第85話、帰宅後

 真白と二人の久しぶりの夜の寄り道は楽しかった。


 土手の芝生の上で寄り添いながら静かに言葉を交わす。何でもない会話が不思議と楽しくて仕方がなく、かけがえのない大切な宝物のように真白とのやり取りの一つ一つが鮮明に脳裏に焼き付く。


 夜になって涼しくなるのは秋が近付いているからだろうか。星も綺麗だし静かでのんびりとした気持ちにさせてくれる特別なものだった。


 遅くなりすぎない時間まで二人で過ごした後、俺は真白をアパートまで送り届ける。明日また学校でお喋りしようと約束をして。


 文化祭が始まるまでお互いに忙しい時間が続くが、こうやって二人でゆっくりとした時間を過ごす事も大切にしていきたい。


 そんな事を思いながら自宅へと帰った俺はすぐに自室のテーブルでノートを開き、文化祭に出す予定のスイーツの内容を考える。


 俺もクラスの一員としてみんなの力になりたいし、文化祭を通じて彼等の中に残る『悪役:進藤龍介』というイメージを払拭出来るように頑張りたい。普段の授業態度や定期考査の成績を通じて俺を取り巻く環境は変わり続けているが、それでも全てを覆すにはまだ時間がかかる。


 それに姫野と布施川頼人の件もある。原作との差異、これからの展開はどうなっていくのか。ともかく布施川頼人の異変の正体を突き止めて、友達になってくれるきっかけをくれた姫野の為にも早く問題を解決したいところだ。


「お兄ちゃん、入るよ―」

「ん、どうした?」


 部屋の入口から妹の舞の声が聞こえた。

 俺が返事をするとドアが開いて制服姿の妹がひょこっと顔を覗かせる。手には学校の課題と思われるプリントと教科書を抱えており、なんだかお困りの様子だ。


「もしかして課題で分からないところあったか?」

「えーん。そうなの。助けてよ~お兄ちゃん」


 最近は舞からこうやって泣きつかれる事が多々ある。

 俺が一学期の期末テストで学年1位を取ってから舞の俺を見る目は随分と変わったようで、こうして勉強で分からない事があるとよく部屋に転がり込んでくるのだ。


「はいはい。教えてやるからこっちこい」

「いえーい。お兄ちゃん、愛してるぅ!」

「いいからプリント見せろ」


 さっきとは打って変わってぴょんぴょこと跳ねて喜ぶ舞はプリントを持ってくると、俺の隣に座るとぴたりとくっついてくる。


 それから机の上にプリントと教科書を置いて、この箇所が分からないと質問してきた。その可愛らしい丸いおでこを突き出してくる妹にくすりと笑いそうになりながらも真面目に教えていく。


「いやーお兄ちゃんって本当に頭良いよね。教えるのも上手だし。流石は自慢のお兄ちゃんだよ~。イケメン~。優しい~。最高~」

「こら、真面目に聞け」


 最近はやたらと俺をからかってくる事が多いので「生意気なのはこの口か?」と指でまんまるの頬をつねると、舞はきゃーと大袈裟に叫びながらケラケラ笑う。


 まだまだ甘えん坊の妹だが、こうして勉強を教えている事でどんどん成績が上がっていき学年でも上位に食い込めるようになった。兄としても嬉しいし、こうして俺を慕ってくれる舞の事をついつい甘やかしてしまう。


 問題を解き終えた舞は笑顔で身体をぐっと伸ばしてから、満足気に教科書とプリントを片付けていく。


「ふう。おかげで分からなかったところが無事に解けました。ありがとね、お兄ちゃん」

「どういたしまして。また何かあったらいつでも来いよ」


「ほんとに頼りになるぅ。流石、お兄ちゃん。大好き~」

「はいはい。用事も済んだ事だし、そろそろ自分の部屋に戻れよ」

「およ? まだ時間あるしちょっとお喋りしていこうよ~」


 そう言って部屋に居座ろうとする舞。


 まあ邪魔にならないのであればお喋りするのもいいかと、俺はスイーツのメニューを考えながら舞との会話に興じる事にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る