第20話 Love connection 太陽~The Sun~

「処分、ではなくて、処理、をお願いしたんですが・・・もう少し言葉を理解出来る人間に掃除させてくださいよ。片付けるのも楽じゃないんですよ」


「いや、さすがにこんだけの数になると加減は無理だって。これでもマシなほう。うちの部隊ほぼ全員血みどろ」


「危ない物は持ち込まない、使わない、興味を持たない。平和に生きるための鉄則ですよ。残数は?」


「空っぽ」


指に引っ掛けたコルトを玩具のように揺らしてへらへらと笑って見せた永季をひと睨みする。


「怪我は?」


「それを先に訊けよ。返り血」


まあそうだろうなと思いつつ、一つを息を吐いた。


合法違法関係なく、九条会の管轄地区では薬物は一切禁止だ。


内部の人間も上から下まで全員が徹底して手を出さないように統制されている。


が、境界線の微妙な地区では時折大陸から流れて来た曰く付きの薬物が出回る事があり、そこに厄災を背負い込んだ人間が絡むとさらに事が大きくなるので、実働部隊のトップである永季の指揮下で見回りを行っていたのだが、怪しいと踏んだ場末のスナックがまさに温床になっていて、先に動いた永季のフォローで出向いた時にはすでに店の中は地獄絵図と化していた。


どうやら数人が相当暴れ回ったらしく、店の中は半壊で、カウンターの奥で震えていたバーテンダーとホステスは、茫然自失状態。


一先ずいつもの主治医の元に担ぎ込ませて対応を依頼して、首謀者たちから必要な情報を聞き出そうとするも、意識を保っている者は皆無。


腕の立つ人間ばかりで構成されている永季の部隊がこうも手こずるのは、手遅れの人間を相手にしたせいか、それとも別の原因に苛まれているせいか。


「バックヤードにぶんじばってる奴が怪しいな。那岐は?」


「連絡は入れてますが、まあ、そのうち来るでしょう。朝までには終わらせますよ」


警察への連携は永季が上手くするだろうが、この辺りへの根回しは瑠偉の仕事になる。


そこかしこに空き瓶やらガラスの破片やら椅子の断片が散らばる埃っぽい床の上を、不協和音を奏でながら踏み鳴らして、ポケットから取り出したグロックを永季に差し出した。


「無駄撃ちはしないように」


「へいへい。早く帰って朝ご飯の用意しなきゃだもんなぁ・・・お、来た」


カラコロとカウベルが鳴って、半地下の店に那岐が顔を覗かせる。


割れたランプシェードを見上げて面白そうに顔を歪めた。


「凄いなここ・・・奏がやってるゲームの廃墟みたいになってる」


「大抵あなたがいつもこうするんですけどね。六合は?」


「奏とゲームしているから置いて来た」


「おや珍しい」


「今朝方近くで火事があってさぁ、あんまり眠れてなかったから、ちょっと心配でね。あ、瑠偉、仲直りおめでとう。天后が気にしてたよ」


「え、なに、喧嘩したのお前」


「してませんよ。ちょっとした行き違いです。これからは余程の事が無い限りは天后を借りるつもりはありませんから」


「へえ、やっと表に出すんだ?」


「そのつもりです。勿論、必要最低限、ですけどね。僕にも部屋を隠せるような特殊能力があれば安心なんですが、そうもいきませんので」


「なにそれ、嫌味?必要な時はいつでもウチをセーフハウス代わりにしていいよ」


「結構です。那岐の気まぐれで締め出し食らわされたら、溜まったもんじゃありませんから」


「あれは、静乃ちゃんに頼まれたからだよ」


「え、なに。那岐はもう名前で呼んでんの!?俺は写真でしか見た事ねぇのに!?」


「写真も見せた覚えはありませんよ」


「時々こっちで見守り隊やってるからさ。大人しそうな子じゃん。歴代の女の中で一番地味・・・」


「永季」


「悪かった・・・」


「心配事があるなら六合か天后貸すよ?」


「そうですね。万一依頼をしたらその時は頼みます」


「今んとこなーんもねぇけどな。その何とかって女の退職手続きも終わったし、もう来ないんじゃねぇの?元彼の被害もストーカー行為とSNSでの誹謗中傷だろ?よくあるやつじゃねえか」


「出来ればもう静乃の前に現れて欲しくないんですよ。目にも心にも良くないでしょ?」


「・・・・」


微妙な視線が那岐と永季の二人から向けられたがそこは綺麗に無視した。


SNSに投稿されていたのは静乃の後ろ姿の写真だったが、背景から場所を特定する事はそう難しくもない。


何より、勝手に静乃の姿を晒された事が許せなかった。


書かれた誹謗中傷よりも、あの後ろ姿を興味本位で不特定多数の人間が目にした事が。


久しぶりに煙草が必要になって、胸ポケットからダビドフを引っ張り出す。


こういう場所ではどれだけ灰を落としても罪悪感を抱かずに済む。


ゆっくりと吸い込んで、バックヤードを指さした。


「対象者は奥。終わったら永季に引き継いでください。今日は物が壊れても構いません。うちのものじゃないですしね、此処」


「朝ご飯は何にする予定?」


「中華粥・・・ってなんです?」


眠る前に見ていたバラエティー番組で紹介されていた貝柱がたっぷりの中華粥に、静乃が目を輝かせていたからだ。


自宅に静乃が居る時は、すべての食事は瑠偉が作る。


静乃が食べたいとリクエストしたものや、彼女の好物を。


料理のレパートリーは一気に増えて、比例して平日の自炊率は右肩上がり。


反比例したのは煙草の本数だ。


自分がこんなに健康志向だとは思わなかった。


是が非でも長生きしたい、なんて言うつもりなかったのに。


まだ神様が愛想を尽かしていないのならば、是非ともお願いしたいところだ。


これからの生き方で、世の中の為に更に尽くすから。


「ほんとに料理してるんだ」


「昔からしてたでしょう」


「奏が羨ましがって大変だよ。俺包丁握った事ないのに」


「静乃が良いと言ったら、差し入れしますよ。奏さんに」


半分人間を止めているせいか、那岐は飲まず食わずでも平然としているし、食事自体に興味が無い。


一緒にいる奏は退屈ではないのだろうか、と下世話な事を考えそうになって、どんどん人間らしくなっていく自分に苦笑いが零れた。


余りにも目の前の現実と違和感があり過ぎる。


「お前胃袋掴んで落としたの?」


「胃袋も、掴んで落としたんですよ」


キッチンに立つのも、料理のレパートリーを増やすのも、全て静乃の為だが、それだけで好意を向けて貰えたとは思いたくない。


勿論愛情のこもった手料理は、静乃の気持ちを引き留めておくための重要な一項目ではあるのだが。


他の誰かの為に手料理を振舞う自分はもうイメージ出来なかった。


静乃に尋ねれば喜んで奏をご相伴に誘うだろうが、それもそれであまり面白くない。


瑠偉が静乃に向けるものは全て、彼女だけの物なので、我が物顔で独り占めしてくれればいいのに。


言えば子供っぽいと呆れられるだろうけれど。


「じゃあ、朝ごはんの準備に間に合うように、仕事をしますか。あ、永季、もう外に覆面停まってたよ」


それじゃあ後で、と手を振ってバックヤードに入って行く那岐を見送って、腕時計を確かめる。


出かけ際まで飽きる程眺めていた寝顔を思い出したら、いつのまにか溜まった灰が床に零れていた。






★★★★★★





「ん・・・んん?」


肩にかかった重みと、窮屈さに瞼を持ち上げる。


どう考えても布団の重みではない。


ぐるりと首を巡らせれば、後ろから抱き着いている瑠偉が、うっすらと目を開けた。


「まだ起きてたの・・・?ん・・・・紅茶の匂い・・・」


「ごめんね。起こしちゃったね・・・さっき煙草吸ったから」


瑠偉の嗜好品である焦げ茶色のパッケージの煙草は、静乃のよく知る煙草らしい匂いがしない。


ふわりと漂うのは、柔らかい紅茶の匂いで、だから、側に居ても苦にならない。


静乃の側で瑠偉が煙草に火をつける事はまずなくて、当然ベッドの中でも吸わない。


どうしても口が寂しい時は、いつもベランダに出て一服して、あっという間に戻って来る。


秋の夜の空気と、香ばしい紅茶の香りを吸い込むとまた睡魔が襲ってきた。


「鎮痛剤切れてない?」


静乃を欲しがる手つきではない、労わって慈しむ掌がじくじく走る疼痛を和らげるようにおへその周りを優しく撫でた。


枕元を見れば、静乃がいつも飲んでいるパッケージとペットボトルが用意されている。


彼の前で鎮痛剤を飲んだのは一度だけだったのに。


「ん・・・平気」


眠る前まで続いていた痛みは、薬のおかげか無くなっている。


いつもよりしっかりとくるみこまれたブランケットの中で丸くなると、安心したように瑠偉がこめかみにキスを落とした。


「朝ご飯は、中華粥にしようね」


「え、ほんとに?」


「食べたかったんでしょ?」


「作れるの?」


「そう難しくないよ。他にも食べたいものがあれば何でも作ってあげる。お昼は何がいい?食べやすいものがいいと思って、鉄分多めのメニューを考えてるけど。サプリもね、良さそうなのがあったから起きたら見てみて。貧血が怖いから、しっかり栄養摂らないとね」


明日は入稿予定日なので、休めないことを知っている瑠偉の最大限のサポートに泣きそうになる。


振り向いて肩に顔を埋めたら、優しく後ろ頭を撫でられた。


「・・・ありがとう」


「どういたしまして。喜んでくれて嬉しいよ。これで、静乃の心の半分でいいから、僕にくれたらもっと嬉しいんだけど」


静かに響いた声と音に滲む慈愛と懇願。


包み込まれる感覚に目を閉じながら息を吐く。


「半分どころかもう全部あげてますよ」


「・・・ねえ、起きたらもう一回それ、言ってくれる?」


耳たぶにキスを落とした瑠偉が、つむじにもキスをして、首筋に頬を埋める。


少し硬いくせっ毛がくすぐったくて、愛しくて、嬉しい。


「いくらでも」


「明日、もし具合が悪くなったら連絡しておいで。迎えに行くから」


「忙しいのに?」


「それはいつもの事だよ」


「んー・・でも、申し訳・・・」


「なくないよね?きみが一番に甘えるのも、頼りにするのも僕だけでしょう?何のためにスマホがあるの?有効活用してよ」


「・・・善処・・します」


どうにか返事を返したら、満面の笑みが返って来た。


「よく出来ました」




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