第3話 真鍮の守り盾と似顔絵


 階下の賑わう声に目を覚ますと、窓の外は暗くなっていた。部屋の中は魔道具のランプなのか、柱に取り付けられた器具から小さな明かりが零れている。

 知らない人達の中に入るのは怖かったが、空腹には勝てずに静かに階段を降りると、カウンターの隅に席を取って定食を注文した。

 店内は冒険を終えて帰ってきた者達なのだろう、金属製の鎧姿のままの騎士や、革の服を着た身軽そうな恰好をした人、マントを纏った魔法使いのような人、弓矢を持った人、身の丈ほどもある大剣を持った人達で賑わっていた。

「あんた、見かけない顔だな。こっちに来て一緒に飲もうぜ、この店の今夜の勘定はすべて、俺たち真鍮の守り盾が持たせて貰うぜ。いいだろ、リーダー!」

 革の鎧に片手剣を携えた金髪イケメンが声を掛けてきた。

「よし!今日はミノタウロスを倒した祝いだ、存分に遣ってくれ!」

 黄色い鎧を着た男が店の真ん中でジョッキーを掲げると

「おおッ」

 と、周りから大きな歓声が上がった。

「あんた、名前は? 俺はファブリオだァ」

 金髪イケメンの青年は僕の返事も聞かずぬ、仲間のテーブルに引っ張っていった。

「あの~。僕は、その……タカヒロです」

 ファブリオさんの強引さに圧倒されて、消え入るような声で名乗った。

「タカヒロか、遠慮せずにやってくれ。今日倒したミノタウロスには冒険者仲間が何人も殺されていたから、ギルドも何時になく報酬を奮発してくれたのさ」

 黄色く輝く鎧を身に着け、黄色の大きな盾を傍に置いた大男は、真鍮の守り盾のリーダーでルベルカと名乗り、厳つい顔に似合わない笑みを向けてきた。

「ありがとうございます」

 逃げるのを諦め、勧められるままにテーブルについた。食事をご馳走になるなんて、因縁をつけられてボコられる事を考えれば天国と地獄だ。

「私はゾッタ。あんた、どこから来たの?」

 黒いワンピースにマントを纏った若い女性が、顔を覗き込んできた。

 胸はあまり大きくないが、中肉中背で肌は白く、背中まで伸びた長い髪も大きな瞳も淡い水色に輝いている。

「東の方にある、ジャパンから来ました」

 美人に見詰められて息を飲んだ。

「ジャパン? 聞いた事がないわね。何をしている人なの?」

 神様が着ていたような神官服を着た女性が、可愛く首を傾げた。

 細面美人のゾッタさんと違って丸顔で幼さが残った美人で、肩までの髪も丸っこい瞳も緑色をしている。

「かなり遠くにある小さな街ですから……。あの……絵描きをしています」

 同い年ぐらいの美女二人に見詰められて、顔が熱くなった。若い女性に対する免疫が全くなく、心臓がパクパクと激しく音を立てている。

「エカキってなんだ?」

 ルベルカさんの野太い声が、夢のようなバラ色の世界を無残に砕いた。

「絵描きは、人物や建物を紙などに描く事です。ルベルカさん、少し動かないで貰えますか!」

 夢のようなひと時を邪魔された僕は、カバンからスケッチブックを取り出すと3ページを開き、鉛筆を走らせていった。

 角ばった輪郭を描くと、短く刈り込んだ髪を描き、キリッとした目に高い鼻、それに分厚い唇を描いて、最後に大きな瞳を描き込んだ。、

 真鍮の守り盾のメンバー四人が覗き込むなか、五分と掛からずにリーダーの似顔絵が完成した。二十代半ばだと思われるが、落ち着いていて貫禄がある顔つきをしている。

「凄い、似ているわ」

「本当!」

「恰好良すぎないか? ダルはどう思う」

 ファブリオさんが女性陣の高評価に首を傾げながら、リーダーと絵を見比べている。

 ジョッキーを傾げているダルさんは、時々僕に鋭い眼差しを向けている。

「おい、俺にも見せろ」

「ちょっと待ってください。差し上げますよ」

 似顔絵を描いた画用紙を切り取ると、ルベルカさんに渡した。

「なかなか、渋い男に描けているじゃないか。いいね!」

 ルベルカさんは気に入ったのか、色々な角度から眺めてニタニタしている。

「あれは何と言う物なの? 私にも描いて」

「似顔絵と言うんだよ」

「エルミナ、駄目! 私が先に描いて貰うんだから」

 ゾッタさんは白い神官服の女性を押しのけると、僕の前に座って笑顔を向けてきた。

「こら! 二人とも描いて貰ってやるから喧嘩をするな。俺のも頼むぞ、タカヒロ」

 女性二人を諫めるファブリオさんは、白い歯を覗かせた。青い目がキラキラと輝いている。

「はい、はい、順番に描きますよ」

 ゾッタさん、エルミナさん、ファブリオさんと『真鍮の守り盾』のメンバーの似顔絵を描き終えると、異世界での長い初日が終わった。ちなみに僕に対して不信感を隠さないダルさんは、あまり顔を知られたくないからと似顔絵を拒否してきた。



「昨夜は大変だったね」

 女将さんのクレマさんが、黒パンと野菜スープの朝食をカウンターの隅に座った僕の前に運んでくれた。

「遅くまで騒がしくして申し訳ありません」

 僕は騒動に巻き込まれた被害者でもあるのに、女将さんに頭を下げた。

「いつもの事だし。なおさら、あんたの責任でもないからね」

「いえ、僕が絵なんか描いたために……」

 あの後、似てる似てないの論争が遅くまで続いていたのだ。

「私にも一枚書いてくれないかね、店に飾って置きたいんだョ。勿論タダでとは言わないさ、今日の昼食をサービスするからさ、どうだい?」

「いいですよ。お世話になっていますから、色付きで描かせて貰います」

 カバンから二十四色の色鉛筆を取り出すと、似顔絵を描き始めた。

「変わった物を持っているのね」

「これは描いた絵に色を付ける道具です」

 木箱に並んだ色とりどりの鉛筆を転がした。

「ところでお祭りは、いつあるのですか?」

「五日後だよ。遠くから人も集まるし、露店もたくさん出るから賑やかになるわよ」

「そうなんですか。僕でも店を開いたり出来るのでしょうかね?」

 女将さんと会話をしながら似顔絵を仕上げていった。

 ふくよかで親しみの持てる丸顔に、少し目尻の下がった笑み。頬の赤みは活発な女将さんのトレンドマークになっている。

「あんたが店をね。何の店かはしらないが、確かその日は領主様の館から担当者が来て場所の割り振りをすると、聞いているよ」

 女将さんは緊張しているのか、お喋りをしながらも少し顔を強張らせている。

「そうなのですか、では当日に広場に行って聞いてみます」

 神様から貰ったお金がいつまでも持つ筈がないので、アルバイトで似顔絵描きをしようと考えたのだ。

「出来ました!」

「素敵。早速飾らせて貰うわ」

 女将さんが厨房に消えたので、朝食を済ませると部屋に戻ってスケッチブックの検証をする事にした。

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