第31話、真っ向勝負

 学校が近付いてくると、俺と真白は周囲の生徒達から多くの視線を集めていた。


 だがそれは先週にもあった『明確な敵意』を込められた視線ではない、どちらかと言えば羨望に近い眼差しだ。


 黒く髪を染め直して、爽やかな短髪に変わった影響を俺は既に感じ取っている。そして何よりも俺の隣を歩く彼女の姿に誰もが目を奪われているのだ。


 真白がこうして歩いているだけで通学路という空間が輝きを放つ。その光は背景要員であるモブキャラ達にとってあまりに強烈すぎて、眩しすぎて、思わず見惚れてしまうのは当然の事。


 そしてそんな彼女の隣を歩いていても、嫉妬や憎悪が俺に向けられる事は全くない。


 以前の不良っぽい見た目なら『どうしてあんな可愛い子があんな男なんかと』と負の感情が込められた視線と言葉が俺達に向けられていただろう。


 でも今の俺は最強の美少女である真白の隣を歩くのに相応しい姿になった。つまり俺は真白の引き立て役ではなく、隣を歩ける程の好青年に変われたのだ。


 ただ普段と違う視線を浴び続けるというのは少しむず痒い。俺はいつもとはまた違う居心地の悪さを感じていた。


 すると俺の変化に気付いた真白が小さく笑い声を漏らす。そして肩を寄せながら上機嫌な様子で口を開いた。


「龍介ってばなんだか緊張してるっ?」

「緊張、というかそうだな……周りの反応がいつもと全然違うから、少し不思議な気分だ」


「あはは、分かるかも。わたしも髪を黒く染め直して清楚っぽくしたらさ、登校中とか学校にいる時とか、すっごい見られるようになったんだ。だから龍介の気持ちもなんとなくだけど理解出来るかなー」

「やっぱりそうか。まあ俺はともかく、真白は最強に可愛いからな。おしゃれだし、性格も良いし、いるだけで空気が変わる。周りの反応も頷けるよな」


 いつもと違う環境にいたせいか、普段いくら思っても口に出す事はない真白への褒め言葉を無意識のうちに言ってしまった。もちろんそれは真白にも聞こえていて、彼女は目を丸くして俺の顔を見上げていた。


 そしてその直後、顔を赤く染めた真白は顔を逸して、俺の袖口を掴んで俯きながらぼそっと呟く


「ふ、不意打ちは反則だよ。龍介のばかっ……」

「……っ! いや不意打ちのつもりじゃなくてだな! その、普段から思っていた事が急に出ちゃったというか……!」


「りゅ、龍介が追い打ちをかけてくるーっ! 普段から思ってたって……もうっ!」

「あ、いや……これはその……」


 完全に墓穴を掘ってしまった。

 真白の照れ顔を見ているとこっちまで顔に熱を帯びてしまう。というか今かなり恥ずかしい事を言っていたぞ俺。


 そして気付いた時にはもう遅かった。

 登校中に、周りにたくさんの生徒がいる状況で、こうして真白とイチャついたものだから、俺達に浴びせられる視線は更に強くなっていた。


 その視線に真白も気付いたのか、顔を真っ赤にしたまま視線を落とす。俺も急に恥ずかしくなって頬を掻いて二人で黙ってしまう。


 それからしばらくは無言のまま歩き続けた。

 でも嫌な沈黙じゃない。むしろ心が温まるような優しい空気が流れていて、それが妙に心地良い。


 こうして俺達は学校へと辿り着いた。

 多くの生徒が校門をくぐっていく中で真白は立ち止まる。


「どうした真白?」

「あのね、龍介。ちょっとこっち向いて?」

「ん?」


 言われたとおりに真白の方に向き直すと、彼女は背伸びをして俺のネクタイに手を伸ばした。そして結び方を整えてネクタイを真っ直ぐに伸ばすと小さく笑う。


 その笑顔はいつもより大人びていてどこか色っぽい。そんな真白に見惚れていると、彼女はゆっくりと手を離して囁いた。


「これでよしっ。カッコいいよ、龍介」

「……あ、ありがとな。その、嬉しい」


「うんっ。それじゃあ教室に行こ。みんなを驚かせてあげないとね」

「だな。行こう」


 そうして俺と真白は校門をくぐって校舎の中へ入っていった。


 通学路の時と同じような視線を昇降口でも、教室に向かう廊下への道中でも受けながら、俺達は教室へと向かう。


 真白は一組なので俺よりも先に教室に辿り着く。中に入る前に彼女はぽんっと俺の背中を軽く叩いた。


「応援してるからね、龍介。頑張るんだぞっ」

「ああ。昼休みになったらすぐそっちに行く。待っててくれよ」

「分かった。待ってるね」


 そして真白は自分のクラスである一組の扉を開けて、俺はすぐ隣の二組の扉を開けた。


 ここからは一人だ。

 俺一人でこの世界の不条理に抗う必要がある。


 だが不安はない。

 真白が応援してくれているんだ。それだけで俺は負ける気がしなくなる。


 俺が教室に入るとクラスメイト達の視線が一斉に集まった。


 外ではガラリとイメージを変えた事もあって、俺が進藤龍介だと気付いていない生徒が多かった。


 でもこの教室ではそうはいかない。

 いくら髪を染めて爽やかな好青年のようになっても、クラスメイト達は俺が悪役の進藤龍介であると認識する。


 だからと言って怖気づくつもりはない。

 心に決めたからな。真白を幸せにするって、その為に俺は変わるんだ。


 教室に玲央の姿はまだなかった。バスケ部の朝練でまだ来ていないんだろう。しかし玲央以外の主要人物は全員揃っている。


(ようやくだな……布施川頼人)


 ヒロイン達も目を丸くして驚いているが、俺の変化に誰よりも驚いているのはこの物語の主人公、布施川頼人だ。


 俺が教室に入った瞬間に奴はガタッと席から立ち上がり、その表情は驚きと困惑に満ちていた。そして決して目を逸らす事なくずっと俺を凝視している。


 その表情からお前が今何を思っているのか手に取るように分かるよ。お前は今心の中でこう叫んでいる事だろう。


『ちょっ!!?? 俺とキャラ被ってる!!!!』


 ああそうだよ、被せたんだよ。

 モブキャラではない俺が黒髪短髪の王道主人公の姿をすれば、当然それはこのラブコメ世界の主人公である布施川頼人と被ってしまう。


 だがそれで良い。むしろそれでこそ意味がある。


 先週俺はお前に対して悪役として振る舞い、真白をお前から守りきった。あの時点で俺はもう完璧に主人公の敵であると世界に認識されている。


 ならばもう逃げも隠れもしない。

 俺は正々堂々と正面から向かい合う。


 原作にあった破滅の未来を覆す為に、真白と一緒に青春を謳歌する為に。


 俺は悪役ではなくモブキャラでもなく友人キャラでもなく、この物語の主人公になってやる。原作をぶっ壊す程のイレギュラーを巻き起こしてみせるのだ。


 数多のヒロイン達とハーレムを築き、色鮮やかな青春を謳歌する布施川頼人が主人公に相応しいのか。


 それとも一人の女の子を幸せにする為に、この世界に抗い続ける俺が主人公に相応しいのか。


 真っ向勝負と行こうじゃないか――。

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