第53話、海と悪役③

 鮮やかな青い空と真っ白な雲、それを映した蒼い海。


 眩しい太陽の光を受けて輝く白い砂浜に、ざざあと波打つ音が耳に心地よい。


 穏やかな潮風が肌に触れて、火照った体を冷ましてくれる。


 砂浜を踏み締めるとキュッとした感覚があって、それがとても新鮮でなんだか面白い。


 夏を凝縮したような景色の中で、そこにいた多くの男性達の視線は、今この時だけは浜辺に立つ一人の少女に向けられていた。


 整った顔立ちに浮かぶ優しげな表情、透き通るように白くてきめ細やかな肌、ほっそりとしたウエストのくびれにすらりと伸びる脚線美。


 そして艶やかな長い黒髪が潮風でふわりと舞い踊る様子はまるで天使のようで、見る者の心を鷲掴みにする魅力を放っていた。


 清楚な雰囲気を纏いながらも、歩く度に弾むようにたゆんと揺れる胸元の大きな膨らみに、周囲の人々の視線は吸い寄せられるように集まってざわめき立つ。


 その少女はあまりにも美しく、周囲からは思わずため息が聞こえてくる程で、通り過ぎた誰もが一度は振り返ってその姿を目に焼き付けている。


 ――正直言って清楚可憐な純白の水着を着た真白は、あまりにも可愛すぎて、あまりに魅力的すぎた。


 二人で海の家を出た後、ビーチパラソルとレジャーシートを借りに行った舞の帰りを待っていたのだが、真白とお近付きになろうとする輩が後を断たなかった。


 彼女はその世界最強の美少女たる顔立ちに加えて、誰もが振り返るほどの圧倒的なスタイルの持ち主なのだ。白い砂浜に突然現れた女神のような彼女の姿に周囲の人達が魅了されてしまうのは当然の事。


 そして今も何人もの男性達が声をかけようとしている。今まで培ってきたであろうナンパスキルを駆使して、彼女を口説こうとするのだが――。


「――んひっ!?」


 真白に近寄った男達から聞こえるのは、女性を落とす口説き文句ではなくただの悲鳴だった。


 それはなぜか? 答えは簡単。

 俺が近付いてくる男達に睨みを利かせているからだ。


 流石は『ふせこい』に登場する最強悪役である俺。


 少し睨みを利かせただけでも強烈な威圧感を放ちまくっているようで、背景同然のモブキャラ達は顔を青白く染めている。


 ナンパしようとした男性達は皆一様に腰が引けてしまい、真白に近付こうとした誰もが怯えたように後退り、そのまますごすごと引き下がっていく。


 真白と買い物に出かけた時もこんな感じだったな。髪の毛を黒く染め直したとはいえ、俺の悪役としての迫力はいまだ健在らしい。


 もし俺が彼らと同じモブキャラだったら、きっと真白に群がる男達を追い払う事は出来なかっただろう。悪役を脱却し主人公を目指したい俺としては複雑な気持ちもあるけれど。


 そんな事を考えながら近付こうとする男達を威嚇し続けていると、隣に立っていた真白が俺の顔を覗き込んでいた。


「龍介、さっきからすごい顔。眉間にシワ寄っちゃってるよ」

「ああ、すまん。さっきから周りの男共が真白の方を見てたから威嚇してたところだ」


「ふぇ? あ、ありがと……?」

「どういたしまして。あとな、これを羽織っとけ」


 俺は持っていたビーチタオルを真白の身体に被せた。


 バスタオルより大きなビーチタオルなら、小柄で華奢な真白の身体をすっぽりと包む事が出来る。周囲の視線を集めているその豊満な胸元や、なめらかな曲線を描くお腹周りを隠すにはちょうどいいだろう。


 魅力的すぎる真白の肌の露出を抑える事で不用意に近付く輩も減らせるはずだし、何より真白の水着姿を他の男に見せたくないというのが俺の本心でもあった。


 そう思いながらきょとんとした様子の真白の頭をぽんぽんと軽く叩くと、彼女は頬をほんのりと赤く染めて上目遣いに俺を見つめてきた。


「もしかして龍介、他の男の人に見せたくない?」

「……見せても良いって言うと、嘘にはなる」

「えへへ……そっかぁ。龍介がわたしの水着姿、他の人に見せたくないって嬉しい」


 真白は嬉しさを噛み締めるように呟いて、両手でビーチタオルの端っこを掴みながら自分の身体を包み込む。


 その魅力的な胸元やお腹まわりが見えなくなって周囲からは落胆の声が聞こえたが、それに構わず真白はふわりと柔らかな笑みを浮かべて、俺に向かって優しく囁いた。


「ありがとね、龍介。わたしも龍介だけに見て欲しいから……その、ちゃんと隠すね。龍介だけの独り占めにして欲しい」

「っば、ばか。周りの連中が真白をナンパしようと近付いてくるから。その対策であって、俺が真白を独占したいとかそんなんじゃないからな」


 本心では真白を独り占めしたいと思っているけれど、それを口にするなんて恥ずかしくて出来るわけがない。


 だからビーチタオルを羽織らせたもう一つの理由の方を伝えるが、真白は俺の気持ちなんてとっくに見抜いていると言わんばかりに、悪戯っぽく微笑んで優しい声色で語りかけてくる。


「ふふっ、龍介ってば顔真っ赤にして可愛い。そうだね、それじゃあ今回はそういうことにしておいてあげる」

「……好きにしろ」


 俺が目線を逸しながら答えると、真白は楽しげにくすくす笑い出した。


 このままでは夏の日差しに晒したアイスみたいに溶かされてしまいそうな気がする。


 真白はそんな俺をもっとふにゃふにゃにしたいのか、肩を寄せてそっと俺の手に指を絡めた。


「それなら龍介とこうしていれば、わたし達恋人だって思われてナンパさん達も来ないかも?」

「そ、そうかもしれないが海でこれは恥ずかしいだろ……」


「学校の帰り道に龍介とはいっぱい手を繋いでるよ、もう慣れっこでしょ? それに今日はいっぱい楽しませてくれるって龍介言った」

「それは確かに言ったけど……。ああもう、分かった。男に二言はない。このまま離さないからな」


 俺は真白の小さな手をぎゅっと握り返す。


 真白は花が咲いたような明るい笑顔を見せて、その小さな身体で精一杯に俺の腕を抱き寄せた。

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