第74話、看病

 真白と一緒に帰宅してから、俺はすぐに自室のベットで寝転がっていた。


 ごほごほっと咳をする度に全身に響くような痛みが走り、完全に風邪をひいているなと実感する。 


 時刻は夕方の五時半過ぎ。

 家の中はしんと静まり返っており、俺と真白以外に誰も家にいないのがよく分かる。


 俺がベットで寝ているすぐ横で、真白は冷たいタオルやスポーツドリンクなどを用意してくれていた。


 具合が悪い俺のためにテキパキと動いてくれて、その優しさは本当にありがたく思う。


 真白は俺の額の冷却シートを貼ってから体温計を差し出してきた。


「それじゃあお熱を測ろ? はい、どうぞっ」

「ありがとう真白」


 服の隙間から体温計を差し入れて腋の下でしっかりと挟んだ。


 ピピッと測り終えた合図が鳴ってから取り出すと38.7℃の数字が表示されていた。


 朝測った時は微熱くらいで大したこ事ないだろうと思っていたけど今はなかなかの高熱だ。


 表示された温度に真白は少し険しい表情を浮かべて俺の頭を撫でてくる。


「これはもう学校には行かせられません。しっかり休んで早く良くなってください」

「いや、でも……」


「いいのっ。今はゆっくり身体を休める方が大事だよ? 出席日数もまだセーフなんでしょ?」

「今はまだな……でも出来る限りは学校に行きたいかな」


 悪役を脱却する為に今は決して授業を欠かさないよう出ている。ここで休んでしまえばまた進藤龍介が学校をサボって遊び呆けていると、教師やクラスメイトからまたあらぬ悪評が広がってしまう可能性があった。


 だから出来る限りは学校に行きたい。

 そう思っていたのだが真白は心配そうに眉尻を下げる。


「でもでも、ここで無理しちゃったら風邪がもっと悪化して、何日間もお休みになっちゃうかもしれないんだよ?」

「確かに……。真白の言う通りだな。そんな事になったら本末転倒だ……」


「でしょ? だから大人しくわたしに看病されててね?」

「ありがとう。本当に俺の事を気遣ってくれてさ」


「えへへ。幼馴染として当然ですっ。それじゃあ夕飯作ってくるね。いいこにしてるんだよ、龍介」


 真白は優しく微笑むと俺の頭をもう一度撫でてから部屋を出ていく。


 こうしてもらっているとまるで小さな子供に戻った気分だ。今はとにかく俺を気遣ってくれる真白に感謝しながら静かに休もう。


 そう決めて俺は瞼を閉じると、そのままごろごろとベットの上を寝転がる。


 額に感じる冷たい冷却シートの感触、枕の柔らかさが気持ち良い。しかしなかなか寝付けないのが辛いところだ。頭痛もあるせいか横になっていても睡魔はやってくる気配がなかなかない。


「だめだ……全然眠れないな」


 しかも身体がやけに熱い。

 まだまだ熱が上がる予兆だろうか、真白が持ってきてくれたスポーツドリンクを飲んで喉を潤しながらひたすら休むしかない。


 そうしてどれくらい待っただろうか。

 部屋の外からはトントンという包丁で何かを切っている音が聞こえてくる。美味しそうな香りが漂って空腹だった俺の胃袋を刺激してきた。


 部屋の扉が開かれたかと思うと、そこには優しい微笑みを浮かべるエプロン姿の真白がいた。


 腰まで伸びる黒いの髪の毛を後ろに結んだポニーテール、水色のシンプルなエプロンを身に着けて現れた彼女の姿はさながら嫁入りしてきた天使のようで。


 そんな姿に思わず見惚れてしまっていると、真白は両手にお盆を持ってこっちに近付いてきた。


「はい、龍介。キッチン借りて夕飯作ってきたよ。これで元気になってね?」

「おぉ……。めちゃくちゃ美味そうな香りがするな……」

「卵雑炊とお味噌汁、フルーツヨーグルトね。食欲が湧かなかったら残してもいいからね?」

「いやいや、ちゃんと残さず食べるよ」

「えへへっ、元気そうで良かった。たーんと召し上がれっ」


 俺はお盆に乗せられた料理を見て自然と喉を鳴らしていた。


 真白が俺の事を思って作ってくれた夕飯、残しても構わないと言ってくれたけど残すどころか食欲がむくむくと湧き上がってくる。


 腹も減っていたし、今の俺には真白の気遣いはとても嬉しいものなのだ。


 その想いに応えるように、俺はスプーンを握りしめてまずは卵雑炊に手を伸ばした。一口食べるとふんわりとした出汁の香りと卵の旨味が広がり、空っぽの胃に優しく沁み込んでいく感覚を覚える。


 お味噌汁も一口飲んでみると、鰹節と昆布でしっかりと出汁を取った上品な味わいがとても美味しい。少し濃い目に味付けされた卵雑炊にも良く合っているし、風邪で元気のない俺でもスルスルと食べられてしまうから真白は流石だと思う。


 フルーツヨーグルトも俺が食べやすいよう果物のカットやトッピングまで丁寧にされていた。果物の甘みと爽やかな酸味が舌の上で広がって、ヨーグルトの優しい口当たりが食欲を刺激してくれる。


 真白はいつも俺が作る料理を褒めてくれるが、俺も真白が作る料理が大好きだ。互いの好みが似通っている事もあってか、真白の作ってくれる料理は舌に馴染んで本当に美味しい。


 それから俺はゆっくりと時間をかけて真白の手料理に舌鼓を打っていく。風邪で食欲がないと思っていたけどそんな心配は杞憂だったようで、真白の優しさを全身に感じて力が漲ってくるのが分かる。


「龍介、食欲がちゃんとあるみたいで安心した。これならお薬飲んで横になってたらすぐに治りそうだねっ」

「だな。真白のおかげで元気が戻ってきたよ。いつもありがとな」


「ふふっ、どういたしまして。あとは風邪を治していつもの元気な龍介になってね?」

「ああ、そうだな。今日はゆっくり休むよ。ごちそうさまでした、すごく美味かった」


「いえいえっ。お粗末様ですっ。それと舞ちゃんの分の夕飯も作っておくね。部活帰りでお腹空かしてると思うし」

「本当に至れり尽くせりで頭が上がらないな。舞の事だし、真白の手料理を食べれるって聞いたら泣いて喜ぶよ」


「あはは。そしたら舞ちゃんが号泣するような夕飯にしてあげるねっ」


 真白は楽しげに笑うと使った食器類をお盆に乗せて部屋を出ていく。


 ひらひらと揺れるエプロンの紐がすごく可愛くて、彼女の後ろ姿を見送りながら思わず頬が緩んでしまう。


 それから俺は鞄から風邪薬を取り出してそれを飲み、しっかりと横になって身体を休める。そのまま重たくなってきた瞼を閉じるのだった。

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