第64話、穏やかな夏の日②

 真白の住むアパートに向かう途中、お菓子でも買っていってやろうかと思って寄ったスーパーで面白いものを見つけた。


 それは夏の風物詩、スイカ。

 小玉だが甘みが強くて美味しい品種らしく、真白と夏を満喫するのにぴったりだと思って購入していく。


 それからスイカの入ったビニール袋を片手に再び真白のもとを目指し、眩い陽光に照らされた住宅街を歩いていく。


 昨日も暑かったが今日も負けず劣らず暑い。まだ午前中だというのにセミの鳴き声が耳の中にうるさく響いてくる。


 額に浮かんできた汗を拭いながら歩いていると、ようやく目的地である真白の住むアパートに到着する。俺は階段を上がって真白の部屋の前に立つとインターホンを押した。


 扉の向こうからはぱたぱたとスリッパの音が聞こえてきて、それは徐々に大きくなっていく。


 そして勢い良く扉が開いたのと同時に私服姿の真白が飛び出してきた。


 水色のTシャツにデニムのショートパンツというラフで涼しげな格好で出迎えた真白は、俺の姿を見るなり花が咲いたような笑顔を浮かべる。


 俺や舞とは違って日焼けはしておらず、いつも通りの透き通るような白い肌が眩しく映る。昨日は何度も日焼け止めを塗り直して気を遣っていたし、どうやらその効果は抜群だったようだ。


「おはよ、龍介っ。待ってたよーっ」

「おはようっていうか、そろそろ昼だけどな。起きたばっかりなのか?」


「あはは……実は筋肉痛で身体が動かなくて、朝起きるの遅くなっちゃいました」

「なるほどな。だから珍しく寝癖が付いてるのか」


「えっ? わわっ! ほんとだ、寝癖……。わたしってばうっかり……恥ずかしい」


 真白は自分の髪を触りながら顔を真っ赤にする。手ぐしで寝癖を直そうとするのだが、なかなか上手くいかないようであたふたしている。いつも綺麗に整っている髪がぴょんと立っているのが可愛くて俺は思わず笑ってしまった。


「こ、細かいことは気にしないっ。それよりほら上がって。今日はいっぱい勉強しようね」

「っとその前に差し入れ。あとで一緒に食べようぜ」


 俺はスイカの入ったビニール袋を真白に手渡す。まん丸としたこぶりのスイカを目にして真白は目を輝かせた。


「わあ、スイカ。買ってきてくれたの?」

「まあな。せっかくだし夏っぽいものをって思ってさ」


「嬉しいっ、ありがとね龍介。後で切ってあげる」

「おう、よろしく頼むな。二人で休憩の時に食べれたら楽しそうだし」


「うんうん、わたしも楽しみっ。それじゃあ入って、冷たいお茶の準備もしてあるから」

「おう、お邪魔するな」


 それから真白に案内されて、いつもの調子でリビングに上がり込む。


 テーブルの上は勉強する為に整理されており、冷房も効いていて室内はとても快適だ。


 真白は俺の買ってきたスイカを冷蔵庫に片付けて、それと一緒に冷たい飲み物の用意をし始める。からん、と氷がぶつかる音を聞きながら俺はソファーに腰を下ろした。


 玲央に言われた夏祭りの要件は勉強が終わってから聞く事にしよう。今からそれを確認すると勉強そっちのけで夏祭りの話ばかりになってしまいそうだからな。物事は順番が大切なのだ。


 そんな事を考えながらぼーっとしていると、真白は二人分のグラスを持ってリビングの方に戻ってくる。


「龍介、スイカ冷やしておいたよ。それにアイスティーも用意しましたっ。ミルクとガムシロップはお好みで入れてね」

「おう、さんきゅーな」

「うん、召し上がれ」


 グラスを手渡した真白は俺の隣に腰掛けてふわりと微笑む。


 そんな真白につられて頬を緩めながら俺はストローを口に含んだ。


 程よく冷えたアイスティーが渇いた喉を通り抜けていき、外で火照った身体を冷ましてくれる。


 そうして喉を潤していると、そんな俺を見つめながら真白はくすりと微笑んだ。


「それにしても龍介ってば、いい感じに日焼けしたよね。すっごくカッコイイかも」

「かっこいいってそうか? 自分では単純に日焼けしたなーくらいにしか思ってないけど」


「わたしはすごく好きだけどね。小麦色の龍介って見慣れない感じが新鮮で良いと思うし、爽やかなスポーツ系の好青年って感じで素敵だよ」

「ま、まあ……真白に褒めてもらえるなら日焼けも悪くないかもな」


 真白にかっこいいと言われて悪い気はしないが、面と向かって言われるのはやっぱり恥ずかしい。お世辞でもなんでもなく本心で言ってくれている分、余計に。


 冷房の効いた涼しい部屋にいるはずなのに顔だけは熱くなっていく。俺の顔の火照りは真白にすぐ気付かれていて、彼女は悪戯っぽく笑いながらこちらを覗き込んできた。


「日焼けしてても、ほっぺた赤くするのは分かりやすいね?」

「こ、これは単に暑いんだよ。今は夏なんだし仕方ないだろう」


「あは、龍介ってば誤魔化した。ほんとうに可愛いなあ」

「ぐぬっ……。またそうやって俺をからかうんだから」


「えへへー、龍介からかうの楽しい。だって反応がいちいち面白いんだもん」

「まったく……お前ってやつは」


 呆れたようにため息をつくと、真白は楽しげにくすりと笑って俺に左手を差し出してきた。


「ねえねえ、ちょっとわたしと比べてみない? どれくらい日焼けしたのか確かめてみよ?」

「それって真白と比べても意味ないんじゃ」

「いいのいいの、大丈夫だから。はい、お手々貸して」


 澄んだ青い瞳に見つめられ、断る理由もなく手を取られる。


 俺のゴツゴツとした右手と真白の小さくて柔らかな左手をテーブルの上に並べ、二人でじっくりと日焼け具合を見比べた。


「真白の方は全然日焼けしてなくて凄いな。俺も舞も昨日の海水浴で兄妹揃ってこんがり焼けたのに」

「わたしはほら、日焼けしないよう頑張って対策したから。昨日は日焼け止め何度も塗り直したし、防水仕様の高いやつを使ったもん」

「こだわってるよなあ、真白。俺も真白のスキンケアとか見習った方が良いのかも」


 俺はそう言いながら真白の手を取る。


 真白が女の子だからとかそういうのを抜きにしても、こんなに美しい手をしている人は滅多にいないだろう。


 丸みを帯びたピンク色の爪は真珠のような輝きを放っているし、丁寧に切り揃えてあって清潔感もある。肌は滑らかで艶があって白く透き通るようで、細い指先は柔らかくてすべすべだ。まるで芸術品でも見ているような気分になりながら、俺はその手を握ったまま感心してしまう。


「真白の手、本当に綺麗だよ。ちっちゃくて可愛いし。お人形さんみたいに繊細で綺麗な手なのに、ちゃんと温かいんだよな」


 その手があまりに綺麗なので思った事をそのまま感想にして漏らすと、真白は顔を真っ赤にして視線を逸らした。どうやら不意に手が綺麗だと褒められて照れてしまったらしい。


「日焼けしてないからほっぺた赤くするの分かりやすいな、真白」

「こ、これはその、暑いから。そ、そうだよ。暑くてほっぺたが真っ赤なのっ」


「へえ、誤魔化すのか真白。本当に可愛い奴だな、お前」

「うぅ〜っ。さっきの仕返しに今度はわたしがからかわれてる……」


 俺とそっくりな誤魔化し方をする真白に思わず笑ってしまう。


 真白はぷくーと頬を膨らませて抗議するような目線を向けてきたが、機嫌をなおせと頭を優しく撫でてあげれば、ふにゃりと柔らかな笑顔に元通り。こうしてころころ変わる表情を見ているだけで飽きないし、真白と一緒に過ごす時間は楽しいものだ。


 ひとしきりじゃれ合った後、俺達はようやく筆記用具や教科書に手を伸ばした。


「そろそろ夏休みの課題を始めるか、昼までにある程度は進めておきたいし」

「そうだねっ。それじゃあまずは英語から始めよう」

「おう、了解」


 それから俺と真白は午前中いっぱいを使って勉強に励むのだった。

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