんが笑みを浮かべている。

「そう言う訳には行きませんよ」

「タカヒロへの先行投資だから気にしないで」

「いいんですか?」

「今回の試練はタカヒロを強くするものだから頑張って」

「分かりました」

 ショートソードとマントと金貨をアイテムボックスに収納すると、5ページ目に新たに手に入れたショートソードを描いてサインを入れた。

「準備が出来たら先を急ぐわよ」

「はい」

 岩場から一時間近く歩いていると、日本では見掛けた事のない木が生えていた。

「この林を抜けると三階層に降りる階段だから、この辺で野宿にしましょうか」

「分かりました。すぐに準備をします」

 僕は土壁のカマクラを作り、夕食の用意を始めた。と言っても、アイテムボックスから『夕焼け亭』で作って貰った料理を出して並べただけだ。

「ダンジョンで美味し料理が食べられるなんて、羨ましくなる能力ね」

 広いカマクラの中で温かい料理に舌鼓を打つミリアナさんは、落ち着き払っている。

「はい、はい。何とでも言って下さい」

 僕は初めてのダンジョン攻略の緊張感が消えていない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る