第73話、真白からの恩返し

 放課後。


 帰り支度を終えた俺は今日も真白のいる一組の教室へと向かう。


 風邪をひいている俺の事を心配してくれて、何かあったら気軽に声をかけて欲しいと言ってくれた。やっぱり真白はいい子だなと思うと同時に、彼女の負担を軽くしてあげたいとも思わされる。


 しかしそう思う一方で俺の体調は悪化の一途を辿っていた。


 朝よりも明らかに怠いし、午後の授業を受けている最中にどんどん体温が上がっていく。


 それでも休めないのは一学期のサボりが響いているからだ。これは完全な自業自得なので文句を言うつもりはない。


 せめてこれ以上は悪化しないように注意しなければ。そう気を引き締めながら廊下に出ると、そこにはスクールバックを手に持って佇んでいる真白の姿があった。


 真白は俺の顔を見るなり心配そうな表情を浮かべる。


「具合、悪そうだね?」

「……無理をしてるつもりはないんだが、身体は正直だ。顔色とか悪くなってたりするか?」


「うん、とっても悪い。熱っぽい感じがすごく出てる」

「そっか。真白に言われるって事は相当だろうな」


「今日はずっと気が気じゃなかったよ。授業中もそわそわしちゃって、先生に当てられても気付かない時だってあったくらいなんだもん」

「すまん……」


「いいの。龍介が風邪でも真面目に頑張る偉い子だってわたしは知ってるから」


 真白は優しく微笑むと俺の前に立ってゆっくり左手をこちらに伸ばしてくる。


 俺は何事かと思って訳が分からず首を傾げた。そんな俺を見ながら真白はほんのり頬を紅潮させて口を開いた。


「ほら、鞄を持ってあげる。早くお家に帰ろ?」

「でもそこまでしてもらうなんて悪いよ」


「大丈夫。わたしが足を挫いちゃった時、龍介とっても優しくしてくれた。その時の恩返しだよ?」

「真白……」


 真白は俺の鞄を優しく受け取ると俺の手を引いて廊下を歩き始める。


 嬉しいけど申し訳なさが勝り俺はどうしたものかと困り果てるも、最終的にお願いする事にした。正直言って歩くのはしんどいのでとても助かるのだ。


 それに俺を気遣って歩調を合わせてくれる。こうして手を優しく握ってくれる真白は本当に天使だと思う。


 体調不良で心身ともに弱っている今の状態の俺にとって、その優しさはこの上ない癒しになっていた。


「なんか今日は真白にしてもらってばっかりで、本当に申し訳なく思うよ」

「ふふっ。そういうのは言いっこなしだよ、龍介。こういうのも幼馴染みの特権だと思うしね?」


「そうか……じゃあありがたく甘えさせてもらうな」

「うん、任せておいて。もし良かったら夕飯も用意しよっか? いつも龍介が家族の食事を用意してるでしょ? 今日はわたしが代わりに作るよ」


「ありがとう、でもそこまではさせられないよ。真白だって大変なんだからさ」

「遠慮しなくていいの。具合が悪い龍介を放っておくなんて出来ないもん。それにわたしが好きでやってるんだから気にしないで?」


「分かった。今日ばかりは甘えさせてもらうか。確かに夕食を用意する気力もあんまりないしな……」

「うんうん。それじゃあ今日はこのまま龍介のお家に寄ってくね。途中でスポドリとか買い物もしていかないとっ」


 舞は部活で疲れ果てて帰ってくるだろうし、母さんも帰りが遅いから自分で作らないといけない。しかし体調不良でダウンしている今、キッチンに立つのも少し辛いものがある。


 だから真白の提案は本当にありがたいもので、こんな優しい幼馴染がいてくれて本当に良かったと思った。


 そのまま真白は俺の手を引いて昇降口へ。


 靴を履き替えた俺達は一緒に校門を出て、近くのスーパー買い物をしてから俺の家に向かう事にした。


 真白は店内を歩き回ってスポーツドリンクや栄養のつく食材をぽいぽいと買い物かごに入れていく。早く風邪を治して元気になってもらいたいという真白の気持ちを感じて、その横顔がいつもよりずっと頼りがいのある表情に見えた。


 買い物を終えた後、俺は真白と一緒にいつもより少しゆっくりめの歩調で家へと向かっていく。


 身体に籠った熱を逃がすように息を吐いていると、真白が俺の顔を覗き込んで心配そうに眉を八の字にした。


「龍介、ほんとに辛そうだね。お家に帰ったらすぐに横になろうね?」

「ありがとう。正直、歩くのも限界で……」

「うん。ゆっくり帰って、早く風邪を治そうね?」

「ありがとな、真白」

「えへへっ。いいんだよ龍介。わたしこそいつもお世話になってばっかりだし……」


 真白は嬉しそうに微笑むと俺の手を握る力をきゅっと強める。具合の悪さとは別に真白から強く手を握られて高鳴る胸の感触はとても心地良いものだった。

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