第78話、文化祭に向けて

 珍しく――というか初めて玲央と一緒に登校して、二人で雑談しながら学校へと向かう。


 何でも真白のクラス、隣の一組が文化祭に向けて頑張っている話を耳にして、自分達もそろそろ準備を始めた方が良いのではないか? という話題になっているそうだ。


 そこで布施川頼人がクラスの代表としてやる気を見せているようで、今日の昼休みにクラスメイト全員を集めて何をテーマに進めるのか話し合うらしい。


「真白さんのクラスはメイド喫茶をするんだよね。人気間違いなしじゃないかな。だってあの真白さんのメイド服姿を拝める機会なんだから」

「それは俺も正直言って見てみたい。真白もかなり気合入れててさ、クオリティ高いメイド服を作るってやる気が凄いんだ」

「真白さんって裁縫も得意らしいよね。料理も上手で優しくて。それにあんなに可愛くて。龍介の幼馴染は本当に凄い子だよ」


 玲央は腕を組んで感心したように何度も頷いている。真白の事を褒められると何だか俺まで嬉しくなってしまう。


 もし真白がこの話を聞いてたら照れて顔を真っ赤にしていた事だろう。玲央の場合、嫌味が一切なくて褒められるとくすぐったくて仕方がないからな。


 そんな他愛ない話をしながら歩いているとあっという間に校門が見えてくる。制服姿の生徒達が次々と校舎へと入っていく中、玲央は一旦立ち止まって俺の方へと振り返った。


「ちょっと体育館の方へ行ってくるよ。今日は朝練を休んだけど挨拶だけはしてこようと思ってね」

「そっか。今日は見舞いに来てくれてありがとな」

「どうって事ないよ。ともかく龍介の風邪が治ってよかった。それじゃあまた教室でね」


 軽く手を振って体育館の方へと向かう玲央。


 爽やかな笑顔を浮かべて歩く姿には、ただ歩いているだけなのに気品が溢れていて、周囲の女子生徒達がすっかり見惚れてしまっている。


 舞も玲央のイケメンぶりに驚いていたけれど、やっぱり玲央は『ふせこい』の登場人物の中でもトップクラスにかっこいいと俺も思う。


 それに性格も良くて爽やかで、そんな玲央と一緒に文化祭を楽しめる事を想像するだけで頬が緩んでしまう。


 しかし問題は文化祭が原作では悪役『進藤龍介』が本格的に動き出すイベントである事。


 楽しみな気持ちな一方で、ちょっと不安な気持ちも抱えてしまう俺は一人で教室へ足を進めた。



「ねえねえ頼人くん。文化祭の催し物、何がしたいですか?」

「やっぱり人気を考えるなら飲食系かな。一組はメイド喫茶らしいし被るのは避けたい。それなら提供する料理の内容で勝負して人を集めるのがベストなんじゃないかって」

「ふむふむ……。頼人くんの意見は参考になりますね」


 昼休み。

 クラスメイト全員が集まるのを待ちながら、布施川頼人は花崎優奈と一緒に文化祭の催し物について考えていた。


 花崎優奈と布施川頼人。

 この二人は俺達二組の文化祭のまとめ役を買って出た為、こうして事前に準備会議を行っている。


 クラスメイトそれぞれお化け屋敷がやりたいだとか、手軽にフリマで済ませておこうとか、他のクラスの催し物を楽しむ自由時間を目当てに展示発表でいいやだとか、色々な意見があると思う。


 それを取りまとめるのは大変で、自分のやりたい希望を通すのはなかなか難しい。けれどまとめ役として前に出てクラスメイト達の意見を上手く誘導出来れば、自分のやりたい催し物で文化祭を楽しむ事が出来るわけだ。


 原作通りの展開なら、布施川頼人の提案である『スイーツ喫茶』にクラスメイト達は乗り気になって準備に取りかかる。布施川頼人が先頭に立ってクラスを牽引していくのだ。


 そして本来なら進藤龍介は悪役としてスイーツ喫茶の準備をする主人公の妨害を始めるのだが、今の俺はむしろスイーツ喫茶の成功に向けて誰よりも協力的だと思う。


 少し眉間に皺を寄せただけで周囲の生徒達が恐怖するような強面だが、顔に似合わずお菓子作りは大好きなのだ。前世では喫茶店でバイトをしていたし、SNS映えするような極上のスイーツを振舞える自信がある。もちろんバイト時代の経験を活かした接客だってお手の物だ。


 何より『ふせこい』の作中で繰り広げられた文化祭は学生達が理想とする賑やかで煌びやかなもので、こうしてこの世界に転生してきた今ならあの夢のような一日を実際に体験する事が出来る。


 それを邪魔するなんてとんでもないし、輝かしい青春の思い出を大切な人達と共に紡ぎたい。


 早くみんなが集まって文化祭に向けた話し合いが始まらないかなとワクワクしているくらいで、布施川頼人は花崎優奈と文化祭について話し合いながら、そんな俺の姿を不思議そうに見つめている。


 ただ不安要素が一つだけあった。

 それはヒロインである姫野夏恋の様子がおかしいことだ。


 原作では布施川頼人と共に文化祭のまとめ役に名乗り出るのだが、今は一言も喋ることなく机に座ってぼーっと窓の外を眺めている。本来なら彼女も率先して話し合いに混ざろうとするはずなのにその素振りが一切ない。


 やはり夏休みのビーチバレーでの一件が尾を引いているのか、主人公とヒロインの間に距離があるように思えた。


 それに布施川頼人も主人公なのにヒロインを放って何をやっているのか。自業自得だから気まずく思うのは仕方ないとは思うが、それでもヒロインには優しくして欲しいところだ。


 そうして姫野夏恋の事を心配していると、ようやくクラスメイトが全員集合した。


 怜央も教室に戻ってきて布施川頼人の席に歩いていく。今日の話し合いの進行役頑張ってと声をかけたりしていて、主人公の親友キャラとしての役割をきっちり果たしていた。


 それから布施川頼人は席から立ち上がると黒板前に立ってクラスメイト達を見回す。


 そして文化祭に向けた話し合いが始まるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る