第3話、ラブコメの世界

 結論から言えば、やはりここはラブコメの世界で間違いなかった。


 この世界がラブコメの世界だと確証に至る光景を、俺は教室で目にする事になったのだ。


 そこは窓際の一番後ろの席。黒髪の冴えない男子生徒が憂鬱そうな表情を浮かべながら頬杖をつき、校庭の様子を眺めている。そんな彼の隣の席には目も眩むような美少女が座っていた。


「ねえねえ頼人らいとくん。今日の放課後は空いていますか?」

「ん? ああ、特に用事はないけど」

「それなら放課後一緒に遊びませんか? 行きたい所があるんです」


 赤毛の髪を腰まで伸ばした清楚で可憐な少女、その容姿は驚く程に整っており誰もが振り返るような美しさだった。だがそんな美少女に親しげに話しかけられているというのに、隣の男子は気怠そうな様子で返事をする。


 それだけならまだ日常の光景、俺が生きていた元の世界の青春時代にもあったごく普通のワンシーンにしか見えない。しかし、それで終わらないのがやはりラブコメの世界だ。


 冴えない男子生徒と赤髪ロングヘアの美少女が話し合っていると、前に座っていた濃い青髪のツインテール少女が振り返る。これまたとびっきりの美少女で可愛らしく整った顔立ちをしていた。


「ちょっと頼人、あんた今週の掃除当番でしょ? 忘れてるんじゃないでしょうね」

「……あっ、すまん。すっかり忘れてた」

「まったくもう、しっかりしてよね。ちっちゃい頃から抜けてる所は変わんないだから。今日の掃除はあたしと二人、忘れないでね」


 呆れたようにため息をつくツインテールの少女はきっと幼馴染なのだろう、冴えない男子高生は申し訳なさそうに頭を掻いた。ちょうどそのタイミングで教室の扉がガラリと開いて、またもやびっくりする程の美少女が姿を現す。


 ウェーブのかかった長い金髪を靡かせ、宝石のような碧眼で教室内を見渡している。外国人なのかと疑う程に美しい少女だ。


 そして彼女も気怠そうな男子生徒の方に近付いていった。


「頼人さん、ごきげんよう。生徒会への加入の話、考えて頂けました?」

「あー生徒会長。悪い。もう少し考えさせてくれ」

「放課後、生徒会室で話しましょう。わたくしにはあなたの力が必要ですわ」


 冴えない男子生徒と金髪碧眼の美少女は互いに親しげな様子で会話を交わしている。その光景を見て周囲の美少女達はヤキモチを妬くように声を上げる。美少女達がその男子生徒を相手に恋心を抱いている事は一目瞭然だった。


 だが彼はその事に全く気付かず、美少女達を前にして照れるわけでも嬉しがるわけでもない。むしろその反応は真逆、実に面倒臭そうな顔をしていた。


 隣の席に座る赤髪の正統派美少女。

 元気があって活発そうな可愛らしいツインテール幼馴染。

 知的で美しい金髪碧眼の生徒会長。


 そんな美少女達に窓際の一番奥の席で囲まれる冴えない男子生徒。


 その見覚えのある眩しい光景は俺にとって馴染み深いもので、この世界が一体どのラブコメ作品を舞台にしているのかに気付くのだ。


(やっぱりここはラブコメの世界……しかもあの大人気ラブコメ『ふせこい』の世界じゃないか)


 俺が呼んでいる『ふせこい』とは高校生活を舞台にした青春ラブコメ【恋する乙女は布施川ふせがわくんに恋してる】の事だ。


 コミックの連載時からかなり話題になっていた作品で、アニメ化してからは爆発的なヒットを飛ばした。


 主人公に一直線な女の子達と胸焼けする程の甘々な恋愛を繰り広げるハーレムラブコメで、社畜として毎日地獄を見ていた俺にとって唯一の癒しと潤いだったのでよく覚えている。


 作画が良くてストーリーも面白くて声優陣も豪華で、前世の俺は『ふせこい』にかなりハマっていた。


 その主人公の名前が布施川ふせがわ頼人らいと、そして彼に集まる三人の少女達の特徴も『ふせこい』のヒロイン達と完璧に一致しているし、先程のやり取りもふせこいの序盤にあったシーンそのままだった。


 まさか大好きな『ふせこい』の作中でのやり取りを、画面の向こうではなく現実で見られるとは夢にも思わなかった。異世界転生やっぱり最高――と喜びたいところだったが……俺の心中は穏やかじゃない。


 俺は主人公とヒロイン達のやり取りを眺めながら、自分の席――教卓のど真ん前の席に腰を下ろす。そして自分の置かれた状況を改めて理解した事で、俺は机に突っ伏して大きな溜息をついた。


 ここが『ふせこい』の世界だと気付いた事で、自分が転生した進藤龍介というキャラクターについても思い出す事が出来たのだ。


(間違いない……進藤龍介。ふせこいに登場する超絶悪役キャラじゃないか……)


 主人公である布施川頼人を目の敵にしており、数々の嫌がらせを主人公に対して行う。しかし、それも主人公の成長を促す為の当て馬であり、最後は主人公によって打ちのめされる事になる。


 その後は反省して心を入れ替えたり改心したりするような展開はなく、逆恨みで主人公に復讐しようとするが数々の悪事を白日の下へ晒されて、高校一年の三学期になったタイミングで退学処分どころか警察によって逮捕され、社会的に抹殺される未来が待っているのだ。


(ふせこいの人気キャラ投票でぶっちぎりの最下位……しかも忘れられたモブキャラとかじゃなくて、純粋に読者から嫌われて最下位取ってたんだっけ……)


 とんでもない話だ。

 大好きな『ふせこい』の世界に転生してきたというのに、俺は破滅的な最後を迎える悪役キャラに転生してしまったのだ。


 進藤龍介の役割は、その存在によってヒロイン達を窮地に立たせ、最後には主人公の手によって断罪される。そしてその悪を討った事で壁を乗り越えた主人公とヒロイン達が結ばれる為の舞台装置――つまり物語における噛ませ役の悪しき存在でしかない。


 だがそれは俺が転生してこなければの話。前世では真面目だけが取り柄だった俺が、この悪役へと転生した。こうして転生してしまった以上、逃げ道などない。覚悟を決めるしかないのだ。


 やってやる。まだ可能性はゼロじゃない。

 いくら今まで不良の道を進んできたとしてもまだ高校一年生だ。


 それに日付を見れば一学期。

 主人公達によって断罪されるのは三学期でありまだ先、更生の道はいくらでもある。


 そして俺には原作の知識――つまりこれから起こる未来への知識が備わっているのだ。その知識を最大限に利用して立ち回れば、少なくとも俺が主人公達から断罪されるような結末にはならないはず。


 せっかく俺の大好きなラブコメ作品、ふせこいの世界にやってきたのだ。その世界を楽しむくらいしないともったいない。


 二度目の人生を今度こそ悔いのないように、ハッピーエンドで終わらせてみせる。


 俺は決意を固めるように拳を強く握り締めた。

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