第59話、海での対決②

「それじゃあいっくよー!」

 

 試合開始と同時に舞は声を上げて力強いサーブを繰り出した。


 打ち出されたボールは回転して勢いをつけ、太陽の光を浴びて煌めきながら宙を舞う。的確なコントロールによって放たれたそれは真っ直ぐに相手コートへと放たれた。


 流石は俺の妹だ。狙いも完璧、威力も申し分ない。


 しかし相手チームの要、姫野夏恋はそのサーブを軽々と捌いた。勢いを上手く殺した上で、ふわりとした優しいタッチで空中にボールを送り出す。


「優奈、頼んだわよ!」

「はっ、はい!」


 姫野からの指示を受けた花崎はすぐさま反応して砂浜を駆け抜けていく。落ちてくるボールを弾いて布施川頼人へと繋いだ。


「うおおおおおっ‼」


 布施川は雄叫びを上げながら跳躍。そして花崎が繋いだボールを俺達のコート目掛けて叩き込む。


 だがそれを阻むように真白が前に出た。


「大丈夫、任せて!」


 真白はその軌道を見極め、落下点に素早く移動。両手を胸の前で交差させて腰を落とし、飛んできたボールを真正面から受け止める。そしてレシーブされたボールは綺麗に舞の頭上に返ってきた。


「お兄ちゃん、パス!」

「おう!」


 妹はそれを見逃さず、素早く体勢を整えてボールを弾いて空中に上げる。ちょうど良い高さ、狙った位置も完璧だ。これなら最高のスパイクを決められる。


 俺は砂浜を蹴って高く飛び上がった。

 そして妹の上げたボール目がけて右手を振り下ろす。


 放たれた一撃に主人公チームは反応しきれず、俺のスパイクは砂浜のコートを貫いた。


「やったね、龍介! 先制点ゲットだよ!」

「お兄ちゃん、さっすがー! ナイススパイク!!」


「二人とも良くやってくれたな。良い動きだったよ」

「今の龍介すっごいかっこよかったっ。次も決めてくれるって信じてるね」


「よっ、お兄ちゃんってば男前! 惚れちゃいそう!」

「はいはい、ありがとよ」


 二人に称賛されながらハイタッチを交わす。

 早くも主人公チーム相手に先制出来たのは大きい。これは幸先が良いぞ。


 真白は子供の頃から男子顔負けの運動神経を持っていたが、それは高校生になっても相変わらず健在だ。舞も俺の妹というだけあって抜群の運動神経を持っている。


 この調子でどんどん点数を取っていきたいところだ。


 俺達が笑顔を浮かべる一方で、布施川頼人は難しい顔をしていた。どうやら自分のスパイクが全く通用しなかった事が気に入らないらしい。


「くっそ……かなり良いのが打てたはずなのに」

「ドンマイよ、頼人! まだ一点じゃない! ここからいくらでも取り返せるわ!」


「そうですよ、頼人くん。試合はまだまだこれからです!」

「あ、ああ……。そうだな……」


 姫野と花崎の言葉を受けてもなお布施川の表情は晴れなかった。

 

 その様子を見ていて思う事がある。

 

 何だか様子がおかしい。今の奴の行動には違和感がある。


 何というか……原作で知っている布施川頼人らしくないのだ。俺の知っている原作での布施川頼人は明るくてどこか憎めないキャラクターだった。


 だが目の前の布施川はどこか余裕がないように見える。


 主人公として振舞うならもっと自信満々でいるべきだろうし、今はヒロイン達と励まし合う場面のはずなのに。少なくとも原作の布施川頼人ならそうしたはずだ。


 それに違和感を覚えながらも試合は続く。


 先制点を取った事で再び俺達のチームがサーブ権を得る。向こうに点を取られるまで引き続き舞がサーブする役割だ。


 舞は元気よく声を出してからサーブを打つべく助走に入る。


 それから勢いよくジャンプしサーブを打った。さっきと同じように的確なコースを狙い撃ち、ボールは一直線に相手コートに向かっていく。


 しかし相手チームの姫野はまたしてもそれを軽々と弾き、ボールを宙へと浮かせた。


「頼人! 次のアタックはあたしに任せて!」

「だめだ! 俺がやる!」

「ちょっ!? えっ!?」


 姫野は突然声を荒げた布施川に驚いている様子だった。


 花崎もどちらにパスを上げたら良いか分からず戸惑っている。そしてその戸惑いはプレイミスとして現れ、花崎の弾いたボールはコートの外に転がり落ちてしまった。


「優奈、もう何やってるんだ! しっかりしろ!」

「ご、ごめんなさい……」


「ら、頼人。落ち着きなさい、事前に話してた作戦と違うじゃない。アタックはあたしと頼人で交互にって決めたのに、どうしてそんなに焦ってるのよ?」

「……っ。それは……すまん、少し熱くなりすぎた。負けたくないんだ……進藤龍介に、だから……悪い」


「別に謝る事はないけど……そうだったの。進藤龍介に負けたくないから……それであんなに熱くなってたわけね」

「ああ。負けっぱなしは嫌なんだ。あいつにだけは絶対に勝つって決めたんだ」


「期末テストのあの時も、すっごい悔しがってたものね……分かったわ。それじゃあ頼人の好きなように動いてみて。ただ一つ約束して欲しいんだけど、無理はしないでね」

「ありがとう夏恋」


「頼人くん、私も頑張って頼人くんに繋げてみせます。だから絶対に……!」

「優奈、さっきはびっくりさせてごめんな。でも必ず決める、信じてくれ」


 花崎と姫野は優しく微笑みながら、布施川へ向けて頷いた。


(なるほどな。今の失点は主人公とヒロイン達が結束する為のものだった、と)


 窮地に陥った主人公はヒロイン達と支え合って、目の前に立ちはだかる壁を超えていく。今までの余裕のない感じは全てこの為の布石だったのだ。


 これで主人公チームの心は一つになったはず。となればここからはきっと反撃がくる、油断は出来ない。


 俺は妹に視線を向ける。

 舞は頷きながら再びサーブの構えに入った。


 勢いよく助走をつけて放たれたボール。けれど今度は惜しくもネットに引っかかってしまう。


「ありゃ……ちょっと力んじゃったかな」

「気にするな、舞。二回連続で決めれただけ凄いよ、切り替えていこう」


「うんっ、ありがとうお兄ちゃん! 次がんばる!」

「ああ、頼りにしてるぞ」


 俺は舞の頭を撫でて励ましてやった。すると舞は嬉しそうに笑みを浮かべ、次のプレーに向けて気持ちを入れ替えていく。


 そして遂に主人公チームからの攻撃が始まる。


 俺はそれに備えて大きく深呼吸をしながら身構えた。

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