第77話、リラックスタイム

「ありがとう、龍介。とても良い匂いのするコーヒーだね」

「そう言ってもらえて嬉しいな。ハンドミルで豆を砕いてドリップしてるんだ、飲んでみてくれ」


 俺がコーヒーの入ったマグカップを持って行くと、玲央は感嘆の息を漏らしながら俺の淹れたコーヒーを褒めてくれた。


 舞はと言うと玲央を前にして緊張している様子で、こんな小さくなっている妹を見るのは初めてかもしれない。小動物みたいに身を縮めて恥ずかしそうにコーヒーを口にする。


 そんな舞の隣に腰掛けて俺は舞の頬を指で突く。すると頬を突かれた事で我に返ったのか舞は俺を睨むように見つめた。


「なに、お兄ちゃん」

「いや……何と言うか、舞の新しい一面を見て驚いているというか」

「もう。別に普通だもん。……でも、木崎さんはちょっとだけ格好いいと思う」


 頬を紅く染めたまま舞はぷいっとそっぽを向く。けれど横目でちらりと玲央を見ては恥ずかしそうに視線を逸らすを繰り返していた。


 一目惚れ……とまではいかないかもしれないが、舞がここまで照れたり乙女っぽい表情を見せたのは初めて見た。


 しおらしい舞を眺めつつ、俺はテーブルの向かい側に座る玲央へ話を振る事にする。俺が休んでいた昨日の学校の事とか色々と聞きたい事があったのだ。


「なあ玲央。昨日は何か面白い事あったか? 俺が学校を休んでる内にさ」

「むしろ龍介がいなくて退屈だったよ。何だか物足りないというか、君の席が空いていると何だか違和感を感じてしまってね」


「まあ俺って一番前の席で目立つしな。そういうもんか」

「そういうものだよ。それにほら、龍介っていつも先生達から問題を当てられるからさ。その龍介がいなくて昨日は色んな人がターゲットにされてちょっと大変だったんだ」


 玲央は昨日の授業風景を思い出しながら苦笑する。


 そういえば悪役の俺を叩き潰す為、学校の教師達は必ず俺に問題を解かせようとする。その結果、俺のクラスメイト達は授業中に教師から当てられた問題を解くという当たり前がなくなってしまうのだ。


 しかし俺が学校を休んだ事で教師達からの矛先が向けられる事になって、クラス内の全員が大なり小なり授業中に問題を当てられたのだろう。


「僕や花崎さんは常に万事に備えて予習しているから大丈夫だったんだけどね。他のみんなは大慌てさ。休み時間の最中とかも騒いでいて凄かった」

「あー……なるほど。俺ってクラスメイトにとって都合の良い生贄みたいな存在だったわけか」


「まあ僕としてはかなり問題視しているけどね。いくら龍介が学校に来ない時期が長かったからって、流石にあんまりなんじゃないかなって」

「いや、いいんだよ玲央。おかげで学力はめきめき上がってるしさ」


「本当に君は立派だよ。先生達からどれだけ難しい問題を当てられてもスラスラ答えて、どんな嫌がらせにだって屈しない。誰よりも勉強に熱心で真っ直ぐで。憧れるよ、君のそういうところ」

「いやあ……まあ、うん。そう言ってもらえると嬉しいよ」


 真白と同じように玲央も結構な人たらしだよなと思う。そんな爽やかに微笑みながら褒められるとむず痒くなってしまうのだ。


 そんなやりとりを黙って聞いていた舞の方をちらりと見ると、俺の方を見つめながら瞳をキラキラと輝かせていた。


 さっきまでは玲央に見惚れていたのに今度は俺にどうしたんだと戸惑っていると、舞はずいっと顔を近付けて興奮気味に言う。


「お兄ちゃん、学校でも凄いんだね! 先生達からの嫌がらせにも絶対負けなくて、木崎さんに憧れるって褒められて、すっごく立派だよ!」

「お、おう……ありがとう。っていうか近いって舞」


 俺の服を掴んでぐいっと顔を近付けてくるので思わずのけぞってしまう。舞は熱の籠もった目で俺の事を見上げていた。


 妹からこうして褒められるのは悪い気がしないけれど、玲央の前でこんな風にされるのは何となく気恥ずかしい。実際、玲央もくすくすとおかしそうに笑っていた。


「龍介、舞さんと仲良しなんだね。いいなあ、僕は一人っ子だからさ。羨ましく思うよ」

「まあ兄妹仲が良いのは確かだな。俺が真面目にするようになってから随分と懐いてさ。その前までは『お兄ちゃん、そこ退いて』って邪険に扱われたもんだよ」

「わ、わざわざそんな事言わないでよ! もうお兄ちゃんったら!」


 俺の言葉に舞がぷりぷりと怒る。

 そんな俺達のやり取りを見て玲央がまた楽しそうに笑っていて、登校時間がやってくるまで朝からわいわいと賑やかに過ごすのだった。

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