第51話、海と悪役①

 広がる真っ白な砂浜。

 海の匂いを乗せた爽やかな風が頬を撫でる。

 コバルトブルーの海が燦々とした太陽の日差しを浴びて煌めいた。


 目的地の海水浴場に到着した俺達は、目の前に広がる美しい大海原を眺めている。


 多くの観光客で賑わうビーチ。

 白い砂浜というキャンバスを彩るように、カラフルなビーチパラソルが立ち並び、多くの観光客達が波の向こうで揺らめいている。


「すごいね、龍介。海が煌めいて宝石みたいに綺麗。天気も良いし今日は最高の海水浴日和かも」

「ああ、そうだな。本当に綺麗だな」


 海を眺めながら両手を広げて、潮風に身を委ねる真白。


 ふわふわ揺れる純白のワンピースと柔らかそうな黒髪がさらりとなびく姿は、天使の羽衣がはためいているようだ。


 その光景はあまりにも美しく見えて、俺は海の景色よりも隣に立っている真白の姿に目を奪われている。


(本当に綺麗だな)


 夏の日差しの眩い光に照らされて、彼女の美しさは更に増すようだった。


 思わず見惚れてしまい、不意に真白と目が合った。


 彼女は少し恥ずかしそうに微笑むと、俺の手にそっと指を絡めてきた。


 触れ合う小さな手のひらは温かくて、そこから伝わる真白の体温が心地良い。心臓が早鐘を打つように高鳴って、顔には熱を帯びていく。


 そして何よりも真白に見惚れていた事を気付かれたのが恥ずかしくて、俺はその照れを誤魔化すように慌てて顔を逸した。


 そんな俺の顔を覗き込もうとしながら真白は悪戯っぽい笑顔を浮かべている。どうやら俺が何を考えているのか全部お見通しらしい。


「あは、龍介どこ見てるの? ほら、こっち向いて?」

「嫌だ」

「えー? どうして?」

「だって今、変な表情になってるだろ」

「そんなことないってば。きっと可愛い顔してるよ」

「嘘つけ、絶対に変だ」


 照れて赤くなった顔を真白に見せないよう、俺は頑なにそっぽを向いたまま。その様子がおかしかったのか真白はくすくすと笑みをこぼしている。


 俺と真白がいつものようなやり取りを繰り広げていると、妹の舞がそれをにまにまとした顔で眺めていた。


「お兄ちゃんと真白さん、やっぱり仲良しさんだねー。いつもそうやってイチャついてるの?」

「ば、馬鹿。いちゃついてない。真白にからかわれてるだけだ」

「本当かな~? あたしにはそうは見えないけどな~?」


 舞にまでからかわれて、余計に恥ずかしさが込み上げてくる。このままじゃ夏の日差しと照れの熱さで熱中症にでもなりそうだ。


「と、ともかく今日は海水浴に来たんだ。海の家に更衣室とかあるから、早めに移動して着替えてこないと」


「あっ、お兄ちゃん誤魔化した。真白さん、お兄ちゃんとっても照れちゃってますよ?」

「ふふ、わたしも舞ちゃんと同じ意見です。龍介くんはとっても可愛いですね」


「……っ。まじで熱中症になる」


 からかい上手の真白に俺はタジタジだった。

 舞は舞で俺を弄りながら楽しそうな様子を見せているし、二人共良い性格をしていると思う。


 そんな二人を連れて俺は海の家へと向かう。


 この海水浴場に建てられた海の家はかなり立派な造りをしている。


 中にはたくさんの種類の食べ物が売られていたり、奥には更衣室、シャワールームの他にも女性向けにパウダールームが設けられていたりする。荷物を預かってくれる鍵付きのロッカーもあるので便利だ。


 ビーチパラソルやレジャーシートなどのレンタルも出来るらしいので着替えを終えたら借りていこう。


「真白は舞を頼むよ。俺も着替えてくるからさ」

「うん、水着に着替えたらまたここで集合しようっ」

「やった! ついに真白さんの水着姿が見れるんですね! あたしとっても楽しみです!」


 テンション高めな舞を連れた真白は、海の家の中にある女性用の更衣室へ入っていく。


 その後、俺が反対側の男性用の更衣室へと向かおうとしたその時だった――。


「――げ、進藤龍介……っ?」


 聞き覚えのある声が耳に届いた。いや、まさか、聞き間違えだと思いたい。


 恐る恐る振り返ると……そこには信じられないものを見るような目でこちらを見つめる一人の男の姿があった。


 そしてそれを見た俺の顔はみるみると青ざめていく。


 何故ならそこにいたのは……この物語の主人公――布施川ふせがわ頼人らいとだったのだから。

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