第18話 Love connection 星~The Star~

「俺の気持ち、疑う余地もない位うんと大事にして来たつもりだったんだけど・・・不安にさせてごめんね?」


捻じ込まれた熱で最奥を抉られて、目の前を星が飛んだ。


掌でおへその下を優しく押し撫でながら腰を揺らされると、目を開けていられない。


「っゃ・・・ま・・・って・・・また・・・っ」


爪先から這い上って来る愉悦をぎりぎりの所で踏みとどまらせて、瑠偉が柔らかく目を細めた。


「ん?いいよ。いくらでもどうぞ。時間はたっぷりあるからね」


「ん~っっん!」


ぐうっと最奥をいっぱいにされて、最後の数段を一気に駆け上がる。


ぶわりと弾けた快感を追いかけるように、瑠偉が両足を抱え直した。


また追い詰められる感覚に、必死に目の前の男に縋りつく。


「静乃が不安にならないように。いっぱい可愛がらせて。気持ちいいことだけしてあげる」


「も・・・い・・・っ」


的確に執拗に重くて深い沼に沈められる。


必要な説明は受けたし、誤解も解けたし、謝罪も受け入れて貰えたはずだ。


ホッとした様子でハンドルを握る瑠偉の横顔が冷静に見えていたのは、完全に静乃の錯覚だったらしい。


ベッドの下に落とされたままのパンプスは片方だけ。


もう片方は玄関か、はたまた廊下に落ちているのだろう。


紡ぐ言葉はそのすべてがキスで塞がれて、名前を呼べばご褒美のように肌を辿られて、思考が撓み始めた頃には、すでにドロドロに溶かされていた。


愛情確認なら、もうこれで十分なはずだ。


静乃の不安は綺麗に払拭されたし、これ以上不安も迷いもない。


「駄目。俺がまだ」


間接照明を受けて光る唾液まみれの赤い尖りに吸い付いて、瑠偉がまた腰を揺らした。


彼の熱が弾ける感覚と、一向に収まる気配のない質量に、腰の奥が勝手に戦慄く。


一緒に過ごす夜が増える中で、彼が理性的でなくなる瞬間は何度かあった。


柔らかい語尾がいつもより雑になって、一人称が変わる。


翌朝静乃を起こしに来る彼は、静乃にとってなじみ深い紳士的な瑠偉に戻っているので、ベッドのなかで過ごすほんのひと時だけ、そうなる。


ほの暗い熱を滾らせたまま、何度目か準備を終えた彼が静乃を抱き起した。


膝の上に下ろされると同時に、ずくりと奥まで埋め尽くされる。


慌てて腰を浮かせようと突っぱねれば、嗜めるように唇を強く甘噛みされた。


「静乃、動いて。俺を悦くして」


強請る声と一緒に聴こえて来るのは蜂蜜まみれのひりつくような渇望の音。


彼の部屋に向かう車の中で、明日は仕事おやすみしてね、と言われた時には何の冗談かと思ったが、素直に課長宛てのメールを送信して正解だった。


明け方に介抱されたとしても、とてもじゃないが、出社は出来そうにない。


「ん・・・上手」


嬉しそうに目を細めて、汗の残る額にキスを落とした彼が、手伝うね、と子供の様に呟いて、下から突き上げて来る。


「っぁ・・・っ」


「締めないで・・・痛くないでしょ?」


「い・・・ちゃう・・・から・・・っ」


溢れた蜜が響かせる水音と、彼から聴こえるどろどろの愛情の音色が思考回路を埋め尽くす。


気持ちのいい場所を撫でられて、ぶるりと震えれば、瑠偉が首筋に頬を寄せて来た。


「良いって言ったよ・・・?我慢する必要ないでしょ?」


甘えるような仕草とは裏腹に、送りこまれる愉悦は大きくなるばかりだ。


堪えて逃れようとして、引き戻されて、埋め尽くされる。


「俺の全部で愛してあげるね」


ぞくりとする声に、頷いたのかどうかすら、もう怪しい。


この声は、静乃の迷いを霧散させるには、十分すぎる威力を持っていた。






★★★★★★






「僕の気持ちは伝わった?」


「もう二度と・・・疑いません・・・」


「うん。そうして。本気で」


噛み締めるように呟いた瑠偉が、バスタブの縁においておいたグラスを引き寄せる。


「汗かいたから、水分補給しないとね」


差し出されたストローを何も考えないまま咥えて吸い込む。


ごくんと飲み込むと、良く冷えたアイスティーの味がした。


「・・・キャラメル・・・」


ほのかに漂う甘い香りは、フレーバーティーだからだろう。


「アソートでいくつか買ったから、後で違うのも試そうね」


こめかみにキスを落とした瑠偉が、僕にも頂戴と口を開いた。


疲労感と倦怠感が、羞恥心を上回ってくれて助かった。


肩に凭れて来た瑠偉にグラスを差し出せば、ストローより先に首筋を噛まれた。


「んっ」


絶妙な力加減で肌を灼かれて、収まったはずの熱が甦って来る。


今度はストローに噛り付いた瑠偉が、抱きしめる腕の力を強くした。


バスタブに張られたお湯が揺れて、二人の境目が曖昧になる。


まだ熟れたままのそこを優しく撫でられて、首を振れば、吐息と共に頬にキスが落ちた。


「足りないなら、してあげるよ?」


「言ってないですっ・・・」


「そーお?」


くすりと笑った瑠偉が、労わるようにおへその下を優しく撫でる。


あやうくグラスを落としそうになった所で、彼の手がそれをバスタブの縁へと戻した。


「お湯、熱くない?逆上せないでね」


「・・・あんまり感覚無い・・・」


「眠たい?」


「ん・・・でも、今日は瑠偉さん・・・先に寝て」


「いつも僕より先に寝ちゃうのに?」


「・・・安心して欲しいから。私が居なくならないって。自分の意思で一緒に居るって、分かって欲しいから」


どれだけ夜を飛び越えても、彼から聴こえる渇望の音が鳴り止まないのは、心底彼が満たされていないせいだ。


静乃を抱いて、そのすべてを塗り替えても、まだ彼の孤独は消えていない。


何もかもを手にしたように見えるこの男は、実は、本当に欲しいものを手に入れられていないのだと、今夜初めて理解した。


彼の本質に、まだ少しも触れられていなかったのだ。


多分、本当の彼はもっとずっと臆病で、そして、存外子供っぽい。


振り向いて視線を合わせれば、瑠偉が珍しく黙り込んでいた。


初めて見る真顔の彼には、さっきまで静乃を翻弄してた獰猛さは微塵も見受けられない。


「私は、すっごく安心したかった。瑠偉さんが、大事にする人は自分だけだって、確信が欲しかった・・・それが、一時的なものでも・・」


「静乃」


「も、もうそんなことは思ってないし、もしも、いつか、瑠偉さんが心変わりしたって・・・泣かずに追いかける自信があります」


「心変わりなんてするはずもないけど・・・?でも、追いかけてくれるのは嬉しいな。どんな僕でもうんざりしない?」


「うんざりしてたら・・・逃げてると思いますよ」


「逃げても追いかける自信があるよ」


「うん。でも、もう逃げないから。だから、居なくならないって、信じて欲しくて」


「優しくさせて欲しいのに・・・困るよ」


泣き笑いのような顔で、瑠偉が呟く。


「きみの恋心に付け込んでもいいの?」


「・・・私がそうして欲しいから」


今、確実に一つの境界線を自分の足で飛び越えた自覚があった。


彼が前に口にした、逃がしてあげない、の意味が、少しだけ分かった気がする。





★★★★★★




エッグスラットと、カッテージチーズとグレープフルーツのサラダ、デザートのマスカットはよく冷えているので、寝起きに食べさせるのもいいだろう。


静乃の熟睡具合からして、ブランチは確実なので、もう一品位用意しておいてもいいかもしれない。


フレンチトーストを多めに作るなら、それをアレンジしてデザートに加えてもいいかと思いついて、冷蔵庫に生クリームが入っている事を確かめる。


静乃を家に招くようになって一気に増えた食材は、週末のためだけに存在している。


これが毎日になるなら、もう一回り大きな冷蔵庫に買い替える必要があるかもしれない。


物音ひとつしないベッドルームに視線を送って、途端、うつぶせになってこちらを見つめる柔らかい表情を思い出した。


本当の意味で、ようやっと彼女から愛の告白を貰った。


バスルームで交わしたキスは、やっぱりそれだけでは収まらなくて、まさかそのままする訳にも行かずに、早々にベッドルームへ引き籠った。


もう少し静乃の意識が曖昧な状態だったら、有耶無耶のまま頷かせて既成事実を作る方に舵を切ったかもしれない。


その場合、色んな事が早送りになってこちらとしては有り難いが、静乃の気持ちを慮ればそんな暴挙には絶対に出られるはずもなく。


それなりにあったはずのストックの底が見えて来たところで、やっと冷静になって彼女を解放してやれた。


約束通り眠りに落ちるまで見届けようと、必死に瞼を擦って肩を撫でる彼女の優しさを十分過ぎる位堪能した。


かといってそんな状態で眠れるわけがない。


すっかり箍が外れて馬鹿になった思考は、見境なしに柔らかい身体を欲しがった。


穏やかな表情で眠りにつく振りをして、静乃の寝息が聞こえて来るまで大人しく待った。


疲れ切っていた彼女は抱き寄せても目覚めなくて、その事にほっとして、この温もりはもう絶対に逃せないし、失くせないと、再確認した。


朝日が昇った後にクリアすべき事項をつらつらと考えながら、少しだけ仮眠を取って朝焼けが見えてくるころベッドから抜け出した。


必要な手続きと、出すべき指示、そしてこれからのこと。


那岐との顔合わせは済んでいるので、一先ず彼女の住まいを移すまでは六合に見回りを依頼して、直接の護衛は自分の部隊を動かす事にする。


はやてを頼った事で幸徳井に借りが出来たが、それはもうこれまでの報酬と、不足分は今後の働きで返せば良いだけだ。


一枚数百万円は下らない護符は、今頃那岐の手でお焚き上げされているだろうが知った事か。


西園寺の護符の威力は十分わかったので、今後那岐が面倒事を起こしそうな時は遠慮せず有効活用することにする。


後どれくらいのストックが本邸にあるのか謎だが。


一先ず静乃のためのセキュリティ設定から始めようと優先順位を付けて、キッチンに立った所で、ベッドルームで気配がした。


予想より随分早いお目覚めだ。


もう少し眠っていいよと伝えようと、静かにベッドルームを覗けば、静乃が身体を起こしたところだった。


案の定ふらついた身体を支える為に腕を回して、寝起きの体温と彼女の匂いを吸いこむ。


「もう起きたの?まだ早いよ?」


寝ぐせの残る髪を撫でて、つむじにキスを落とせば、ふわあと小さな欠伸をした静乃がむうと顔を顰めた。


「ど・・して・・・起きてるの・・」


まだ寝ぼけているらしい。


「朝ご飯作ろうと思って。もう少し待てる?マスカットと紅茶用意するよ」


彼女の好物を上げれば、目を擦った静乃が腕を回して抱き着いて来た。


「ん?なあに?」


あやすように背中を撫でれば、寝起きの掠れ声で彼女が呟く。


「連れてって・・・ちゃんと見える場所に居たいから」


こんなに僕を幸せにしてどうするの?


これ以上欲深くなったらさすがに罰が当たりそうなのに。


うんと優しく抱きしめたくて、けれど折れる位強くもしたくて、ない交ぜの気持ちそのままに何とも中途半端な力加減で抱きしめ返す。


きみに降る厄災なら、なにもかも全部僕が引き受けるよ。


言えないままに抱き上げれば、静乃が甘えるように頬を擦りつけて来た。


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