第58話、海での対決①

 大会の運営者にチームの代表者である俺の名前が呼ばれ、真白と舞を連れて砂浜のコートに向かう。


 そこには既に相手チームが待ち構えており、彼らの視線がこちらに向けられる。その瞬間にピリついた空気が辺りを包み込んだ。


 相手側のコートに立っているのはこの物語の主人公、布施川頼人とヒロインの二人。


 俺が姿を現すなり、布施川頼人は敵意の宿った鋭い眼光で睨み付けてくる。


 俺を必ず倒すという意志が伝わってきて肌がひりつく感覚を俺は覚えた。


「進藤龍介。まさかビーチバレーでお前と当たるなんてびっくりだ」


 奴はネット越しに俺の前に立ち、威嚇するように声を張り上げる。その表情は険しく、俺に対する怒りを抑えているように見えた。


 それから奴はびしりと俺に指を差しながら言葉を続ける。


「でも好都合だ、進藤龍介。あの時の借りを返してやるよ」

「あの時の借りって期末テストの事か? あれはただ俺が学年一位でお前が学年二位だった、それだけの話だろ」


「とぼけやがって……! どんな不正を働いたか知らないが、俺は絶対にあの結果を認めないからな! お前みたいな不良が学年一位なんて絶対にあり得ない!!」

「不正ってお前な。俺は期末テストに向けてしっかり勉強していただけだ。何も悪い事なんてしていない」


「うるさい黙れ。お前が卑怯な真似をした事は明白なんだ、いい加減認めたらどうだ!?」

「……話にならないな」


 呆れて溜息が漏れる。


 奴の中では不良だった俺が学年一位を取れるはずがないと決めつけていて、それを覆すような不正があったとしか思えないらしい。あの時からずっと、俺のテストの成績を怪しんでいたのだろう。


 だがそうじゃない。元が不良でも必死に努力を積み重ねていけば報われる事だってある。


 それを理解出来ない以上、こいつには俺の言葉は届かない。


 悪役は何があっても悪役で、それを努力で覆す事が出来るとは思ってもいないのだ。こいつは根本的に間違っている。そして俺も間違ったままで終わらせたくない。


 俺の返答が気に入らなかったのか、布施川頼人は眉間にシワを寄せて拳を強く握り締めた。


「あの期末テストのせいで、俺は美雪先輩と……ッ! 全部お前のせいだ、許さないぞ進藤龍介……っ」

「美雪先輩って生徒会長の桜宮美雪の事か。確かにずっと姿が見えないが、あれから何かあったのか?」


「っ……! もう良い、喋んなっ!! この試合でお前は必ずぶっ潰す……っ!!」

「おい、ちょっと待てよ。一体何が……」


 何があったのか問いただそうとしたのだが、奴はそれを無視して後ろを振り向いた。


 花崎優奈、姫野夏恋の二人のもとに歩いていって何やら会話を始める。何を話してるのかまでは聞き取れないが、二人はどこか暗い表情をしていた。


(あの期末テストが原因で、布施川頼人と桜宮美雪の間で何かがあったって事か……)


 夏休みが始まるまでは特に奴らの様子におかしなところはなかった。となると夏休みになってから、あの期末テストの結果をめぐって奴らの中で何かが起きたのかもしれない。


 それが何なのか気になるが、もうすぐ奴との対決が始まる。今は目の前の事に集中しなければと気持ちを切り替えた。


 主人公チームの要は姫野夏恋だろう。


 中学の時は陸上部のエースで抜群の運動神経の持ち主。この試合でもその運動神経を発揮して俺達に立ちはだかって来るはずだ。


 花崎優奈は運動が得意な方ではないが、頭脳戦なら間違いなく俺達より上。きっと多彩な戦術を駆使して俺達を翻弄してくるに違いない。


 そして一番の問題は布施川頼人だ。

 主人公である奴は必ず奇跡を起こす。その力でどんな逆境も乗り越え、勝利を手にする力を持っている。


 いくら奴の運動神経が平凡だとしても、主人公としての力は俺にとって最大の脅威となる。


 そんな三人を相手にするのは正直かなり厳しいが、それでも俺は負けるつもりはない。


 全力を尽くして戦い、必ず勝利を掴む。


「真白、作戦はさっき話した通りだ。ビーチバレーのルールにローテーションはない。ディフェンスの要は真白、セッターは舞、アタッカーは俺に任せてくれ」

「うん、分かったよ龍介。ちゃんと相手の攻撃を防いで、舞ちゃんに繋いでみせるね」


「あたしはお兄ちゃんが打ちやすいようにパスを回せばいいんだよね。がんばるー!」

「みんな任せたぞ、俺が絶対に点をもぎ取ってみせるからな」


 真白は小さく笑みを浮かべながら俺の手をきゅっと握ってきた。その手から伝わる温もりに勇気づけられる。


 舞も俺達のやり取りを見てやる気に満ち溢れていた。


「よーし、サーブはまずあたしからだね。絶対外さないから安心してね」

「頼りにしてるよ舞ちゃん。頑張ろうねっ」


「もちろん。あたしとお兄ちゃん、それに真白さんの三人で絶対に勝つよ!」

「ああ。舞、準備は出来てるか?」


「ばっちりだよお兄ちゃん。いつでもいけるよー」

「よし、じゃあ早速頼むな」


 舞は俺に向かってピースサインを見せる。気合いは十分、頼れる妹だ。


 サーブはまず俺達から始まる。


 試合前にコイントスを行い、サーブ権は俺達が、主人公チームはコートを選んでいた。


 舞はコート脇にある審判役の運営者のもとに向かいボールを受け取る。


 それから妹は一度深呼吸をして気持ちを落ち着かせるとコートの後方でボールを構えた。


 そして審判がホイッスルを鳴らし、試合開始の合図を告げる。


 悪役である俺と、主人公である布施川頼人の対決が遂に始まったのだ。

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