第75話、動き出すタイミング

 真白は妹の舞の夕食を作ってくれた後、飲み物にタオルや冷却シートなど必要になりそうなものを用意して、一通りの看病を済ませてから部屋の電気を消した。


「龍介、また明日見に来るね」


 そう言ってひらひらと手を振って帰宅する。新学期が始まって色々と忙しい中で、俺の世話をしてくれる真白には本当に頭が上がらない。


 部活から帰ってきた舞は、真白が夕食を用意してくれた事を知って跳んではしゃいで大喜び。涙を滝のように流しながら特製のハンバーグを食べていた。


 ついでに「お兄ちゃん、これからはもうずっと風邪ひいてて」と真白の夕食を毎日食べたいが為に無茶な要求をしてくる始末。


 兄妹揃って真白の手料理に胃袋を掴まれているわけだが、舞にとって真白の手料理>兄の健康とはなかなか複雑なものがある。


 ともかく今は風邪を早く治す事を最優先に考えて、翌日も学校には行かずにしっかり休む事にした。


 俺が連絡しても『またサボりか?』と疑われるのは目に見えていたので母さんから学校へ連絡を入れてもらい、今は大人しくベットで横になっているところだ。


 それに真白が昨日作ってくれた卵雑炊とお味噌汁、フルーツヨーグルトが効いたのかもしれない。朝起きたら熱もすっかり下がっており、頭痛や体の倦怠感もなくなっていた。


 ただ昨日のように無理をすればぶり返す可能性もあるので、今日のところは絶対に安静にするつもりだ。真白との約束だしこれ以上はあの子に心配はかけられない。


 そんなわけで毛布の中で寝転がりながら、俺はスマホをいじって真白とメッセージのやり取りをしていた。


 昨日に比べて熱は下がったとか、お粥ありがとうとか、妹の舞がめちゃくちゃ喜んでたとか、スマホに表示されるのはいつも通りの会話だ。


 俺達の通う貴桜学園高校は校内へのスマホの持ち込みは自由。授業中などに触ったりしなければ教師からお咎めを受ける事はない。


 真白は校則をしっかりと守る子なので、授業の始まる時間になると次の中休みが来るまで連絡が来なくなる。黒板に向かって真面目に授業を受ける真白の姿を想像するだけで、ついつい頬が緩んでしまうのだから不思議なものだ。


 そうして真白とメッセージで話をしていると、二学期の学園生活の話題になった。


 二学期の一大イベントと言えば文化祭。

 どうやら真白のクラスはメイド喫茶をやりたいらしい。


 既にクラスは一致団結しており、夏休み中から準備を始めていると真白は楽しげに話してくれた。


『そういえば龍介のクラスは何をするの? もう候補とかは決めた?』

『いや、全然まだなんだ。真白の話を聞いて、そっちのクラスのモチベーションの高さに正直驚いてるよ』


『みんなすごいやる気なんだよ? だから楽しみにしててね? わたし、とっても可愛いメイド服を作るから。きっと龍介も気に入ると思う』

『それは楽しみだな。当日は絶対見に行くから』


 文化祭と言えば学園もののラブコメには決して欠かせない内容で、主人公はヒロインと文化祭を楽しむというのがお約束だ。


 俺の知る『ふせこい』のエピソードでも主人公の布施川頼人はヒロイン達と校内デートを繰り広げ、様々な恋愛模様を読者達に見せつけてくれた。


(真白と文化祭デートとか……絶対楽しいだろうな)


 ついついそんな事を考えてしまう自分が恥ずかしいが、美少女である幼馴染を意識するなという方が無理な話だ。


 それに前世の高校での文化祭と言えば、俺は一緒に校内を回る友達に恵まれなかった。


 クラスの当番を任されていない時以外は、様々な催し物が開催されるイベント会場となった体育館で、一人パイプ椅子に座って何もせずにぼーっと時間が流れるのを待っていた記憶がある。


 そんな寂しい文化祭を過ごしてきた経験があるからこそ、二度目の人生では絶対に文化祭を楽しんでやるという強い想いがあるのだ。しかし――。


「文化祭……原作だと進藤龍介が悪役として本格的に動き出すタイミングなんだよな」


 二学期が始まり主人公とヒロインのイチャイチャだけでは読者も飽きてくる頃。物語のテコ入れとして作中最強の悪役が遂に動き出すのだ。


 元より主人公を敵視していた進藤龍介だが、二学期になって主人公である布施川頼人と衝突。珍しく学校に来ていた進藤龍介から因縁を付けられる事態が発生し、そこから一触即発の雰囲気が続くようになるのだ。


 文化祭の催し物を先頭に立って取り仕切る主人公の妨害をとことん行うようになり、しかし主人公はその妨害を乗り越えてヒロイン達と文化祭の催し物を成功させる。


 布施川頼人のクラスは文化祭で学園一の盛り上がりを見せ、多くの人々が訪れて大好評となる……というのが文化祭でのストーリーだったはずだ。


 しかし悪役からの脱却を願う俺は文化祭の邪魔をするどころか、クラス一丸となって文化祭を成功させたい気持ちでいっぱいだ。けれどこの世界は原作通りの展開を望んでいるはず。一体何が起こるのか俺にも全く分からない。


 それでもだ。俺は何があっても真白と文化祭を楽しんでみせる。


 この想いだけは何があろうと変わる事はないのだから。


 それを改めて心に誓いながら俺は真白とメッセージのやり取りを続ける。


 早く明日になってまた真白と会いたいな。そんな事を考えながら真白の送ってきた可愛い猫のスタンプに俺は頬を緩ませるのだった。

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