第2話 スケッチブックとアイテムボックス


 眩しい光が収まると、見慣れない草原に立っていた。


(ここが異世界か。日本の都会と違って空気が綺麗に澄んでいるなァ)

 深呼吸すると鼻腔を草の匂いが擽り、遠くにはエベレストを連想させる山並みがくっきりと見えた。


(あっちが、街だな)

 反対方向遠くに、高い石塀で囲まれた区画が見えた。


(先ずは、アイテムボックスの確認だな)

 神様の言葉を思い出したが、アイテムボックスの扱い方が分からなかった。


 頭の中で思い描いてもリストが出てくる訳でもなく、神様のように手を伸ばしても虚しく空を掴むだけで、物を取り出す事は出来なかった。


 色々と試していると、手にしているスケッチブックの表紙が微かに光っているのが目に入った。

 留め紐を解いて開いてみると真っ白な画用紙があるだけで変わった所はなかったが、1ページ目は捲れたが2ページ以降は糊付けされたように捲れなかった。


「どうなっているのだ?」

 どんなに調べても何も分からずイライラしながら、1ページ目の画用紙を指先でトントンと叩くと、突然文字が浮かび上がってきた。



     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇    


 黒色鉛筆          線を引いたり、絵を描いたりする道具。

 二十四色の色鉛筆      絵に細かな色を付ける道具。

 パステルチョーク      絵に広い範囲に色を付ける道具。

 二十四色の絵具       絵に色を付ける材料。

 キャンバス         木枠に布などを張った、絵を描く下地。

 イーゼル・スタンド     キャンバスを固定す道具。

 絵筆(大)(中)(小)     絵具を塗る道具。

 小道具           パレットや水入れの小さな道具。


 金貨二十枚         一枚が一0.000ギル。(日本円で一万円)

 銀貨二十枚         一枚が一.000ギル。(日本円で千円)

 皮の小袋          小銭などを入れておく袋。


     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇    



 それはアイテムボックスに入っていると思われる品物のリストだった。


(品物の簡単な情報まで表記されるのか、これは少し便利かも)

 リストの確認を終えると、日本円にして二十二万円もの大金を贈って下さった神様に感謝した。


「しかし、どうやって取り出すのだ?」

 取説がない事にボヤキが零れる。


 アイテムボックスが魔法の一種だと何かで読んだ記憶があるので、念じるように意識を集中させながら鉛筆の文字をクリックしてみた。


「おおっ! 出た出た」

 画用紙の上に見慣れた棒状の物が現れて転がった。


 次に金貨と銀貨をそれぞれクリックすると、鉛筆と同じように五百円玉位の金貨と、百円玉位の銀貨が画用紙の上に現れた。


 今度は鉛筆をアイテムボックスに戻そうと、一枚目の上に乗せてトントンと叩いてみたが何も起きなかった。


 一枚目の裏側に置いても同じだったが、偶然二枚目の上に転がっていくと、鉛筆がスーッと画用紙の中に吸い込まれていった。


(2ページ目がアイテムボックスの入り口だったのか)

 何とかアイテムボックスは使えるようになったが、二枚目以降の画用紙を捲る事は出来なかった。何かの理由で封印されているようなので、今はどうにもならないようだ。


 人前でいきなりアイテムボックスを使うのは不味いだろうと考え、革の小袋を取り出すと金貨五枚と銀貨五枚を入れてズボンのポケットに仕舞った。


 服装は神様に呼ばれる前に着ていたパジャマでも、高校の制服のブレザーでもなく、ゴワゴワした生地の作務衣のような簡素な服だった。これがこの世界では一般的なのだろう、足元は履きなれたスニーカーではなく動物の革で出来たブーツのような物を履いていた。


(何とかなったなァ。あとは街で宿を見つけてから、ゆっくりと検証するか)

 雑草は膝のあたりまで伸びていて、構築物に向かって真っ直ぐ進むのは少し苦労したが、幸いにも街道らしき所に出たので明るい内に街に辿り着く事ができた。


 街は高さが三メートルはありそうな石壁の塀に周囲を囲まれていて、今は大きな門が開かれていた。


「身分を証明する物はあるか?」

 少し草臥れた鎧を着て槍を持った番兵が、通行する馬車や人をチエックしている。


「これで、いいでしょうか?」

 神様から貰って首に掛けていた、鉄製のプレートを外して番兵に渡した。


「よし。通っていいぞ。次」

 プレートをチラッと見ただけで返した番兵は、次に並んでいる男に手招きをしている。

 神様の説明ではプレートは異世界の神様から預かった物で、冒険者ギルドと言う組織が発行していて魔力が込められているので、他人の物を使ったり、犯罪者と認定されたりすると赤色に変色するらしい。


(ホテルまでの道程を聞こうと思ったのだが、愛想がないんだなあァ。まあ、直ぐに見つけられるだろう)

 翻訳機でも使っているかのように言葉も通じ、看板などの文字も読めているので心配はしていない。


 歩いてきた草原の中の地道とは違って街中の道は石畳になっていて、人通りも多く荷物を積んだ馬車も走っている。


(異国情緒たっぷりだな)

 ヨーロッパ建築にありそうな石造りの街並みを歩いていると、雑貨屋のような店があったのでスケッチブックを入れるための革のカバンを三.000ギルで買った。




「いらっしゃい」

 雑貨屋で教えて貰った『夕焼け亭』と書かれた宿屋は直ぐに見つかり、女将さんらしい女性の威勢の良い声がした。

 一階は飲み食いが出来る酒場になっているようで、奥のテーブルでは冒険者風の男三人が木製のジョッキーで飲み物を煽っていた。


(よそ者だからと言って、ここで因縁をつけられるのかなァ)

 争い事が苦手な僕は、テンプレ的な事が起こらないように革鎧の男達から視線を逸らしてカウンターに向かった。


「何にしますか?」


「否、食事ではなくて、暫く泊めて頂きたいのですが、部屋は空いていますか?」


「お客さん、運がいいね。今なら一部屋空いているよ。あと二日もすれば祭りの客で、どこの宿屋も満室になるからね」

 ビヤ樽のような体形をした女将さんは、日焼けした顔に明るい笑みを浮かべた。


「祭りですか?」


「あんたも、年に一度の収穫祭を楽しみに来たのじゃないのかい?」


「祭りがあるのは知りませんでした」


「そうなのかい。あまり見かけない顔だけど、どこから来たのだい」

 女将さんが怪訝な表情を浮かべている。

 確かに黒髪で彫の浅い顔の人間は、通りを歩いていても見かけなかった。


「東の方にある、ジャパンから来ました」


「ジャパン? 聞かない地名だね」


「かなり遠い所ですから。ところで、お値段は……」

 この世界がよく分かっていないので、慌てて話題を変えた。


「泊りだけなら一泊三、五00ギル、朝食を付けると四、000ギルだね」


「そうですか。では、取り敢えず朝食付きで十日間、お願いできますか?」

 小袋から金貨を四枚取り出すとカウンターに並べた。


「部屋は二階の右奥だからね。これが、カギだよ。何かあったら声を掛けておくれ。私はクレマで、奥にいるのが亭主のジェイルズだよ」

 呼ばれた御主人が調理場から顔を覗かせた。神経質そうで愛想がない。


「よろしくお願いします」

 二人に頭をさげると二階へと急いだ。

 女将さんと話している間も、ボソボソと囁いている男達の視線が背中に刺さって居たたまれないのだ。




 六畳ほどの部屋は何の飾りもなく、木の机と椅子、それに硬いマットが敷かれた簡易なベッドがあるだけだった。


(あんな荒くれた男達に絡まれたらどうしようかなァ。やはり異世界生活など無理かも知れないなァ)

 下で飲んでいた男達の事を考えると膝が震えた。日本で平和にどっぷりと浸かっていた身には、魔物どころか厳つい人間さえ恐怖の対象でしかない。


(魔法も剣術スキルも使えると神様は仰っていたが、僕に何が出来るのだろなァ)

 ベッドに腰掛けると、前途多難さに大きくため息をついた。


 ゲームのように自分の強さが分かるステータス画面が現れないかと、色々と試みたが何も起こらず、今回はスケッチブックが光る事もなかった。


(魔力あればイメージするだけで、魔法が発動するのではなかったかなァ)

 指先に火を灯してみようと頑張ってみたり、机の上に置いてあったコップに水を出してみようと念じてみたりしたが、何も起こらなかった。


「うん?」

 魔法の事を色々と考えているとスケッチブックの表紙が淡い光を放ったので捲ってみると、二枚目と三枚目の画用紙が捲れるようになていた。


(ああっ。取説が欲しいな)

 ベッドに寝転がりスケッチブックの扱い方を考えているうちに、疲れが出たのか寝落ちしてしまった。



   ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―



 タカヒロがマダランに転移する数日前のできごと。



 俺はA級冒険者の真鍮の守り盾のリーダー、ルベルカ。


 真鍮の守り盾は自他共に認めるロンデニオ最強の冒険者パーティーだが、今回のクエストはかなり厳しいものだった。


 ここはロンデニオから馬車で二日ほど離れた森の中。滅多にないことだがダンジョンから迷い出たと思われるミノタウロスが暴れていた。


 既に冒険者が数名犠牲になっていて、このままでは近くの村にも被害が出るのは避けられなかった。


 ギルドマスターから討伐依頼を請けた俺たちは、今死力を尽して戦っている。相手は身の丈が五メートルはあり、巨大な斧を片手で振り回す化け物だ。


「リーダー、このままじゃまずいぜ」

 仲間に焦りが見え始めている。

 かなりの傷を負わせているが、俺たちも限界に近づいていた。


「俺たちが倒さなければロンデニオにアイツを倒せる冒険者はいない。防御は俺に任せろ。ファブリオとダルはヤツの注意を引きつけろ。ゾッタは詠唱を急げ。エルミナは俺に強化魔法だ」

 俺が持つ真鍮の鎧と真鍮の盾には防御魔法が付与されていて、俺の体力が続くかぎり物理攻撃、魔法攻撃を完全に防いでくれるのだ。


 最後の勝負に出た俺は、真鍮の盾で真正面からミノタウロスの斧を受け止めた。エルミナの補助魔法を受けていたが体力が一気に削られていった。あと一撃追撃を受けたら盾ごと真っ二つにされるだろう。


 斧を振り下ろして動きの止まったミノタウロスの右足にファブリオの斬撃が飛び、左足にダルが投擲したナイフが数本刺さった。


「ガオ―!」

 空気を引き裂くような唸り声をあげたミノタウロスが膝を崩した。


「炎の刃よ、ミノタウロスを切り裂け。フレイムカッター!」

 ゾッタが掲げていた杖を振り下ろすと、斧を持ったミノタウロスの左腕が宙に舞った。


「これでどうだ!」

 ファブリオの剣がミノタウロスの心臓に突き刺さった。


「終わったか」

 全員が座り込んで、暫く動けなかった。


 厳しい戦いに勝利した俺たちはミノタウロスの死骸を焼却すると、キャンプを張って体力を回復させロンデニオの街に戻った。



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