第8話 チートな力の片鱗


 ネズミを殺したショックと、ゴブリンに遭遇したショックから立ち直れない僕は、食事のとき以外は部屋に篭っていた。

 明日こそ仕事を探しに街に出ようと思いながら、三日が過ぎている。

「タカヒロ、元気がないな。どうした?」

「真鍮の守り盾の皆さん、それにミリアナさん、お久しぶりです」

 夕食の料理を前にふさぎ込んでいると、ファブリオさんに肩を叩かれた。

「本当、心ここにあらずね」

「恋しい人の事でも考えていたの?」

 ゾッタさんとエルミナさんがひやかしてくる。

「いいえ……魔法の練習をしていて……。ところで、暫くお見かけしませんでしたが、どこかにお出掛けでしたか?」

 ネズミを殺した事を気に病んでいるとも言えずに、話題を変えた。

「祭りに来ていた貴族達の護衛任務で王都まで、他の冒険者達十数人と行っていたんだ」

「私も一緒だったのよ」

 ルベルカさんの言葉にミリアナさんが乗っかってくる。

「そうでしたか、ご苦労様でした」

 労をねぎらって軽く頭をさげた。

「女将さん! エール七つと、食べる物を適当にお願いします」

 テーブルに着くと、仕切り屋のファブリオさんが声を上げた。

「タカヒロ、お前もこっちに来いよ」

 ファブリオさんが強引に誘ってくる。

「そうよ、魔法の練習の話しを聞かせて」

 ゾッタさんが魅惑的な笑みを浮かべて手招きをしている。

「魔法の練習? タカヒロからはあまり魔力を感じ取れないのだけど、私の勘違いかしら?」

 エルミナさんが僕を見詰めて可愛く首を傾げた。

「お邪魔します」

 誘いを無下に断わる事も出来ずに、テーブルに移動した。

「待たせたね。ゆっくりやっておくれ」

 エールの入ったジョッキーをテーブルに並べた女将さんは、定番の肉の串焼きと、肉と野菜の煮込み物を運んできた。

「そう言えば、今ギルドで話題になっているのって、タカヒロの事じゃないのか?」

 ルベルカさんがスケッチブックを入れたカバンに目をやった。

「話題ですか?」

「そう。この前、似顔絵を描いてくれた紙の束。あれ、なんて言うんだ」

 ファブリオさんがカバンを指さした。

「スケッチブックの事ですか?」

「そう、そのスケッチブックとか言う変わった物を持っているのは、この辺ではタカヒロだけだからな」

「お前、ニオラの森で駆け出しの冒険者をゴブリンから助けただろ。そいつらがお前を探しているとギルドでちょっとした話題になっているのさ」

 ルベルカさんは早速ジョッキーを傾げている。

「その時、そのスケッチブックを使ってゴブリンをやっつけたのでしょ。どんな魔法を使ったの?」

 ゾッタさんが身を乗り出して聞いてくる。 

「確かにニオラの森の近くで三人組の冒険者には出会いましたが、助けたと言うほどのものではありませんよ。ウィンドカッターを使ったら、ゴブリンが驚いて逃げていっただけですから」

 思い出したくもないゴブリンのグロテスクな顔が脳裏に浮かんで、頭を軽く振った。

「ウィンドカッターですか。見えない刃と言われている魔法ですよね。ぜひ見てみたいわ」

 エルミナさんが緑色の瞳を輝かせている。

「やっぱり、魔法が使えるんだ」

 ダルさんがボソッと呟いた。

「僕の事より、真鍮の守り盾の皆さんってA級冒険者なのですよね。A級冒険者って、どれぐらい強いのですか? 教えて下さいよ」

 ゴブリンと出会っただけで心が折れてしまっている僕は、異世界を生き抜いていくための知識を得ようと考えていた。

 この世界で特にやらなければならない事は無いと神様は仰っていたが、このまま街に引き篭もって穏やかに暮らしていけるほど甘くはないようなのだ。

「それなら、俺が皆の力を紹介しよう」

 ファブリオさんが立ち上がると咳ばらいを一つして、饒舌に喋りだした。

「まず、リーダーのルベルカだが。彼が持つ真鍮の鎧と真鍮の盾には防御魔法が付与されていて、体力が続くかぎり物理攻撃、魔法攻撃を完全に防いでくれるんだ。そして、リーダーの体力はロンデニオの街、いや、ここアスラン王国で右にでる者はいないだろう」

「凄いんですね」

「リーダーの鎧と盾、そしてアイテムバックがあったから、俺たち真鍮の守り盾はA級にまで上がれたと言っても過言ではないな」

「アイテムバックですか?」

「ファブリオ、あまりベラベラ喋るんじゃない」

 と言いながらもルベルカさんは、満更ではない顔でエールを煽っている。

「冒険者なら皆が知っている事じゃないですか。タカヒロにアイテムバックを見せてやって下さいよ」

「お願いします、ぜひ見せて下さい」

 後学のために頼み込むと、ルベルカさんは腰に下げた革製のバックを外してテーブルに置いた。

「触らせて貰ってもいいですか?」

 縦横三十センチ、幅二十センチほどで、さほど大きなバックではなかった。

「構わないとも。これがあるお陰でずいぶんと楽をしてきたんだ。なにせ、二百キロの荷物が入れられるんだからな。行きは食料などの必要物資が豊富に持てるし、帰りはドロップアイテムやお宝を余すことなく持ち帰る事が出来るからな。遠出をする時は、これに勝るアイテムはないな」

「タカヒロ、あんたのカバンを皆に見せてやったらどう?」

 ルベルカさんのバックを手に取って眺めていると、大人しく食事をしていたミリアナさんが唐突に話しを振ってきた。

「なんですか、急に」

 あまりにも突然だったので声が裏返った。

 祭りの騒動の後、チートな力について話し合っている時にアイテムボックスについても話題になり、無限容量はチート過ぎるから秘密にしておいた方が良いと言っていたのはミリアナさんだった。

「なんだ、タカヒロもアイテムバックのような魔道具を持っているのか?」

 ファブリオさんが凄い勢いで食いついてきた。

「ルベルカさんのバックに比べたら全然ですよ。五十キロも入りませんから」

 右手を顔の前で振りながら、全力で便利さを否定した。

「いやいや、アイテムバック系の魔道具は小さくても十分に希少価値があるんだ。見せてくれないか?」

「構いませんよ」

 スケッチブックを持ち運びするために買ったカバンを渡した。縦横五十センチ近くありルベルカさんのバックより大きいが、厚みが五センチしかなく荷物を入れるのに適した形ではない。

「五十キロも入るなら、白金貨五枚出しても手に入れたいと言う奴は沢山いるぞ」

 ファブリオさんはカバンを弄り回している。

「白金貨五枚って、金貨にすると何枚になるのですか?」

「白金貨を見た事ないのか? 金貨にすると五百枚だ。ところで、何か出して見せてくれないか?」

「大きな物は入っていませんよ」

 スケッチブックの表紙を開いてカバンに入れると、色鉛筆のセットを取り出して見せた。

「それぐらいの物なら普通のカバンにでも入るよな。何か大きな物を入れて見せてくれないか」

「大きな物ですか? ミリアナさん、剣を突き出して貰えませんか」

「いいとも」

 ミリアナさんが片手で軽々と大剣を持ち上げた。

「ミリアナさんの剣を収納します」

 カバンの中に入っているスケッチブックの2ページ目に、剣先を触れさせた。

「おおッ!入っていく、入っていく」

 ファブリオさんが青い目を輝かせている。

「何をそんなに驚いているんだ、俺がいつもバックに物を入れるところを見ているだろうが」

「いや、いや。リーダー以外に収納系の魔道具を使うのを見るのは初めてですからね」

 大剣が完全にカバンの中に消えると、真鍮の守り盾の皆が驚いている。

「今度は出して見てくれ」

「分かりました。ミリアナさん、助けてください」

 1ページ目から大剣を引き出そうとしたが、途中で重たく両手でも持てなくなってしまった。

「だらしがないわね」

 柄を持ったミリアナさんは、一気に大剣を引き抜いた。

「タカヒロ! そのカバン譲ってくれないか。金貨五百枚、一括では無理だが、分割でお願いします」

 ファブリオさんが両手を合わせて拝むような仕草をした。

「いいですよ。でも僕以外が使うと普通のカバンですよ」

「そうか、リーダーのバックもそうだもんな」

 ファブリオさんがガックリと肩を落とした。

「他の皆さんの力も教えて下さいよ」

「そうだったな。ダルは隠密、感知、察知能力にたけていて、敵の接近や罠を見つけてくれるので、危険を回避出来ているんだ。ゾッタは宮廷魔術師にも引けを取らない魔法使いで、火、水、土の三属性を行使できるんだ。特に得意のフレイムカッターは強力で、先日のミノタウロス戦では片腕を切り落としたんだぞ」

「凄いですね、その魔法を見せてください」

「ダメダメ、街の中で攻撃魔法を使ったら、衛兵に連れて行かれるわ」

 ゾッタさんは肉の串焼きにかぶりつきながら手を振った。

「エルミナは心臓さえ動いていたら、どんな大怪我でも何とかしてくれる治癒魔法の天才で、教会からもシスターとしてお呼びが掛かっているんだぞ」

「どうした、エルミナ。顔色が悪いぞ!」

 熱弁しているファブリオさんが、ふさぎ込んでいるエルミナさんに視線をやった。

「リーダー、今夜はそろそろ終わりにしないか、明日からオーガの調査に行くんだろ」

「そうだな、明日も朝が早いからな」

 エルミナさんの様子を気に掛けているルベルカさんが、ダルさんの言葉に同調した。

「ま、待ってくれよ、まだ俺の凄さを……」

 ファブリオさんは仲間四人が立ち上がったので、しぶしぶ話すのを止めた。 

「ファブリオさんの凄さは次の機会に聞かせてください。エルミナさん、お大事にして下さい」

「またなァ」

 と、ファブリオさんが後ろ向きのまま手を振って、真鍮の守り盾のメンバーは酒場を出て行った。

「どうしたんでしょうかね?」

 蒼ざめていたエルミナさんの事が気になって、一人残っているミリアナさんに聞いてみた。

「あれは魔力酔いだな」

「魔力酔いって何ですか?」

「エルミナは人間や魔物が持っている魔力を感知する能力を持っているんだが、あまりにも大きな魔力を感じてしまうと、今のように恐怖で圧し潰されしまう事があるんだ」

 一時期真鍮の守り盾と一緒に冒険をしていたミリアナさんは、全員の能力をある程度は把握していた。

「大きな魔力ですか?」

「ああ、タカヒロがスケッチブックを開いた時に、エルミナは驚いたような顔をしていたからな。多分溢れ出た魔力を感じたんだろうな」

「でも、似顔絵を描いた時には、そのような事はなかったですよね」

「エルミナの顔色が悪くなったのはアイテムボックスを使い始めた時からだから、あのとき相当の魔力が流れ出たんじゃないか。ダルも何か感じ取っていたようだからな」

「ダルさんも魔力を感知できるんですか?」

「いや、ダルの場合は危険を察知したと言った方が正しいかな」

 ミリアナさんは僕と真鍮の守り盾とのやり取りを、詳しく観察していたようだ。

「しかし、僕の魔力なんて知れていますよ」

「魔法の練習をしていたと言っていたが、どんな成果があったんだ? 聞かせてくれないか」

「は、話しますよ」

 ミリアナさんの迫力に気後れして、ネズミの死骸を見て嘔吐しそうになった事も含めて、二日間の出来事を話した。

「やはりチートな力だな」

「どこがですか?」

「まず、岩を砕くような攻撃魔法を使えるようになるには、何年も修行しなければならない。たとえ使えるようになっても、何時間も連続で行使は出来ないんだ。せいぜい十五分ほどで魔力が尽きてしまうのが普通だ。それに、初級魔法のファイアーボールで岩を砕くなんて聞いた事がない」

 ミリアナさんは呆れたような表情をしている。

「そうなんですか?」

 自分の力が信じられなかった。

「多分だが、エルミナはスケッチブックから流れ出る無尽蔵の魔力を感じ取って、魔力酔いを起こしたんだろうな」

「でも、僕はゴブリンに殺されそうになったんですよ」

 グロテスクな魔物の顔を思い出して、全身が震えた。

「それは経験が足りないからだよ。魔法が使えるようになったんだから、次は私とパーティーを組んで剣術スキルの練習だな」

「僕に冒険者は無理だと言ったでしょう」

 積極的なミリアナさんに、力なく首を振った。

「何を弱気な事を言っているの。他に出来る仕事があると思っているの?」

「どうしてそこまで構ってくるのですか?」

「運命の出会いかもしれないからよ」

「もし、そうでなかったら」

「私、あと二ヵ月で十七才になるの、分かるでしょう。二ヵ月でタカヒロとの出会い以上の、奇跡的な出会いがあると思う?」

 ミリアナさんの口調が急に女性らしくなった。

「それは分かりませんよ。突然勇者が現れて一緒に冒険をしようと言ってくるかも知れませんよ」

「確かに出会いは一瞬にして起きるから、何があるか分からないわ。だったら、タカヒロがこの世界で生きて行けるようになるまで付き合わせて」

「だから、どうして僕の事をそこまで」

 ミリアナさんの透き通ったブルーの瞳を見詰めた。

「勘違いしないでよ。タカヒロに一目惚れしたとかじゃないからね」

 見詰め合う形になって、ミリアナさんは慌てて視線を逸らした。

「この世界にはイケメンがたくさんいますから、ミリアナさんのような美人が僕に惚れるなんて思ってもいませんよ」

「本心を言うわね。十年後、タカヒロには無事に地球に帰って貰いたいの。私は突然、事故で死んでしまったから父と母、それに妹にもお別れが言えていないの、だから私の手紙を届けて欲しいの」

 ミリアナさんは真顔になっている。

「分かりました。神様のお許しが出たら届けますよ」

 ブルーの瞳が潤んでいくのを見て、慌てて話題を変えようとしたが言葉が見つからなかった。

「ありがとう。じゃ、私とパーティーを組んでくれるわね」

「ウン」

 ミリアナさんの強引さに負けて頷くしかなかった。

「明日の朝迎えに来るから、ギルドに行く用意をしておいて」

 ニコっと微笑んで酒場を出ていくミリアナさんの口調が、元に戻っている。

(寝るかな)

 一人になった僕は憂鬱な気分で二階へ上がっていった。

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