第30話、変化

 日曜日は計画の実行で大忙しだった。


 その日もまた真白に手伝ってもらって、俺の考えていた内容が行動に移され、徐々に形を成していく。


 そして迎えた月曜日の朝。


 学校に行く支度を終えた俺は洗面所の鏡と向かい合っていた。

 

 ネクタイを首元まで上げて、ボタンを締めて制服をしっかりと着こなす。


 そして鏡に映る自分に向けて俺は大きく頷いた。


 真っ黒に染め直した髪。

 少し長めだった髪を短く切って爽やかな印象に。


 耳元で光っていたピアスは全て外し、厳つい顔が少しでも和らぐよう眉毛も整えた。


 鏡に映るのは眩しいくらいの好青年だ。

 今までの不良らしい俺の姿はそこにない。


 俺はずっとこう考えていた。

 髪というのはラブコメ作品において重要な役割がある、と。


 キャラクターを表現する際に個性を際立たせる為、マンガやアニメ・ゲームでは多彩な髪色や髪型が用いられる場合が多い。そしてそれはコミックから始まり、アニメ化されて人気を博した『恋する乙女は布施川くんに恋してる』でも同様だ。


 特に主人公側は分かりやすい。髪色や髪型の役割が顕著に出ている。


 主人公、布施川頼人はシンプルな黒髪短髪。


 正統派美少女のヒロイン、花崎優奈は光沢のある赤髪ロングヘア。


 活発系の幼馴染ヒロイン、姫野夏恋は濃い青色のツインテール。


 イギリス系ハーフの生徒会長、桜宮美雪は美しいブロンドの長髪を上品に巻いている。


 主人公の親友キャラである玲央も銀髪の爽やかイケメンだし、その友人の西川恭也は栗色のベリーショートだ。


 こうして主人公側は一切の被りがなく、ひと目見てそのキャラクターが誰か分かる記号のような形で髪色と髪型が分けられていた。


 そしてそれは特別な役割を与えられた不良キャラである俺や真白もそうだった。


 不良っぽい少し長めの髪を茶色に染めていた俺、ギャルだとひと目で分かるよう髪を金色に染めてサイドテールに結んでいた真白。他の不良キャラも同様で誰が見ても『それっぽい』と思わせるような髪型と髪色をしていた。


 そうして俺達は物語の登場人物として記号化され、マンガの読者やアニメの視聴者から分かりやすく認識される。


 そこに重大なヒントがあった。

 俺はとある事がきっかけでそれに気付いたのだ。全部真白のおかげだ。


 彼女は俺の好みに合わせたいと、俺への想いを努力に変えて、見た目を大きく変化させた。


 黒髪ロングというヒロインを代表するような王道的な髪型に変え、服装もギャルとは思えない清楚さ溢れる上品な姿を意識するようになる。そして誰もが魅了される程の最強の美少女に生まれ変わった。


 するとこの世界は彼女への認識を改める。甘夏真白に悪役は相応しくない、主人公に恋するヒロインの一人としての役割を彼女に与えようとした。それは決して原作にはなかったイレギュラーな展開だ。


 つまり――俺もこうして髪色から髪型、服装に至るまで悪役に相応しくない姿を取れば、それが大きな力になるのではないかと考えたのだ。


 ただ、俺が歩んできた進藤龍介の過去は悪役に相応しく、真白のようにすぐ別の役割を与えられるような展開にはならないだろう。だがこの変化は確実に良い影響を与えるはず。


 それだけじゃない、この『黒髪短髪』というのはモブキャラではない俺にとって大きな意味合いを持つものでもある。それについては教室に着いてからのお披露目となるだろう。


 本当はもっと早くから髪型や髪色を正しておきたかったのだが、平日は忙しすぎて美容院に行っている時間もなかったし、急ぎすぎたあまり失敗してしまう可能性もゼロにしたかった。


 だから俺は既に成功している真白を頼ったのだ。

 彼女が通っている美容院を聞いて、同じ美容師さんの手でこのプランを実行に移したかった。


 そしてそれは真白の連れ添いのもと、大成功。

 髪型も髪色も全ては俺の理想通り。


「よし……完璧だ」


 大きく変わった自分を見つめながらそう呟く。


 そして足元の学生鞄を拾い上げて俺は玄関へと向かう。


 外に出ると明るくて元気な挨拶が聞こえてきた。


「おはようっ、龍介!」

「真白? お前、外で待ってたのか?」

「えへへ、龍介をびっくりさせたくてこっそりね」


 朝日よりも眩しい笑顔を向けてくる真白。

 彼女は俺を応援したくて、ずっとここで待ってくれていたのだ。


 そんな真白の天使っぷりに胸を打たれながら、俺は彼女の頭の上に手を置いて軽く撫でる。すると真白はふにゃっと頬を緩めて気持ち良さそうに目を細めた。


「ありがとうな、真白。来てくれて」

「ううん、わたしも龍介と一緒に学校行きたかったし。それに今の龍介すごくかっこいいから、もっと一緒に居たいなぁって思って」


「そっか。じゃあこれからは待ち合わせ場所と時間を決めて毎日一緒に登校するか」

「龍介と毎日一緒に登校……えへへ、やばっ。嬉しすぎて顔がニヤけるっ」


 そう言ってはにかむ真白の笑顔は、思わず抱きしめてしまいたくなるくらいに可愛くて、温かな感情が俺の胸の中に溢れていく。


 ちょうどその時、家の玄関が開いて妹の舞が姿を現した。妹は真白の姿を見つけると嬉しそうな笑みを浮かべる。


「真白さんだ、おはようございます! お兄ちゃんの所に来てくれたんですか?」

「おはようっ、舞ちゃん。龍介と一緒に学校行きたくて張り切って来ちゃったの」


「うう~真白さんとお兄ちゃんが一緒に登校なんて……嬉しすぎる~」

「これからは毎日一緒だよ。よろしくね、舞ちゃん」


「それとRINEでお話は聞いてましたけど、髪を黒く染め直した真白さんもめちゃくちゃ可愛いです~!」

「えへへ。今日からは龍介とお揃いなんだっ、嬉しいな」


 真白はゆるゆると口元を綻ばせて幸せそうに笑い、自分の髪の毛先を指で弄ぶ。


 そうか、真白も俺が髪を黒く染め直したのを喜んでくれてるのか。そう思うと俺も胸を張れる気がする。


「それじゃあ真白、学校に行こう。舞も気を付けて行くんだぞ、遅刻しないようにな」

「はーい! お兄ちゃん! 真白さんをよろしくね!」


「舞ちゃん、学校頑張ってねっ。また後でRINEするから」

「はい、楽しみにしてます!」


 舞に手を振って別れを告げて俺は真白と並んで歩き出す。その足取りはいつもよりずっと軽やかだった。

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