第7話 いつのまにか
いつが始まりかわからない。ずっと後になって考えてみても結局わからなかった。彼の魔の手に堕ちたのがいつなのか全く覚えていない。
とにかく優しくて仕事ができる。一緒にいて楽しい。死生観も同じ。大勢の家族に囲まれ亡くなった患者を
「なんか、良かったよね。」
「うん。」
「やっぱり!君だけはわかってくれると思った。良かったよね。あんなふうに死にたいよね。」
一緒に歩いていた研修医は、患者が亡くなったというのに何が良かっただよとも言いたげな顔をしている。
常に
「これを見て何とも思わない?」
と雑務をこなす私に聞いてくる。私は鈍いしそもそも既婚者の
「特に何も思いませんが?」
「へー!思わないんだ!」
しばらくしてからああそういう事かと思うのだけどなぜ私に聞いてくるのと腹も立つ。
その上、彼には心を掴まれてばかりだ。他の医師に私が仕事でミスをしたと誤解されそうになった時大きな声で
「良いんです!彼女は合ってます!」
と彼は私を
そんなことを繰り返しながらいつも彼の傍らにいるようになり、ついには彼の香水の残り香さえ愛おしくなっていた。
「はあ、堕ちてしまったか。」
毎日ため息が出る。足取りも重くなる。これは彼の「推し活」だ。恋愛つまり不倫なんて彼はしないし私もしたくない。
噂の男ではあるけれど彼が妻を溺愛し家族を大切にしているのはなんとなくわかる。決して一線を越えないし、越えたくもない。
好きとは言わない。
暗黙のルールに少し辛くなってきていた。そこに好きとか愛とか立ち位置とか立場すらないのだ。
「こんな気持ち、誰にも言えない。」
ふわふわとした「推し活」の世界に
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