第66話、穏やかな夏の日④

「龍介ー、スイカ切ったよーっ」

「ありがとう、真白。それじゃあ一緒に食べようか」


 真白は綺麗に切り分けたスイカをお皿に盛り付け、それをリビングへと持ってくる。テーブルの上にお皿を置いて、俺と一緒にソファーへ座り込んだ。


 真っ赤な果肉と散りばめられた黒い種。

 清涼感のある香りが実に美味しそうで、俺は切り分けられたスイカに手を伸ばす。


「一緒にスイカを食べるなんて何年ぶりだろうな。かなり久々じゃないか?」

「小学生の頃以来だと思う。懐かしいねっ」


「こうしてると思い出すよ。真白と一緒に俺の家で遊んでる時に、母さんが切ったスイカを持ってきてくれてさ。庭に出て二人で食べてたよな」

「うんうん、夏の暑い日にご馳走してもらったよね。とっても甘くて美味しかったのよく覚えてる」


 二人でむしゃむしゃとスイカの果肉を味わいながら、庭に向かって種を飛ばして遊んでたっけか。母さんには行儀が悪いから止めなさいって怒られた記憶もある。高校生になった今は流石に種を飛ばして遊ぼうとは思わないけど。


「そうだ。せっかくだしさ、一緒にベランダで食べないか?」

「うんっ。そっちの方がなんだか夏って感じがするもんねっ、行こう!」


 俺の提案に元気いっぱいな返事をする真白、俺はそんな彼女と一緒にスイカを持ったままベランダへと出た。


 ちょうど日除けの屋根が影になってくれているので、直に日差しを受けずに済むし、爽やかな風が吹いているおかげで暑さもそこまで感じない。これなら外で食べても大丈夫だろう。


 俺はベランダの柵に寄りかかり、冷えた赤い果肉にかぶりつく。スイカの香りがいっぱいに広がって、しゃくしゃくとした食感は歯ざわりが良い。口の中は甘くて冷たい果汁で満たされていた。


 真白の方は小さな口で少しずつスイカをかじっていて、まるでリスみたいに頬張っている姿に頬が緩んだ。


 それから二人で穏やかな夏の日に身を浸しながら、青空に浮かぶ大きな入道雲を見上げる。


「良い天気だよなあ。風も気持ち良いし、このままずっと晴れ模様が続いて欲しいところだ」

「ふふっ、そうだね。せっかくの夏だもん、ずっと快晴で続いて欲しいね」


「雨が続くと外に出られないし、真白と一緒に遊びにも行けなくなるのは困るからな」

「特に日曜は絶対晴れて欲しいよね。今度のお出かけは夏祭りだもん、花火大会が中止になったら困っちゃう」


「あっ、そうだ。日曜日の事で大事な話があったんだった」

「え……大事な話? 龍介、他に何か用事が出来ちゃった、とか?」


 唐突な相談に驚いたのか、真白は眉を下げて俺の顔を覗き込んでくる。遊べなくなってしまったと不安に思っているのだろう、その瞳は少しだけ揺れ動いていように見えた。


 話の切り出し方が悪かったと反省しつつ『大丈夫だよ』と告げるように優しく頭を撫でる。すると真白は目を細めて微笑み、心地良さそうに身体を委ねてきた。


 その様子にほっと胸をなで下ろし、俺は玲央とのRINEのやり取りを真白に説明し始める。


 日曜日は真白と夏祭りに遊びへ行く予定だが、そこに玲央と西川の二人も同行したいと申し出があった事。


 あの二人とは夏休みに入ってから遊んでいないので、久々に四人で集まって遊ぶのはどうだろうかという内容だ。


 その話を聞くと真白はわくわくした様子で声を弾ませる。


「玲央くんと西川くんが? わあ、それは楽しそうな予感っ」

「だろ? あいつら、バスケ部のキツい合宿が終わって気晴らしも兼ねて遊びたいって言っててさ。それで真白はどう思う?」


「わたしは大賛成だよっ。みんな一緒だともっと楽しいと思うし、龍介だって玲央くんと西川くんと遊びたいでしょ?」

「まあな。あいつらには学校へ行くようになってから何度も世話になってるから、俺としても遊べたら嬉しいって思ってる」


「それじゃあ決まりだねっ。玲央くんと西川くんも誘って日曜日はお祭りに行って、みんなで屋台を回りながらたくさん遊ぼっ」

「賑やかになりそうだな。今からどんなふうに回るか考えておかないと」

「ふふっ、わたあめとりんご飴は絶対に食べようね。あと射的に金魚すくいと……」


 指折り数えながらやりたい事を呟く真白。澄んだ青い瞳をきらきらと輝かせていて、今からみんなで行く夏祭りを楽しみにしているのが伝わってくる。


 俺も真白と全く同じ気持ちなので、前日の夜くらいまではずっとこんな感じなんだろうなと想像がついた。


「それと浴衣を着て行きたいなぁ。どんなのが良いと思う?」

「真白ならどんな浴衣でも似合うと思うけどな。だって真白みたいに可愛い子なら、何を着ても魅力的に見えるし」


「もう、龍介ったら。そういうのサラッと言うんだもん、恥ずかしくて照れちゃうよ」

「悪い悪い、でも事実だからな。朝からずっと思ってたけど、今のラフな部屋着姿の真白も凄く可愛いしさ。何を着ても似合うのは間違いないよ」

「……龍介ってば、ほんとにずるいなぁ」


 真白は自分の髪をくるくると弄りながら俯きがちに言う。そんな彼女の顔はスイカのように真っ赤に染まっていて、俺の言葉に照れてる事がありありと分かった。


 ちょっと褒めただけでこんなに可愛い反応するなんて反則だし、何だか言ってる俺まで顔が熱くなってくる。


 それから真白は気を取り直すようにこほんと咳払いして再び口を開いた。


「えと……それじゃあちょっと聞き方変えようかな。龍介はどんな浴衣が好き?」

「うーん、俺の好きな浴衣か。涼しげに見えるのが好きだな。アサガオとかアジサイとか夏っぽい花柄が入ってると綺麗だと思う。でも、これって参考になるのか?」


「もちろんっ。だって何着ても綺麗だって言ってくれるなら、龍介が好きな浴衣を着たらもっと喜んでもらえるでしょ?」

「俺の好みに合わせた浴衣を着てくれるって……それ、抜群に効くなあ」


 こんなに可愛い女の子が俺の好きに合わせてくれて、それを俺の為に披露してくれるだなんて嬉しいに決まってる。


 それに普段見慣れているはずの私服でさえ可愛らしいのに、夏限定の浴衣姿となればその破壊力は計り知れない。想像しただけでも俺の頬は緩みっぱなしになった。


 そんな俺の様子に真白はすぐ気付いて、上目遣いで悪戯っぽく笑ってみせる。


「龍介ってば本当に分かりやすいね。今の顔、すっごく嬉しそうだもん」

「そ、そりゃそうだろ。こんなの喜ぶなって方が無理な話だ」


「えへへ、楽しみにしててね。龍介の顔、今よりもゆるゆるにしてあげるから」

「これ以上にだらしない顔にさせられるのか……それ、玲央と西川に見られたら笑われるかもな」


「あは、確かに。でも楽しくなりそうだよねっ。日曜日が待ち遠しいなぁ」

「ああ、今からワクワクする。本当に楽しみだ」


 玲央と西川、そして真白と過ごす一日はきっとまた最高の思い出になるはずだ。真白もそれを楽しみにしているようでその笑顔はとても眩しくて可愛らしい。


 しゃくりと赤い果肉をかじり、俺は真白と夏の空を見上げる。


 二人で一緒に心を弾ませながら日曜日の夏祭りへと思いを巡らせた。

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