第8話 青天の霹靂

颯斗ハヤト先生、谷川タニガワさんの結婚式呼ばれました?」


「いいえ。え?結婚するの?」


「呼ばれてないんですか?仲良さそうだったから呼ばれたかと思ってました。」


ある朝、颯斗ハヤトは病棟の入り口で唐突に美里ミサトの結婚を知る。いつの間に?おめでた婚?頭の中を要らぬ考えがメグる。


まずは仕事をせねば。彼女に会ったら事実かどうか聞いてみよう。いや招待客がいるのだから事実だろう。しかし彼女の口から聞きたい。カンファレンスルームに向かう。美里ミサトがいた。これは聞かねば。


「ねぇ、結婚するって聞いたんだけど。」


「はい、そうです。」 


「へぇー、そっか、そっか。それはおめでとうございます。お幸せに。」


「ありがとうございます。」


普通の会話を済ませ、何事もなかったかのように仕事に戻る。颯斗ハヤトにとっては青天セイテン霹靂ヘキレキだ。美里ミサトはいつも傍らにいた。俺の「推し活」とは言え、かなり俺に好意を持っていたはずだ。いつの間にそんな男が。結婚するほどだ。あんなに心が通じ合った「推し活」の最中も男がいたのか?それならかなりの上手ウワテだ。というか俺も既婚者だしそもそも俺にどうのこうの言う資格はない。しかし、驚いた。もう今までのようにはいかないな。


颯斗ハヤトは少し寂しさを覚えたが、そもそも颯斗ハヤトが始めた独特な「推し活」の世界に美里ミサトを留めておく立場にない。


そして自分の美里ミサトへの思いが「推し活」を越えていたことに気づく。そう途中から気づいていた。「推し」のナースには俺の「推し」だからと軽口が叩けるのに、美里ミサトの前では言えなかった。多分それ以上の存在だったからだ。そんなこと彼女にも周囲にも悟られてはならない。だから自分の感情を認めたくなかった。


「こんな気持ち、誰にも言えない。」


美里ミサトは結婚退職するらしい。夫になる人が激務で夜中まで帰宅しないこともあるそうだ。


そうか、去っていくのか。


彼の一つの「推し活」が終わろうとしていた。




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