第76話、意外な来訪者
「お兄ちゃん、もう風邪良くなった?」
「ああ。もうバッチリだ。舞にも心配かけたな、すまなかった」
「全然だよー。だってお兄ちゃんが風邪でダウンしてたおかげで、真白さんの手料理食べれたんだもん。むしろラッキーだったよね〜」
「ちゃんと真白にお礼言っとけよ。二日もお世話になったんだから」
「もっちろーん。昨日もお礼したし、今日もRINEでお礼言ったから大丈夫ー」
翌日の朝。
風邪から完全復活した俺は制服のネクタイを締めていた。
今はリビングでくつろいでいる舞と話している最中で、舞はソファーに寝転がりながらリモコンを手に朝のニュース番組を眺めている。
いつもなら陸上部の朝練で俺よりもずっと早く家を出ていく舞だが、今日は随分とのんびりとした様子。栗色のポニーテールをゆらゆらと揺らしながら、足をぱたぱたと動かしてリラックスしていた。
「今日は舞、陸上部の朝練はないのか?」
「ないよー。今週はお休みにしたんだ。あんまり無理しちゃうのも良くないし」
「そっか。最近は頑張りすぎにも見えたから、たまにはゆっくりするのもいいかもな」
舞は制服に着替えて支度を済ませているし鞄もソファーの横に置いてある。登校の時間になるまでソファーでごろごろしているつもりなのだろう。
そんな妹の朝の時間をもっと贅沢にしてやろうと、俺はキッチンに立ってコーヒーを淹れる事にした。
お気に入りのコーヒー豆をハンドミルで細かく砕いて、ペーパーフィルターで濾したコーヒーをマグカップに注いでいく。
ふわりと香るコーヒー豆の良い匂いが部屋に広がり、舞がくんくんと匂いを嗅いでうっとりとした表情で顔を上げた。
「お兄ちゃん、もしかしてコーヒー淹れてくれたの?」
「おう。せっかくのリラックスタイムだしな」
「え……マジ!? さっすがお兄ちゃん、気が利くぅ~!」
ぴょんとソファーから起き上がった舞はコーヒーの入ったマグカップに向かって飛んでいく。まるでウサギが飛跳ねるような姿に苦笑して、俺は淹れたばかりのコーヒーが入ったマグカップを舞に手渡した。
両手でコップを持って美味しそうにコーヒーを啜る舞。それを満足そうに眺めてから俺もソファーに座りコーヒーに口を付けようとした時だった。
ピンポンと家のチャイムが鳴り響く。来訪者を報せるその音に舞が反応した。
「あ、真白さんかな!? お兄ちゃんの事、迎えに来てくれた?」
「いや。真白は今日、文化祭の準備で朝早くから学校行っててさ。だから違うと思う」
「なーんだ。真白さんにお礼言っておこうと思ったのにな―」
久々に朝から大好きな真白と会えると期待していた舞だが、分かりやすいくらいに落胆している。
既に文化祭へ向けて全力な真白は多忙らしく、朝早くから学校に集まって準備しているんだとか。昼休みも忙しいらしいので真白の顔を見れなくて俺もちょっと寂しい。
俺はそう気を落とすなと、舞の頭をポンと優しく叩いてから玄関へ向かった。
真白でもないし宅配にしても早すぎる。じゃあ一体誰だろうかとドアへと手を伸ばした。
まさか最近会っていない中学からの悪友である小金や大林じゃないかと、もしかしたら全く遊ばなくなった事で心配して来てくれたのだろうか。
そう思いながらドアを開けると――そこにいたのは意外な人物だった。
「やあ龍介。心配で様子を見に来たんだ。ちょっと遅くなってしまったけどお見舞いに来たよ」
「玲央、来てくれたのか?」
扉の向こうにいたのは爽やかな笑顔を浮かべる玲央。スポーツドリンクやインスタントのスープなどが入ったビニール袋を手にしている。
玲央が俺の家に来るのは初めてで正直ちょっと俺も驚いている。こうしてお見舞いに来てくれたのは嬉しいが、どう対応していいか分からずに戸惑ってしまった。
すると玲央は俺の着ている制服を見て口を開く。
「龍介、制服を着ているって事はもしかして今日から学校に?」
「ああ。真白の看病のおかげもあって、実は昨日の内に回復してたんだけどさ。無理するとぶり返すかもって昨日だけ休む事にしたんだ」
「なるほど。早く回復したなら何よりさ。というか本当は恭也と来たかったんだけど、彼ってば今日は掃除当番でね。どうしても来れなくて」
「バスケ部の練習で忙しいと思うし仕方ないと思うよ。それにしても俺の家、よく分かったな」
「真白さんから教えてもらったんだ。事前に連絡してから行こうと思ったんだけど、サプライズで行った方が喜ぶんじゃないかって思ってね。僕なりの
「サプライズって。意外と玲央ってお茶目だな。でも嬉しいよ。俺そういうの結構好きだから」
悪戯に成功した子供みたいな笑顔を見せる玲央。友達を喜ばせる為にサプライズでお見舞いに来てくれたのは素直に嬉しかった。
登校時間まで余裕もあるし俺は家の中へ玲央を招き入れる。
そのままリビングへと入っていくと、舞がソファーにだらしなく寝転がったまま反応した。
「お兄ちゃん、誰だったー?」
「学校の友達がお見舞いに来てくれた。登校時間までちょっと話していこうかなって」
「んぅ? お兄ちゃんの友達ー?」
さっきまでテレビの方を向いていた舞は寝返りを打って俺達を見る。そして玲央の存在に気付いてすぐに起き上がった。
「おおお、お兄ちゃんの友達!?」
言っている言葉はさっきと殆ど同じなのだが舞の声は上擦っていて、玲央の事を見つめながら黒い瞳をぱちぱちとさせている。
明らかに動揺している舞は慌てて立ち上がり、俺の耳元でひそひそと小声で話し始めた。
「お、お兄ちゃん……こ、このイケメンさんは一体……?」
「だから俺の友達だって。そんなにびっくりしなくてもいいだろ?」
「び、びっくりするよ! お兄ちゃんにこんな爽やかイケメンの友達がいるなんて知らなかったし!」
確かにまあ舞の知る俺の友人と言えば不良仲間の『小金』と『大林』の二人。彼らは爽やかイケメンとは真逆のタイプで顔が怖いし人相も悪い。
その一方で玲央は王子様みたいな美少年。俺は今まで真白以外に不良としか交友関係がなかったし、そんな爽やかイケメン男子と親しくしていると知って舞が驚くのも無理はないのかもしれない。
舞は慌てた様子で髪を手ぐしで整えると玲央の前に立ち、もじもじと恥ずかしがりながらも挨拶をした。
「は、はじめまして! お、お兄ちゃんと仲良くしてくれてありがとうございます、妹の舞です!」
「はじめまして。僕は木崎玲央。龍介の妹さんの舞さんだね、よろしくね」
たどたどしく挨拶をする舞に玲央は爽やかな笑顔で返事をする。
そのイケメンぶりに舞は頬を赤くしたままぽーっとしていて、それに気付いた玲央はくすりと微笑んで目を細めた。
「僕の顔がどうかしたのかな?」
「あっ!? あ、えっと……な、何でも、ないです……」
玲央から優しげに微笑まれて舞はますます顔を赤らめて見惚れていた。
こうして舞が照れているのは珍しいなと思いつつ俺は玲央をソファーに座らせる。そのまま俺はキッチンへと向かってコーヒーを注ぎ始めた。
せっかくだし舞には玲央と仲良くなってもらいたい。コーヒーを飲みながら話に花を咲かせるのも悪くないだろう。そう思って俺はコーヒーを淹れる事にしたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。