第65話、穏やかな夏の日③

「龍介、いっぱい勉強したね」

「そうだな、集中してやった分かなり進んだ気がする」


 真白と課題を始めて今は正午過ぎ、集中していたせいかあっという間に時間が過ぎていた。


 二人で協力しながら問題を解いていた事もあり、いつもよりたくさん捗ったと実感できる。ただ数日じっくりかけてやらないと終わらない量の課題を出されているので、このペースでもまだまだ序盤といったところだ。


 夏休みの間にこうして定期的に勉強会をやって、ただ遊ぶだけではなく勉強の方でも充実した日々を送りたいと思っている。


 そんな事を考えながらソファーに座って一息ついていると、隣に座っている真白が「んんーっ」と大きく伸びをする。着ているTシャツが少しだけめくれ上がって、白いお腹がちらっと見えてしまい慌てて目を逸らした。


(全く……ほんとに無防備なんだから)


 家限定のラフな格好だからこそ、より無防備さが際立って見えるのだろう。


 おへそがチラリと見えたくらいで動揺しすぎだと思われそうだが、真白みたいな美少女の無防備な姿というのはそれだけ破壊力がある事を知ってほしい。幼い頃からの付き合いだとしてもやっぱりドキドキしてしまうものなのだ。


 勉強の時は集中していたから気にならなかったが、一度意識してしまうと悶々とした気持ちが湧き上がる。


 こういう時はなるべく平静を装って何もなかったように振る舞うしかないのだが、真白は相変わらずの距離感で甘えてきた。


「ねえねえ、ちょっと休憩しようよ。疲れちゃった」

「あ、ああ……。昼飯にするか、またオムライスでも作るよ」

「オムライス食べたいけどちょっと待って。もう少し龍介とごろごろしてから食べる」


 そう言って真白は俺の隣に座り直すと、そのまま体重をかけてもたれかかってきた。


 肩に頭を乗せられれば彼女のさらりとした髪がくすぐったいし、ふんわりとした甘い香りが鼻腔をくすぐる。そして柔らかい身体の感触をこれでもかというほど感じさせられて、せっかく落ち着こうとした心臓が再び高鳴り始めた。


 どうやら真白は昨日のバスの時のように俺と触れ合いながらまったりするのがお望みらしい。俺の顔が紅潮している事に何も言ってこないのは午前中の勉強でかなり疲れてしまって、からかうよりも甘えたい気持ちが強くなっているからなのかもしれない。


 その証拠に真白は頭をぐりぐりと動かして、猫のように甘えた声を出してくる。


「んーっ、龍介ってほんとにあったかくて良い匂いする……安心するなぁ」

「俺としては、真白の方がずっと良い匂いすると思うんだけど」


「そう? どんな感じがする? 龍介からどう思われてるかちょっと気になる」

「甘くて優しくて女の子らしいっていうか、どうしたらこんなに良い匂いがするのかなって不思議に思うくらいだ」


「えへへー嬉しい。龍介に褒めてもらえるのって一番嬉しくて幸せな気分になれるっ」


 俺の素直な感想を聞いて嬉しかったのか、真白は満足気に微笑んで更にぎゅっと抱きついてくる。


 ラフな部屋着は布地が薄くて彼女の体温をいつも以上に感じるし、マシュマロみたいにふわふわな大きな胸が押しつけられて俺の理性が揺らいだ。とろけた蜂蜜のような甘い空気が部屋中を満たしていくような感覚さえ覚えてしまう。


 いくら俺が鋼の理性の持ち主とは言え、この状態が続くと流石にまずい。いつもならこのまま甘やかしてやるところだが、さっきから悶々とした感情を抑え込んでいるせいで余裕がないのだ。


「真白。そろそろ、その……」

「んっ。お昼にする?」


「ああ、喉も乾いたしお腹も空いたし……勉強に頭使ったから糖分も欲しいところだ」

「それならスイカ食べる? 糖分も取れるし、喉も潤うし、お腹もいっぱいに出来るよ」


「ナイスアイデアだな、じゃあ朝買ってきたやつ、二人で食べようか」

「うんっ。スイカ切ってくるから、龍介待っててね」


 真白は優しく微笑むと、俺から身体を離してキッチンへと向かっていった。


 やだとは言わず素直に言う事を聞くあたり、真白は聞き分けが良くて本当に助かる。もしここで駄々を捏ねられたりしたら、俺は間違いなく我慢出来なくなっていただろう。


 俺は深いため息をつきつつソファーに深く腰掛けると、火照った顔を冷やすように手で扇ぐ。


 昨日の海水浴で疲れているのもあるのか、普段よりも理性の働きが鈍い気がする。夏休みだからといって羽目を外しすぎるのは良くないし、俺を幼馴染として心から信頼してくれている真白に変な事をするのは絶対に避けたい。


(でも、あんなに可愛い姿を見せられるとな……)


 楽しそうに鼻歌を歌ってスイカを切り分けている真白の後ろ姿を眺めながら、幼馴染って大変だなとしみじみ思った。

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