第84話、特別な光景
真白の寄り道に付き合って、俺達は帰り道から少しだけ外れた河原の土手にやって来た。
沈み始めた太陽の明かりで空は真っ赤に染まり、夕日が辺りを鮮やかな橙色に染め上げている。その反対側を見上げれば紫がかった夜空の中に星々の煌めきが見え始めていた。
今日は昼と夜の寒暖差が大きいせいか、頬を撫でるそよ風がいつもより涼しく感じる。
冷たい空気が肌に触れれば意識がシャキッとして心地いい。
俺と真白は土手に並んで座りながら沈みゆく夕日を眺めてた。
「もうすっかり夕方だね。夕日が綺麗……」
真白は沈みゆく太陽を眺めながら目を細めて微笑む。
俺達の視界に映る太陽はもう半分ほど地面に沈んでいて、赤みを帯びた街並みが夜を迎えようとしていた。
真白の透き通った白い肌も夕日の色に彩られ、まるで芸術品のように美しく映えている。
そよ風に吹かれてさらりと揺れる黒髪、夕焼けの光を浴びて透き通る髪が煌めいて幻想的だ。
深い青色の大きな瞳は美しく澄みきっていて、見ているだけで吸い込まれてしまいそうになりそうで。
そしてどんな景色よりも魅力的で可愛いらしい横顔。
真白の幻想的な美しさに俺は思わず息を飲む。
「龍介、どうしたの? さっきからぼーっとして」
「あ、すまん……。こうやってのんびり夕日を真白と眺める事ってあんまりなかったからさ。真白との夕焼け空が凄く綺麗なもんだから見惚れてた」
「うん。特別な感じがするよね。わたし達以外に誰もいないからかな? わたし、この景色を龍介と二人だけで見られてすごく幸せ」
真白の言う通り、川のせせらぎや風で草木が揺れる音以外は何も聞こえない静かな空間だ。まるでこの世界に俺と真白の二人きりしかいないような錯覚さえ覚えてしまう。
そんな特別な空間を俺と真白は二人で共有している。その事実が本当に幸せで、この時間を大切にしたいと心から思えるのだ。
「俺も真白と同じ気持ちだよ。真白とこういう時間を過ごすのは凄く好きだ」
「なんだか今日の龍介くんは素直ですね?」
「ま、たまにはそういう日があってもいいだろ」
「ふふ、それじゃあ今日は寄り道してよかった。ご主人様の素直な言葉が聞けてわたし嬉しいです」
「まだメイド服出来てないのに、もうメイドになりきっちゃってるな」
「あはは、今から練習しておかないとね。文化祭に向けてわたし頑張っちゃうから」
真白は優しく微笑みかけると、肩にかけていた学生鞄を地面に置いた。それから俺の肩に向かって甘えるようにこてんと寄りかかってくる。
透き通るさらさらの黒髪が俺の腕に擦れてくすぐったい。密着しているせいでふんわりと真白のいい香りが漂ってくる。
俺がドキドキしていると、真白は上目遣いで俺の顔を覗き込んで悪戯っぽい微笑みを浮かべた。
「今日は寄り道に付き合ってくれてありがとうね、龍介。わたしのわがままを聞いてくれて嬉しかったよ」
「当たり前だろ。真白のわがままなら毎日でも聞くからさ」
「そんな事言われるとますます甘えちゃうんだけど……いいの?」
「男に二言はない。それに俺がしたいからしてるんだしな。真白だって素直になっていいんだぞ」
「もう……本当にずるいんだから……」
真白は綺麗な青い瞳を細めると、火照った顔を俺の服に押し付けるようにして隠した。
照れ隠しなのかぐりぐりと顔を押し付けてくる姿が可愛らしい。
俺も軽く寄りかかるようにしながら真白の小さな肩を抱き寄せた。
真白の体は細くて柔らかくて温かい。
華奢な肩をそっと抱き寄せてより強く密着すると、お互いの体温が混じり合い心まで溶けてしまいそうな気がした。
ふわりふわりとそよ風が吹き抜けていき、俺と真白の黒髪を揺らして頬や首筋を撫でていく。そよ風はほんの少し肌寒いくらいの冷たさだったが、服越しに伝わってくる真白の体温が俺にはとても心地いい。
触れ合った箇所から伝わる温かさと柔らかさが俺の心に安らぎを与えてくれるのだ。
真白はゆっくりと瞬きをすると、柔らかな眼差しを俺に向けてくる。
「……龍介あったかい」
「風も涼しくなってきたから冷えないようにな」
「うん、ありがとう。もうちょっとだけこうしててもいい?」
「ああ、気が済むまでくっついてていいから」
真白は嬉しそうに微笑む。
それから俺達は寄り添いながら沈みゆく夕日を静かに眺めていた。
悪役に転生してきてから本当に色々な事があった。
転移してきた直後の真白との出会い。最初はこんな関係になるなんて思ってもみなかったな。
原作で見た真白のバッドエンドを覆そうと、俺は真白から距離を置こうとして、嫌われてでも真白を破滅から救おうとしていた。
でも真白は笑顔のまま俺の傍にいる事を願ってくれて、そして今こうして俺に身を委ねてくれている。それが俺にとってどれだけ嬉しい事か。
真白が俺を必要としてくれていなければ、きっと今頃俺はずっと孤独だっただろう。悪役の運命に翻弄されたまま、自らの結末を受け入れていたかもしれない。
真白の優しさと温かさに触れたおかげで、俺は悪役の運命に抗う事が出来た。運命に真っ向から立ち向かったからこそ今がある。
真白と笑い合って、触れ合って、その柔らかな体の感触も温かさも、そして宝石のように美しい青い瞳の輝きさえも独り占めしているんだ。
そんな真白の隣にいるだけで俺は本当に幸せだった。
そしてこれからもずっとこの幸せな時間が続いて欲しいと思う。
それから夕日が沈みきって夜になった頃、俺と真白は寄り添い合いながらゆっくりと立ち上がる。
辺りはすっかり暗くなっていて、俺達を照らすものは月の光だけだ。
その優しい月明かりは俺と真白の行く道を静かに照らしているようで、なんだかとても神秘的に感じられた。
「それじゃあ龍介、そろそろ帰ろっか?」
「ああ。今日も家まで送るよ。一緒に帰ろう」
「えへへ。ありがとう」
真白は幸せそうに微笑みながら俺を見上げて微笑んでいる。その微笑みが愛らしくて俺もつられて笑顔になってしまう。
俺達は月明かりを頼りにゆっくりと歩き出すと、どちらからともなく手を繋いだ。
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