第9話 無双のデッサン誕生


 ミリアナさんに何となく丸め込まれた感は拭えないが、生きていくためにはお金が必要な訳で、他に仕事が思いつかない僕は冒険者ギルドに来ていた。

 すでに依頼を受けた冒険者達は出掛けたのか、ギルド内に人はまばらで受付も空いていた。

「こんにちは、ミリアナさん。今日は、どのようなご用件でしょうか?」

 受付のお姉さんは超美人で色っぽかった。

「冒険者登録をしたいのだけど」

「はい?」

 受付のお姉さんはロングの金髪を揺らして、不思議そうに首を傾げた。

「私ではない。登録したいのは、こんどパーティーを組む事にしたこの男だ」

「よ、よろしくお願いいたします」

 お姉さんの美貌に見惚れていた僕は、ミリアナさんに押し出されて慌てて頭を下げた。

「ソロもしくは臨時のパーティーとしか仕事をされて来なかったミリアナさんが、パーティーを組まれるのですか?」

 お姉さんは僕達を見比べている。セパレートの革鎧を着て臍を出しているミリアナさんは、小柄な体格に似合わない大剣を背負っていて冒険者の風貌が漂っているが、一緒にいる安物の革鎧を着た貧弱な体格の僕は、冒険者には不向きに見えているのだろう。

「そうだが、何か問題でも?」

 ミリアナさんの声にギルドに居た数少ない冒険者全員の視線が、こちらに向けられている。

(まずいよ。まずい事になるよ)

 圧し潰されそうな威圧感に震えていると、掲示板を見ていた大男が近づいてきた。

「同じB級冒険者である俺達・悠然の強者の誘いを断っておいて、こんなひよっことパーティーを組むだと! 許せんな」

 斧を担いだ大男が見下げるように睨みつけてくる。

「ぼ、僕は、その……」

 受付カウンターに背中を押し付けて後がない僕は、目を固く閉じた。

「私が誰と組もうと、あんたに関係ないでしょう」

 ミリアナさんが大男を鋭い視線で睨み返した。

(これが、新人いじめか)

 他の男達からも鋭い視線を向けられているのを感じて、この場から逃げ出したくなった。

「ギルド内での揉め事は厳罰ですよ」

 受付のお姉さんが優し声で諭すように言った。

「剣も握れなさそうなその男では、ゴブリンどころかネズミも殺せないだろうよ」

 悪態をつきながら戻っていった大男は、リーダーらしき戦士にゲンコツをくらっれいた。

「ええッと、冒険者登録でしたね。こちらにお名前を書いて貰えますか」

 金髪のお姉さんは、何事もなかったかのように事務手続きを進めていく。

「そうだ、別のギルドで発行して貰った物なのですが、こちらとはまた違っているのでしょうか?」

 門番に提示したのを思い出して、神様に貰った鉄製のプレートを渡した。

「これは?」

「旅の途中の街で作って貰ったのを忘れていました」

「これは、ウスラン帝国の冒険者ギルドが発行した物ですね。ギルドカードはどこの国でも通用する共通のカードですから、登録し直す必要はありません」

「そうですか。それでは、僕もこの街で冒険者を名乗って構わないのですね」

「はい。念のために冒険の記録を確認させて貰います」

 受付のお姉さんがガラス板のような魔道具の上にプレートを置くと、記録された情報が表れた。


     ― ― ― ― ― ― ― ―   


   名前    タカヒロ (男)  十七才


   冒険者

    ランク  F


   職業    絵描き師


   特技    絵を描く事


   スキル   サイン  S



   クエスト

    達成数  0


   討伐数   巨大ネズミ 2


     ― ― ― ― ― ― ― ―   


「タカヒロさんは登録をされただけで、冒険者としては殆ど活動されていないようですね。巨大ネズミを二匹倒されていますが、これは?」

「それは、たまたま魔法の練習中に現れたネズミで、出会い頭の事故のような物です」

「そうですか、農作物などに被害を出す巨大ネズミは、十匹倒すと報酬として1000ギルが出ますから、溜まったら報告して下さい」

「はい、分かりました」

「あまり危険な事はされないようにして下さい」

「先ほども言ったが私達はパーティーを組むので、その手続きもして貰えるかな」

 ミリアナさんが自分のプレートをお姉さんに渡した。

「分かりました。しかしB級冒険者の中でも上位のミリアナさんと、F級冒険者のタカヒロさんではかなり無理があるのではありませんか?」

「心配はいらない、タカヒロは私が守る、絶対に死なせたりはしない」

 ミリアナさんは自信満々だ。   

「それでは、すぐに登録をさせて頂きます。パーティー名が決まっていましたら、一緒に登録いたしますが?」

「パーティー名かァ。そうだな、無双のデッサンでお願いする」

 ミリアナさんが暫く考えて言った。

「無双のデッサンって、恥ずかしいから止めましょうよ」

「他に良い名前があるの?」

「すぐには思いつきませんが……」

「なら決まりだ、無双のデッサンでお願いする」

「分かりました、暫くお待ち下さい」

 二人のやり取りに首を傾げるお姉さんは、席を離れると奥の魔道具を使って登録をしている。

「ミリアナさんはいつも強引なんだから。ところでパーティー登録をするとどうなるのですか?」

「パーティー登録をすれば、パーティーで達成したクエストや討伐で受けられるポイントが全員に振り分けられて、低級者のランクが上がりやすくなるんだ」

「ポイントですか?」

「ポイントはギルドが冒険者の昇級審査を行う場合の参考にする物だと思えばいい。昇級するには、ほかに実技や普段の行いも審査されるがな」

「そうなんですか。でもミリアナさんの力で昇級しても、それは僕の実力ではないので、なにか複雑ですね」

 穏やかに暮らせればそれで良いので昇級を望む訳ではなかったが、ランクが上がればそれだけ実入りの良い仕事が回されると聞いて納得した。

「お待たせしました、お確かめ下さい」

 お姉さんがプレートを魔道具の上に置いた。


     ― ― ― ― ― ― ― ―   


   パーティー名 無双のデッサン


   名前     タカヒロ (男)  十七才


   冒険者

    ランク   F


   職業     絵描き師


   特技     絵を描く事


   スキル    サイン  S



   クエスト

    達成数   0


   討伐数    巨大ネズミ 2


     ― ― ― ― ― ― ― ―   


     ― ― ― ― ― ― ― ―   


   パーティー名 無双のデッサン


   名前     ミリアナ (女)  十六才


   冒険者

    ランク   B


   職業     戦士


   特技     剣術


   スキル    身体強化 B

          斬鉄   A

          受け流し B

          縮地   C

          護身   C



   クエスト

    達成数   0


   討伐数    0


     ― ― ― ― ― ― ― ―   


「どうしてミリアナさんのクエスト達成と討伐がゼロなんですか?」

「すでに報酬が支払われているからです。カードが発行された時に詳しい説明はされている筈なのですが?」

「そうだったかなァ。忘れてしまいました」

 僕は照れ隠しに頭を掻いた。

「他にご質問はありますか?」

 お姉さんが優しく微笑んだ。

「大丈夫です、はい」

 プレートを受け取ると首からぶら下げた。

「ありがとう、今日は他に用事があるのでこれで失礼する。タカヒロ、行くわよ」

 プレートを受け取ったミリアナさんは、サッサと受付を離れていった。

「待って下さいよ」

「あまり危険な事をしないようにね」

 慌ててミリアナさんの後を追う僕に、金髪のお姉さんが声を掛けてくれた。

「はい。ありがとうございました」

 軽く頭を下げる僕に、他の冒険者が哀れむような視線を向けてきたのが気になった。

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