第54話、海と悪役④

 俺と真白で手を繋ぎながら、海の家の前で舞が戻ってくるのを待つ。


 こうして手を繋いでいると俺達は本当にカップルに見えるらしく、真白が言っていた通りナンパをしようと企む輩が現れる事はなくなった。


 それにビーチタオルで身体を隠しているおかげもあって、さっきまでの突き刺さるような男性達の視線も感じない。


 ただやっぱり大勢の人前でくっつくのは恥ずかしいものがあって、真白と手を繋いでいるだけで心臓がバクバクと激しく脈打ってしまう。言い出しっぺの真白も最初は平気な様子だったのに、どうやらそれは強がりだったようで今では耳まで顔を赤くして俯いていた。


 それでも手を離すどころか、互いが互いを求め合うように繋ぐ手の力を強めてしまうので、もしかして俺達ってバカップルになる才能があるんじゃないだろうかとさえ思えてくる。


 そんな事を考えながら二人で待っていると、数分も経たないうちにビーチパラソルとレジャーシートを持った舞が戻ってきた。


 恥ずかしさもあって俺達は繋いだ手を引いて身体の後ろに隠しながら、何事もないような様子で舞を出迎えた。


「お兄ちゃん、真白さん、おまたせ~!」

「おかえり、舞。頼んでたの持ってきてくれたか。結構大きめなの借りてきたんだな」


「三人で使うならこれくらいおっきい方がいいかなーって。それよりお兄ちゃんと真白さん、二人ともなんか顔赤いけど大丈夫?」

「あ、あぁ……問題ないぞ。ちょっと熱中症気味かもだが」


「わ、わたしもそんなところ……あはは」

「えっ、真白さん大丈夫ですか? 休んでいきます?」


「う、ううん。大丈夫だからみんなで場所取りに行こっ。せっかくの海だもん、早く遊びたいし」

「ですね! じゃあみんなで移動しましょー!」


 ぴょんぴょんと跳ねるようにして前に出た舞は、そのままビーチサンダルを履いた足で砂を踏み鳴らしていく。


 俺と真白は互いに目配せをして、クーラーボックスや荷物が入ったバッグを肩に担いで舞の後を追った。


 浜辺には大勢の人がいて、それぞれが思い思いの海水浴を楽しんでいる。


 一体何処を拠点にして遊ぼうか、それを考えながら浜辺の様子を眺めながら歩いていると、とある男女のグループが視界に入った。


「あいつら……」

「ん、どうしたの龍介?」


 足を止めて眉間にシワを寄せる俺を見て、真白は不思議そうな表情を浮かべる。


 俺の視線を追って、真白もまたそのグループの方へと目を向けた。


 ビーチパラソルの下で二人の水着姿の美少女が一人の少年を囲んでいる。


 一人は赤色のロングヘアをした清楚可憐な少女、もう一人は腰まである青髪ツインテールの活発そうな雰囲気のある少女。そんな二人の美少女に挟まれているのは、黒髪短髪のごく平凡な見た目の少年。


 その三人組とはこの物語のヒロインである花崎優奈と姫野夏恋、そして主人公である布施川頼人。どういう理由かは分からないが、やはり生徒会長の桜宮美雪はここにいないらしい。


 そして真白も覚えていたらしく、その三人を見て驚いたように目を丸くしていた。


「あの人達って龍介の同級生だよね? すごい偶然だっ」

「ああ、そうだな。さっきも海の家でばったり会ってさ」


 そう答えると俺は布施川頼人達の様子をうかがった。肩を寄せ合いながら楽しげに談笑する様子が聞こえてくる。


 花崎優奈は日焼け止めクリームを手に布施川頼人に話しかけていた。


「ねえ、頼人くん。海へ入る前に一つお願いしても良いですか?」

「優奈、お願いってまさか。俺に日焼け止めを塗って欲しいとか?」


「はい、その通りです。もし良かったらで良いんですけど……」

「そしたら優奈の身体に直接触れちゃうわけで、それでも良いのか?」


「頼人くんに触られるなら構いません。むしろ、その……私としては、頼人くんに……全身くまなく塗り込んでもらいたいと言いますか……って、わあああ! 今のなし! 忘れてください!」


 花崎優奈は自分の失言に気付いて両手で顔を覆う。けれど耳まで真っ赤に染まっているせいで、彼女が恥ずかしがりながらも本心で語っている事が丸わかりである。


 しかしハーレム系ラブコメ主人公特有の鈍感さを持つ布施川頼人にはまるで伝わっていないようだった。慌てふためく花崎優奈の様子に首を傾げている。


 一方そんな恋する乙女の反応を見て、もう一人のヒロインである姫野夏恋も瞳を燃え上がらせる。


「優奈ってば大胆ね、あたしも負けてられないわ……ねえ頼人。あたしにも塗って欲しいの、背中だけは一人じゃどうしても上手く濡れなくて」

「ちょっ、夏恋まで。それなら女子同士で塗れば解決なんじゃないか?」


「それじゃあだめなの。頼人にやってもらえたら効き目が高そうな気がするのよね、だからお願い!」

「ふっ、そうか。そこまで言うなら仕方ないな」


 花崎優奈と姫野夏恋による大胆なアプローチを受けた布施川頼人は、やれやれといった様子で苦笑いをする。


 けれどそれは満更でもない様子であり、二人はそんな彼の反応を見て嬉しそうにはにかみながら見つめ合う。


「お願いしますね、頼人くん……。その、優しくしてくださいね?」

「たっぷり塗ってちょうだいね、頼人。日焼けしないようにしっかりとお願いね」


 レジャーシートの上に美少女二人はごろんと横になった。それから水着のブラ紐に手をかけて背中を差し出す。


 布施川頼人は二人の背後へと回り込むと、日焼け止めクリームを手に取った。


 美少女のヒロインに主人公が日焼け止めを塗るという、それはまさにラブコメのテンプレ的なイベント。


 主人公とヒロイン達の交流を描いたハーレムラブコメの王道的展開、サービスシーンの一つが今ここに再現されていた。美少女二人を同時に相手して随分と贅沢な内容だ。


 周囲のモブキャラ達もその光景に見入っていて、世界の中心があのビーチパラソルの下にあるような錯覚さえ覚えてしまう。


 主人公として相応しい輝きを見せつけ、布施川頼人こそが真の主人公なのだと読者達へ誇示しようと、誰もが羨む夏の海のラブコメ的な展開を繰り広げているのだろう。


 そう冷静に分析していると不意に布施川頼人と目が合った。


 奴は俺を見ながら「ふっ」と鼻で笑うような仕草を見せる。


 最高のヒロインに囲まれてご機嫌なのか、彼は勝ち誇るような笑みを浮かべていた。


『羨ましいだろ、進藤龍介。悪役のお前なんかには絶対真似できない事だよな』


 そんな言葉が聞こえてきそうな程に強烈な眼差しだった。


 奴は見せつけるようにヒロイン二人の背中に日焼け止めを塗りながら、これが主人公の特権だと言わんばかりの優越感のある笑みを俺に向かって浮かべる。


 けれど俺の隣でひょこっと顔を出した真白の姿を見て、奴の表情はすぐに曇った。


 真白は俺に向けて悪戯っぽく笑うと、つんつんと肘を突いてくる。


「龍介の同級生のみんな、とっても仲良しさんだね。ねえねえ、龍介もあんなふうに日焼け止め塗ってみたい?」

「ばか。からかうなって……」


「えへへ。でもいいんだよ? わたしは龍介になら何されても平気だもん」

「駄目なもんは駄目。そんな事したら熱中症飛び越えて倒れるからな? 俺が」

「むぅ、龍介はちょっと真面目過ぎっ。もっと大胆になってくれてもいいのになぁ」


 ぷくりと頬を膨らませる真白。

 そんな彼女に俺は呆れたように息を吐いて、それから彼女の頭を撫でた。


「真面目なのは良いことだろ。ほら、もう行くぞ。舞に置いていかれる」

「はーいっ。行こっか、龍介」


 そう言って真白は俺の腕に抱きついてくる。その光景は俺と真白が普段からしている日常的なもので、恥ずかしいと言えば恥ずかしいがもう慣れたもの。


 けれどそんな俺と真白を眺めながら、布施川頼人は悔しげに歯噛みしていた。


 最強の美少女である真白と悪役である俺がいちゃつく姿が気に食わないのか、その瞳には嫉妬の色がはっきりと浮かんでいた。


(悪いな。俺だって負けていられないんだ)


 この海で主人公に負けない最高の青春を過ごす。


 そう心に決めた以上、布施川頼人達の相手をしている時間はここまでにしておこう。


 真白と楽しい時間を過ごすその為に、俺は彼女の小さな手を引いて再び歩きだした。

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