第11話 剣術のスキル
冒険者ギルドでパーティー登録を済ませた僕たちは、街の近くの草原に来ていた。
「まずは、タカヒロがどんなスキルを持っているか、確認しましょうか」
「ミリアナさんもギルドで見たでしょう、サインを書く以外のスキルがない事を」
「それは、タカヒロが自分のスキルを認識していないからよ。神様から中級剣士のスキルを授与されているのでしょ、中級剣士と言えばB級どころかA級冒険者にでもなれるスキルなのよ。それとさん付けは止めてよね、仲間になったのだから呼び捨てでいいわよ」
「ミリアナ……」
女性を呼び捨てにした事がなかったので、照れ臭くて言葉に詰まってしまった。
「それでいいわよ」
「僕にA級冒険者になれるような力があるとは、到底思えないのですがね」
「何を弱気な事ばかり言っているの、魔法だってまだまだ練習が必要なのだから。サッサと始めるわよ。何も斬った事がない剣で打ち込んできなさい」
ミリアナさんは街を出る前に買ってきた木刀を構えた。
「ケガをしても知りませんよ」
ショートソードを抜くと、見よう見まねの上段構えで斬り掛かっていった。
「私にケガを負わせる事が出来たら、今夜ベッドで介抱させて上げるわ」
笑みを浮かべるミリアナさんは、振り下ろした剣を躊躇なく木刀で受け止めた。
木刀をへし折って剣先がミリアナさんに当たるのではないかと思ったが、ショートソードは木刀の上を滑るように流れて地面を叩いた。
「おっとっと」
「そんなへっぴり腰では、小枝も切れないわよ」
ミリアナさんは、たたらを踏む僕を見て大笑いしている。
「ちくしょう」
赤子の手を捻るような扱いを受けて腹が立った僕は、ゆっくりと近づき、右足を踏み込むと渾身の力を込めて剣を振り下ろした。
それなりに威力があるように思えた剣戟だったが、コツンと小さな音がしただけで剣はまたしても地面を叩いてしまった。
「これならどうだ!」
横殴りに剣を振ったが目の前にいた筈のミリアナさんは、大剣を背負っているにも拘わらず五メートル以上離れた場所に移動していた。
「どうしてこうなるのですか?」
慣れない剣を振り回して息を切らせている僕は、ゼイゼイと喘いでいる。
「スキルを覚えるには自分で体感するのが一番だと思って、受け流しと縮地のスキルを使ったのよ。どう、何か掴めた?」
「そんなの分かる筈がないじゃないですか」
余りの無茶振りに不貞腐れて草むらに座り込んだ。
「それはそうかもね。才能のある剣士が何年も剣を振り続けて初めてスキルを会得するのだから、剣を握ったばかりの者がスキルなんて発動させたらチートすぎて笑ってしまうわね」
「ミリアナだって十六才でスキルを五つも修得しているなんて、可笑しいじゃないですか」
「お互いそれは言わない事にしましょう。神様に頂いた力なのだから仕方がないでしょう」
ミリアナさんは底抜けに明るい笑みを浮かべた。
「僕が授かった中級剣士のスキルって、どんなスキルなのだろうな?」
「本当に何も聞いていないのね」
「もう、諦めていますよ」
神様の放任主義に、アッハッハと声を出して笑った。
「神様が与えると仰って下さったのだから、その内に開眼するわよ。まずは魔法の精度をアップさせましょうか」
「そうだな。そうしようか」
剣術は諦めて魔法で強くなろうと思った僕は、ショートソードをアイテムボックスに片づけて鉛筆を取り出した。
「ところで、受け流しのスキルってどのような物なのですか?」
「そうね。ダメージを軽減する防御系の剣術のひとつで、相手の力を壁に添わせて滑らせていく感じの技かなァ」
ミリアナさんは上手く説明出来ないと言うように、可愛く首を傾げた。
「壁の上を滑らせる感じですか?」
暫く考え込んだ僕は5ページ目を開くと、今使っていたショートソードを描いて『Aizawa』のサインを入れた。
画用紙の中心から光りの波紋が幾重にも広がり、剣の柄がゆっくりと突き出てきた。
「それは?」
「土で出来た剣が現れるかと思ったのですが、どうやらアイテムボックスに入れたショートソードのようです」
引き抜いた剣に特に変わった点を見つけられなかった。
「確かに、先ほど同じ剣のようね」
「木刀で打ち込ん見て下さい」
意を決して立ち上がると、頭の上で剣を横に構えた。
「大丈夫なの?」
「分かりませんから、あまり強くしないで下さいよ」
「まあ、私が本気を出せば、木刀でも頭を割る事が出来るわよ」
そんな事を言いながらミリアナさんが振り下ろした木刀は、ショートソードに触れると横に流されていった。
「やりました。やりましたよ」
「ま、まて。今のは軽く叩いから流されだけかもしれないだろ」
ミリアナさんは、自分の太刀筋を受け流された事に動揺している。
「では、もう一度お願いします」
「今度は本気でいくからしっかり構えていなさいよ」
真顔になったミリアナさんが踏み込みながら振り下ろした渾身の一撃は、横に滑り落ちて地面を叩いた。
「どうですか、受け流しのスキルですよね」
殆ど衝撃が無かった事に自分でも驚いている。
「間違いなさそうね」
打ち込んだ木刀が地面を凹ませているのを見たミリアナさんは、大きく頷いた。
「これで、敵に切られる事はないですよね」
「戦いはそんなに甘くはないわ。受け流しが出来るからと言って、敵からの攻撃を全て防げるなんて思わない事ね」
「そうなのですか?」
「実戦的に行くから、しっかり受け止めるのよ」
木刀を握り直したミリアナさんは、正眼に構えた。
「はい」
僕も正眼に構えて迎え撃とうとした。
「甘いわよ」
上段からの切り下ろし、袈裟懸け、薙ぎ払いと、ミリアナさんは激しく打ち込んできた。
「クウッ」
横腹を叩かれた僕は、ショートソードを落として蹲ってしまった。
「スキルは決して無敵ではないの。ここぞと言うときに発揮出来なければ意味がないの、分かった?」
「はい。よく分かりました」
余りの苦しさに、涙目でミリアナさんを見上げた。
「しかし、いきなりスキルを使うなんて、タカヒロの能力は半端じゃないわね」
「スキルがあると言っても使いこなせなければ、ただの飾りですよ」
魔法も剣術も中途半端で身を守るのにあまり役立たない事に、自虐的な笑みを浮かべた。
「それが分かっているなら、使いこなせるように努力するしかないのじゃないかしら」
「そうですね。一人でも生きていける力を身につけるために頑張ります」
「そうしなさい」
「もっと使い勝手がいいスキルはないのかなァ」
ショートソードをアイテムボックスに戻すと、6ページ目に剣を描きサインを入れた。
「その剣は?」
光の波紋の中から現れたショートソードを、ミリアナさんは見詰めている。
「風魔法に似た剣術スキルを何か知りませんか?」
「私は目にした事はないが、達人は剣撃だけで離れた敵を切る事が出来ると聞いた事があるわね」
「ウィンドカッターのような物ですかね?」
前方の敵を切るように剣を振り下ろすと、足元の草が五メートルほど千切れて飛んだ。
「まさか、スラッシュ!……そんなに簡単に出来るものでは……」
ミリアナさんが驚いた顔をしている。
「余り威力がないですね」
再び6ページ目にショートソードを描くと、『T.Aizawa』のサインを入れた。
光の波紋はさらに眩しくなり、剣の柄がゆっくりと突き出てきた。
「重たい!」
ミリアナさんの大剣ほどではないが、ショートソードは両手でないと持ち上げる事が出来ない重たさになっていた。
「クウッ!」
歯を食いしばって、渾身の力でショートソードを振り下ろすと、
『ズドーン』
と、地響きがして、十メートルほど地面が割れた。
「嘘でしょ!」
驚愕に目を見開いたミリアナさんが、アングリと口を開けている。
「ダメです。これも使い物になりません」
「どして? 凄い威力だったわ」
「剣が重たすぎて」
額に玉の汗を浮かべる僕は、ショートソードを落としてしまった。
「『T.Aizawa』のサインで威力が十倍になった分、剣の重さも十倍になったと言う訳なの?」
「そのようです」
ショートソードを拾い上げようとしたが、持ち上げる事が出来なくてアイテムボックスに収納した。
「タカヒロがチートな能力を使いこなせないのは、ひとえにタカヒロの体力と腕力が不足しているからだと思うわ。明日からは、まず基礎体力をつけるトレーニングに励みなさい」
凄い技を発揮しながらもだらしなく座り込んでしまっている僕の姿に、ミリアナさんは美貌をしかめている。
「体力作りが必要なのは自覚していますが、僕にはあまり時間がないのです」
(子供のころから何をしてもダメだったが、この世界でも同じなんだなァ)
神様が仰っていた「凡人の中の凡人」の言葉が頭から離れなかった。
「時間がないとは、どう言う事なの?」
「神様から頂いたお金が底をつきそうなので、早く仕事をしないと食べていけなくなるのです」
「タカヒロが生活していく位のお金なら、私が用立てる上げるわよ」
「ミリアナにおんぶに抱っこでは、男としての面子が……」
自分の情けなさにガックリと肩を落とした。
「本当に男らしくないわね。それなら手っ取り早く試練のダンジョンに行きましょう」
「試練のダンジョンって?」
「試練のダンジョンはC級冒険者が自分の実力を試すためのダンジョンよ。クリア出来ればB級を目指して行けるし、ダメなら現状に甘んじるか冒険者を辞めるか判断す場所よ」
「待ってください、C級が挑むダンジョンンでしょ。僕はF級ですよ、死んでしまいますよ」
「タカヒロの命は私が守るから、クリアだけを目指せばいいわ」
「そうは言っても……。ミリアナはクリアしたのですか?」
「十二才のときにクリアしたわ」
「へェーー。どんなダンジョンなのですか?」
「五階層からなっていて、罠あり、迷路ありのダンジョンで最終ボスはオーガが待っているわ」
「オーガって、オークを数倍大きくした魔物でしょ」
「C級冒険者のパーティーなら無理なく倒せる相手よ」
「はァ。他にはどんな魔物がいるのですか?」
ミリアナさんの何でもない事のような説明に、大きな溜息を洩らした。
「コボルト、ゴブリン、オークぐらいかな。試練のダンジョンがクリア出来ないようなら、私たちの出会いは間違いだったと諦めるわ」
ミリアナさんは平然としている。
「分かりました、挑戦してみます」
ミリアナさんが守ってくれるのなら死ぬ事はないだろうし、試練の名の通り今後の進路もはっきり決められるだろうと覚悟を決めた。
「それじゃ、二日後に出発よ。準備をしておきなさい」
「はい」
ミリアナさんの強引さに口答え出来ない僕は、渋々返事をした。
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