第62話、海からの帰り道
ビーチバレー大会での激戦を終えた後。
布施川頼人はヒロイン二人を連れて姿を消した。あの後どこに行ったのかは全くもって分からない。
勝つ為だけにヒロインである花崎優奈と姫野夏恋に対してあれだけの仕打ちをしたのだ。いくら主人公と言えどヒロインとの間に溝が出来てしまった可能性は高い。
関係を修復するイベントを経て仲直りするのか、このまま疎遠になってしまうのか……それは今の時点では俺にも分からない事だ。
一つだけ分かるのは布施川頼人の様子がおかしかった事。原作の布施川頼人が決して見せる事のなかった負の感情が滲み出ていた。
奴の行動には違和感を覚えてしまう。その違和感の正体が一体何なのか確かめる必要がありそうだ。
一方で俺達は勝った賞品としてお食事券をもらい、海の家でのご馳走を堪能した。妹の舞は大盛りの焼きそばに、トッピングたっぷりのかき氷、それに焼きトウモロコシでお腹を満腹にする。
俺と真白は美味しそうに食べる舞の姿を眺めながら、二人で一緒に海の家名物のカレーライスで空っぽのお腹を満たした。
それから午後も海を遊び尽くし、日が落ち始めた頃にようやく帰り支度を済ませた。
今はバスに乗り込み、揺られながら家路についているところだ。
帰りのバスには俺達以外に乗客の姿はなく貸切状態。一番後ろのシートに三人で並んで座り、俺は真白と舞に挟まれながらゆったりとした時間を過ごしていた。
舞は遊び疲れたのかバスに乗るとすぐに眠り始めて、隣に座っていた俺の肩にもたれかかってきた。そんな舞の様子を真白は楽しげに見つめている。
「舞ちゃん寝ちゃったね。可愛いなぁ……ふふっ、本当に幸せそうな顔してる。きっと良い夢見てるんだろうね」
「ああ、そうだな。舞はいつも元気いっぱいだけど、今日は特にはしゃいでたからな」
「うんっ。みんなで海水浴、すっごく楽しかったから。遊び疲れちゃったのかも」
「俺もかなり疲れたな。明日は筋肉痛かも……」
「わたしも。いっぱい泳いで、ビーチバレーもして、身体中が悲鳴をあげてます……」
「真白もお揃いだな。でも、楽しかったよな?」
「すごく楽しかった。龍介は約束してくれた通り、わたしの事をいーっぱい楽しませてくれた。だから、ありがとね。最高の夏の思い出が出来たよ」
真白はそう言うと俺の手をぎゅっと握ってくる。彼女の小さな手は温かくて柔らかくて、こうしているだけで幸せな気持ちが溢れてくる。
俺もその手を握り返すと、真白は嬉しそうに頬を緩ませる。窓から差し込む夕焼けに照らされた真白の横顔は美しくて、思わず見惚れてしまうほどに魅力的だった。
そうやって見つめていると、澄んだ青い瞳が俺の視線と交差する。
真白は悪戯っぽく笑い、首を傾げて問いかけてきた。
「あは、龍介ってばわたしの顔ずっと見てる。照れないんだ?」
「そうだな。今は恥ずかしいとかより、真白の笑顔を見ていたいなっていう気持ちの方が強いかな」
「……んっ。そういう事言われると、逆にわたしが照れちゃうんだけど……。でも、そうだね。わたしも龍介みたいに今は嬉しい気持ちの方が大きいかも」
真白は頬を赤く染めながら俺の手に指と指を絡める。いわゆる恋人繋ぎをしてから彼女はへにゃりと目を細めた。
「この繋ぎ方、好き。安心するし、何よりも龍介が傍にいるって実感できるから」
「そっか、俺も同じかも。真白の手はあったかいし、それに優しく包み込んでくれる感じがする」
「龍介の手も同じだよ? 暖かくて優しい気持ちになるの。だからこうしてると幸せな気分になれるんだよ」
真白は目を閉じて静かに息をする。まるで俺の温もりを感じ取っているかのように。
それから真白は猫のように頭をこすって甘えてくる。そんな彼女の髪を優しく撫でるとくすぐったそうに笑った。
「こうやって甘えるの、もう少し我慢かなって思ってたの。でもバスに他の人いなくて良かった。もし誰かいたらこんな風に出来なかったもん」
「今は俺達の貸し切り状態だし、舞も寝てるし、思う存分に真白を甘やかせるな」
「そうなのですっ。だからバスが着くまで、いーっぱい龍介に甘えてもいいよね?」
「ああ、もちろん。遊び疲れて帰る時はいっぱい甘やかすって話もしたしな」
「えへへ、それじゃあ遠慮なくっ」
真白は嬉しそうに声を弾ませながら、俺の肩にぽてりと頭を乗せてきた。身体を預けたまま、真白は気持ち良さそうに喉を鳴らす。
俺はそんな真白の肩を抱き寄せながら、ゆっくりとその長い黒髪に指を通した。さらりとした触り心地の良い感触が手のひらに伝わる。
「龍介になでなでされるの気持ちいい。もっとなでなでして」
「はいよ。ほら、これでどうだ?」
「んっ……耳を触るのはだめって言った」
「でも気持ち良さそうにしてる」
「気持ちいいけど恥ずかしい……から」
「じゃあやめようか? 俺としてはもうちょっと撫でたいなって思ってたんだけどな」
「いじわる……もっとして欲しいって分かってるくせに」
「どうかな。続けるのは真白次第なんだけど、真白は俺にどうして欲しいんだ?」
真白は頬を赤らめて、少しだけ拗ねたように唇を尖らせた。その表情はとても可愛くて、愛おしさが込み上げてくる。意地悪したくなってしまうのは仕方ない事だ。
「むぅ……降参です。もっと触って……ください」
「はい、よく出来ました」
観念しておねだりする真白の耳をそっと指でなぞる。すると彼女は小さく肩を震わせて甘い吐息を漏らした。俺の指の動きに合わせてぴくりと反応して、気持ち良さそうに息を荒くする。
そんな艶っぽい姿に俺はドキドキと胸を高鳴らせてしまう。
俺の心臓の音に気付いたのか、真白は上目遣いでこちらを見つめてきた。とろんとした瞳で微笑みながら甘く囁いてくる。
「龍介どきどきしてる。わたしと一緒だね」
「真白もなんかとろけてる。すごいふにゃんとした顔になってるぞ?」
「だって龍介に触れられると幸せすぎてとけちゃうの。それに気持ちよくて、このまま眠っちゃいそう……」
「寝てもいいぞ。着いたら起こしてやるからさ」
「だめ、もったいない。せっかく龍介が甘やかしてくれてるんだもん。もうちょっとだけ起きてる」
「そう言うなら良いけど……無理はすんなよ?」
「うん、ありがと。龍介は優しいね」
真白は目を細めるとそのまま俺の胸に頭をすりすりと押し付けてきて、猫のように甘える仕草に思わず頬が緩んでしまう。
(本当に可愛い奴)
そう心の中で呟きながら真白の頭をぽんぽんと優しく叩くと真白はさらに甘えてくる。ふにゃふにゃに溶けてしまいそうな程に気持ち良さそうな笑顔を浮かべながら。
それからしばらくそうしていると、真白は何かを思い出したかのように口を開いた。
「ねえ龍介。ビーチバレーの時、わたしに言った事覚えてる?」
「もしかして、どんなお願いでも聞いてあげるってやつか?」
「うん。本当にどんなお願いでも良いの?」
「まあな。そう言ったからには絶対」
「嬉しいっ。それでね、あれから色々考えたんだけど」
「おう。一体何を思いついたんだ?」
「えへへ……龍介にして欲しい事、たくさんありすぎて困ってます」
「そ、そんなにあるのか。俺が叶えられる範囲で頼むぞ? あんまり無茶な事は出来ないからな」
「あは、わたしのお願いは龍介にしか出来ない事だから大丈夫だよ。だから安心して」
「俺にしか出来ないお願い? 気になるな……とりあえず一個くらいは思いついてるの教えてくれよ」
「まだ秘密っ。でも、いつか絶対に叶えてもらうから。だからその時まで楽しみにしてて?」
「分かった、約束する。真白の言う通り、その時が来るのを楽しみにしてるよ」
俺の言葉に満足そうに頷いて、真白は再び甘えるように頭をすり寄せてくる。俺も真白の髪を優しく撫でると、嬉しそうな声を上げて笑った。
こうして二人でくっついているだけで幸せな気分になれる。それはきっと真白も同じなんだろう。だからこんなにも楽しそうな笑顔を浮かべてくれる。
俺達の間に流れる穏やかな時間は暖かくて心地よくて、ずっとこうしていたくなる。やがて甘える真白はこくこくと首を揺らし始めた。
いっぱい甘えて満足したのだろう。どうやら次は眠りの世界へと誘われようとしているみたいだ。俺は真白の身体を支えながら優しく声をかける。
「真白、寝てもいいからな。ちゃんと俺が起こしてあげるから」
「んっ、ねる……」
「よしよし、いい子だ。おやすみ」
「……りゅうすけ」
真白はゆっくりと瞼を閉じると、溶けた砂糖のような甘い声で囁いた。
「また来年も……いっしょに」
その言葉に返事をしようとした瞬間、すうすぅと可愛らしい寝息を立てて真白は夢の中へ落ちていった。
幸せそうに眠る彼女を見て自然と頬が緩むのを感じる。それと同時に胸の奥に暖かい感情が流れ込んできた。
(ああ、また来年も一緒に海へ行こうな)
そう心の中で告げて、俺は真白を優しく撫でながら窓の外に広がる景色を眺める。
夕焼けに染まった知らない街並みはどこか幻想的に見えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。