第50話、みんなで海へ

「ふふん♪ ふふんっ♪ ふっふーふん♪」

「舞……はしゃぐとコケるぞ」


 海へ遊びに行くその日、妹の舞はそれはもう上機嫌だった。


 俺が真白に『妹が一緒に海行きたいって言ってる。連れて行っても大丈夫か?』とRINEを送ると、秒で返信が来て『おっけー! わたしも舞ちゃんと遊ぶの楽しみ!』と可愛い白猫のスタンプと一緒に快諾をもらう。


 舞にその事を伝えると跳んではしゃいで喜んで、どんな水着を着ていこうか、当日の服装はどうしようか、持っていく浮き輪のデザインは……と、海に行く予定の日までずっと遠足前日の小学生のようにはしゃぎ続けていた。


 それから出かける日がやってきた今日の朝もテンションが高すぎて、ベッドで寝ている俺の上に飛び乗って「おはよーお兄ちゃん!! 朝だよ、海だよ! 支度しよー!!」と起こしに来る始末。寝ている最中に腹部におもいっきり衝撃が走って死んだかと思った。


 今も真白との待ち合わせ場所であるバス停に向かって歩いているのだが、ふんふんと鼻歌を奏でながら弾むようにスキップをしている。


 着てきた服もかなりの気合の入れようで普段の舞からは想像出来ないくらいに今日は大人っぽい格好をしていた。


 茶色の髪をポニーテールにしてリボンで纏めており、デコルテが見える白いブラウスに紺色のフレアスカートを合わせている。


 以前の舞は悪役である俺の妹という事もあって、ギャルっぽい服装で出かける事が多かった。けれど最近は真白の影響を受けてか、妹もこういう清楚な感じの服装を好むようになっている。


 それにしても……本当に楽しそうだな。


「舞、そんなに真白の水着姿が楽しみなのか?」

「もっちろんー! 逆にお兄ちゃんは楽しみじゃないの? あの真白さんが惜しげもなく、あの綺麗でスタイルの良い身体を見せてくれるんだよ?」

「そりゃあ……まぁ、確かにそうだけどさ」


 妹の舞は真白と同性だし水着姿をじろじろ見ても何も言われないだろうけど男の俺だとそうはいかない。


 俺が舞のように興奮して鼻息荒くしてしまったら、真白から変態扱いされかねない。あくまで紳士的に、そしてクールでいなければ。俺はこの海水浴で平常心を保ち続ける事を心に決めて、同時に舞が暴走しないよう気を付けなければと思った。


 スキップしながら楽しそうに前を歩く舞を見守りつつ、俺は待ち合わせ場所であるバス停に向かって歩き続ける。


 すると程なくして、目的の場所が近付いてきた。


 遠目に見ても分かる。

 そこには既に真白の姿があり、彼女はこちらに背を向けて立っていた。


 なんというか彼女の周りだけキラキラとしたオーラが放たれているように見えるんだよな。真白の後ろ姿だけでも絵画にしたいくらい美しい。


 真白がいる事に気付いた舞は大喜び、両手をぶんぶんと振って声を上げる。


「真白さーん! お待たせしましたー!」

「あっ、舞ちゃん。おはようっ」


 振り向いた真白は優しい笑顔を浮かべて、こちらに向けて小さく手を振った。


 舞は真白の私服姿を見て感極まってしまったのか瞳をうるうると潤ませている、俺も真白の姿を見て思わず息を飲んでいた。


 後ろ姿だけでも凄く綺麗だったけれど、こうして正面から見る真白の姿は天上から舞い降りた天使にしか見えない。


 白く透き通った肌に、そよ風でさらりと揺れる艶やかな黒髪。首筋から鎖骨にかけて描かれる曲線は艶めかしくて、母性の感じる豊満な胸が手を振る度にたゆんと柔らかそうに上下に動いている。


 そして眩い日差しの下で被る麦わら帽子に、清楚可憐さが満ち溢れる純白のワンピース姿は、夏の魅力が全て込められたような存在感を放っている。


 真白がいるだけで辺りに響く蝉の鳴き声が心地良くて、爽やかに吹く風の匂いがいつもより鮮明に感じられる気がした。


 何度見ても真白の美しさには目を奪われる。俺は真白に見惚れて呆然と立ち尽くしてしまい、隣にいる舞も目を輝かせていた。


 こんなに可愛い女の子が俺の幼馴染なんだぞ、と世界中の人々に自慢して回りたい。ともかく今日の真白も圧倒的に無敵で最強に可愛かった。


 それから我を取り戻した俺と舞はバス停に辿り着き、すぐに真白の隣に並ぶ。でれでれになっている舞を置いといて俺は真白に話しかけた。


「遅くなって悪いな、舞が家を出る直前まで服装をどうしようか悩んでてさ」

「大丈夫だよ。わたしも今来たところだから。舞ちゃん、今日もとっても可愛いねっ」


「う、うう……真白さんこそ可愛すぎます……! 天使です、女神です! やばい……ああ、心臓破裂しそう!!」

「あはは、舞ちゃんは大げさだなあ。でもありがとっ」


「あ、あの! 今の真白さんの事、写真撮ってもいいですか!? あたし、スマホの待ち受けにします!!」

「いいよっ。じゃあわたしも可愛い舞ちゃんのこと撮ってもいい? 二人で写真の撮り合いっこしよっか?」

「もっちろんです!! ぜひお願いします!! わーいっ、嬉しいなー♪」


 まるで本当の姉妹のように仲睦まじく話す二人。それからスマホを取り出してお互いに撮影会を始める。


 舞は真白に写真を撮られて、嬉しさのあまりその場でぴょんと跳ねて喜んでいた。


 そして次に舞は真白の姿をスマホのカメラに収めて、だらしない笑みを浮かべて頬を緩ませる。そんな姿を真白にからかわれて、二人の楽しそうな笑い声が響いていた。


 俺は二人の微笑ましい光景を眺めながらバスの到着時刻を確認する。


「あと5分くらいしたら来るみたいだな。舞、バスの中ではしゃぎすぎて他のお客さんに迷惑かけないように」

「大丈夫だよー、お兄ちゃん! あたし、真白さんと一緒ならいつだって良い子だもんねー!」


 そう言って舞は真白の腕にしがみつくと、甘えるように身体をすり寄せていく。真白は優しく舞の頭を撫でており、二人共とても幸せそうだ。


「真白、ありがとな。妹の面倒を見てくれる感じになっちゃって」

「えへへ、気にしなくていいよ。舞ちゃんと一緒にいるとこっちまで楽しくなるの。それに舞ちゃんの笑顔を見るとすごく癒されるから」


 よしよしと舞の頭を撫でる真白の手つきはとても優しい。普段は俺に甘えん坊な真白が、舞に対しては優しくて包容力のある素敵なお姉ちゃんそのものだ。舞も普段よりもずっと無邪気で、まるで幼い妹のような様子で真白に甘え続ける。


 二人が仲睦まじくしている様子を目にしながら、俺は穏やかにバスが来るのを待つ。


 正直、今日はキャンプの時のように急な悪天候で海水浴は中止になってしまうんじゃないかと思っていた。この世界の神様が悪役である俺に対して、再び妨害工作を仕掛けてくると予想していたからだ。


 だけど天気は快晴、雲一つない空模様。海に行くのにこれ以上のコンディションはないと思う。何か別に企んでいるのか……ともかく、このまま何も起こらない事を祈るばかりだ。


 それからしばらくして俺達の前に一台のバスが停車する。


 夏の暑さを感じさせる強い日差しから逃げるようにして、俺達はバスに乗り込んだのだった。

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