第17話 Love connection ~塔~The Tower

静乃と連絡が取れなくなった。


送ったメッセージには既読すらつかないし、電話も繋がらない。


こんな事なら、榊に指示を出して誰かを付けておくべきだった。


まだ彼女の事を公にはしたくなくて、対応が後手に回った事が今更ながら悔やまれる。


幸いだったのは、彼女の母親とは連絡が取れた事だ。


静乃と連絡が付かない事を正直に話せば、母親は喧嘩でもしたの?と苦笑いと共に、お友達のお家に泊まりに行くって連絡が来たけど、と教えてくれた。


瑠偉が知る限り、静乃に、家に泊まりに行けるような友人は存在しない。


一瞬頭を抱えたが、すぐに心当たりに思い至った。


静乃が自分を偽ることなく接する事が出来る、唯一の友人が、一人だけいたのだ。


連絡が取れるかどうかは賭けだったが、奇跡的に電話が繋がった。


彼女のほうも、こうなる事を予想して備えておいてくれたせいかもしれない。


気まぐれな祓い屋が、彼女ごと所在不明にならなかった事に安堵しつつ、問いかける。


「奏さん、静乃、来てますよね!?」


『っはい!』


怯えたような返事がコンマ数秒で返って来た。


すごんだつもりは無かったが、いつもより語調が確かにきつくなっていた。


狡猾なあの男が、どんな風に彼女の守りを固めているか定かではない。


無駄に怯えさせて、静乃を取り戻す前に弾かれる事だけは避けたい。


「迎えに行きます」


『あのっ!瑠偉さん!それが、いま、那岐が居なくって・・・その、出かけ際に誰も入れないようにして行っちゃって・・・』


「あの馬鹿男・・・」


こうなる事を予想して、日頃の鬱憤を晴らして行ったのだろう。


所在不明の男を捕まえる為には、それなりの人員を割かなくてはならないし、骨折り損で終わる可能性がかなり大きい。


奏と静乃を茶房に残したまま、何週間も留守にするとは思えないが、平気で二日三日は不在にするだろう。


『ひえっ』


完全に吐き捨てるように零した声を拾った奏が電話越しに悲鳴を上げた。


これでは埒が明かない。


「すみません・・・奏さん、静乃に代わって貰えますか?」


天の岩戸を抉じ開けるのが無理ならば、向こうから出て来てもらうよりほかにない。


『ちょ、ちょっとお待ちください・・・静乃ちゃん、瑠偉さんが・・・』


スピーカーに切り替わったようで、奏の声が遠くなった。


『落ち着いたら帰るから、連絡しないでって言ってくれる?』


聞こえて来た明らかな拒絶の声は、初めて会った時のそれよりも辛辣に響いた。


突き刺さった胸の痛みから、必死に目を逸らして電話の向こうに呼びかける。


「静乃、何があったの?」


『別に、何も。私の正しい立ち位置を思い出しただけです。冷静になったら帰りますから』


「正しい立ち位置ってなに?静乃の居場所は僕の隣でしょう?」


そこだけは譲れなくて、こうして必死に囲い込む準備を整えているというのに。


昨夜の熱が嘘のように冷ややかな声を発した唇が、静乃のものだと信じたくない。


舌ったらずな声で名前を呼んで、縋りついて来た昨夜の彼女との落差にやりきれなくなる。


まだ静乃に離していない事がいくつもあり過ぎて、どれが原因で距離を取られたのかが分からない。


もう少しこちらに引き込んで、溺れ切ったところで切り出そうと思っていた。


絶対に逃げられないように算段を付けてからでなくては、最後のカードは絶対に出せない。


今日一日で関係が一変すると分かっていたら、昨夜から抱き潰して部屋から出したりはしなかった。


強烈な後悔と、湧き上がっきた凶暴な欲。


『私の代わりって、いくらでもいるんですね。すっごく綺麗な人でしたね!』


切りつけるように投げられた言葉で、すべての合点が行った。


「分かったよ」


『・・・』


「あのね、静乃。きみの代わりなんて、どこにもいないんだよ」


『嘘!』


取り付く島もなく切られたスマホを握りしめて、次善策を引っ張り出す。


この様子では静乃は自分からは絶対に出てこないし、那岐も簡単には捕まらない。


それならば、もう奥の手を使うしかない。


後々の面倒を考えると頭が痛いが、それより痛いのは、静乃の損失だ。


出来るだけこの番号には架けたくないが、緊急事態なので仕方がない。


3コールで繋がった相手が楽しそうな声を上げた。


『やあ、久しぶりだね。最近本邸に来てくれないから、そろそろ呼び出そうかと思ってたんだよ。元気かい?』


はやてさん。無理を承知で頼みます。西園寺の護符、一枚僕に譲ってください」





★★★★★★





「静乃ちゃん、ほんとに帰らなくていいの・・?」


静穏作用のある、ペパーミントとカモミールのブレンドティーを差し出した奏でが、気づかわしげな視線を向けて来る。


くすんと鼻を啜って、また零れて来た涙をティッシュで拭って鼻を噛む。


もう数十分この繰り返しだ。


こんな風に感情を爆発させて泣くのは二度目。


そのどれもが瑠偉に関する事だった。


一方的に深みにはまって、勝手に苦しくなって、泣いて、他人を巻き込んで、本当に恋心は身勝手だ。


「急に来て、泊めてなんて迷惑よね。ほんとにごめんなさい」


「あ、それは全然いいの!私も一人で退屈だったし、お泊り会とか初めて過ぎて大歓迎なんだけど、えっと・・・瑠偉さんに浮気でもされた・・・?私の知る限り、瑠偉さんは相当静乃ちゃんに一途だし、脇目もふらずに追いかけてるのは間違いないと思うし、実際瑠偉さんからそういう匂いはしなかったし・・・」


「私もね、そう思ってるの。あの人が私を好きな事は少しも疑ってなくて。だけど、私と一緒じゃない時の彼が、別の誰かと一緒に居るって、そういう当たり前の事にさえ戸惑う自分が情けなくって・・・私と瑠偉さんってね、奏ちゃんも知ってる通り、瑠偉さんきっかけで始まったのね。あんな素敵な人が、ずっと私一人だけ見てくれるはずないって、最初はちゃんと分かってたんだけど、一緒にいる時間が増えると、やっぱり貪欲になって行っちゃって・・・きっとこれからもこういう事は起こるから、割り切って行くしかないって、頭では理解してるんだけど、上手く出来なくて、結局逃げて来ちゃった。ちゃんと、気持ちが落ち着いたら家に帰るから」


恋心一つで誰かを縛り続ける事なんて不可能だ。


違う場所で生きているのだから、全てを自分のものになんて出来るわけがない。


一瞬でもそれを望んでしまった愚かな自分が情けなくて、そこまで誰かに心を奪われてしまった事実に驚く。


彼は、あの綺麗な女性にも柔らかい声で呼びかけるのだろうか。


それを、受け入れられるようになるまでは、絶対に会えない。


「瑠偉さんが、他の誰かと静乃ちゃんを天秤にかけることは絶対にないよ」


優しく肩を撫でた奏が、励ますように言った。


そうであったらどんなにかいいだろう。


また込み上げて来た涙を拭ったら、店のドアが開いた。


「恋が人を愚かにするっていうのは、どうやら本当らしいな」


「那岐!?」


数時間前に出ていった那岐が、肩を竦めてこちらに歩いて来る。


「瑠偉は死ぬ気できみを取り戻しに来るつもりみたいだけど、まだ粘るかい?」


面倒なことになったと顔顰める那岐の、前髪の隙間から見える怜悧な眼差しに金色の光彩が煌めいた。


「此処には入れないようになってるんですよね・・・?」


暫く瑠偉とは会いたくないと言った静乃に、そういう仕掛けをしておくと請け負ったのは他ならぬ那岐自身だった。


「そうなんだが・・・問答無用で防弾ガラスを割る破天荒なやり方もあってね。瑠偉はどうやらその技を手に入れたらしい」


「それは、どう・・・」


首を傾げた静乃に、那岐が店の入り口を示すと同時に、すりガラスの向こうに人影が映った。


「那岐、もう戻ってますよね?」


「戻って来るよりほかにないだろ?よくまあそんな面倒臭いもの手に入れたね。気分が悪くなるから持って帰ってくれない?」


「言っときますが、正真正銘の本物ですよ。これで店の入り口壊されたくなかったら、さっさと静乃を返しなさい」


「壊す・・・・?」


強靭な武器でも手にしてやって来たのかと那岐と奏を伺うも、奏はぽかんと目を丸くしていた。


「静乃ちゃん。あの男がいま持ってる武器は、この店と、俺と物凄く相性が悪い。あれを使われたらこの店の半壊は免れない」


「え!?」


「勿論、きみと奏には被害が及ばないようにするけど、ややこしいことになる」


「静乃。ちゃんと話をするから、出ておいで。後、那岐、天后もう一度貸してください。彼女がいないと説明ができない」


「さっき帰った所だから嫌がるよ」


「いいから出してください」


「あ、もしかして、瑠偉さんの浮気相手って・・・天后!?」


急に表情を明るくした奏に、那岐がやれやれと店の奥に戻って行く。


どうなるのかと視線を巡らせた静乃の目の前で、店のドアがゆっくりと開いた。





★★★★★★





目の前に現れた美女が、二度ほど姿かたちを変えたところで、静乃はこくりと頷いた。


見たことが無い位眼差しを鋭くした瑠偉を静乃の隣に置いておくことに不安を覚えたらしい奏でが、静乃の隣を陣取って、懇切丁寧に瑠偉の浮気相手について説明してくれた。


那岐は、店に入って来た瑠偉の手元を指さしてそれを捨てろ!と叫んで、静乃を連れて店を出るまでは絶対に手放さないと、譲らない瑠偉と睨み合いになった。


結局瑠偉の手元にそれを残したまま事情説明は始まって、那岐が生業としている祓い屋の仕事のアシスタント的な立場にいる式神のうちの一人、として、天后を紹介された。


この辺りの大きな神社の祭祀に連なる家筋の一人だという那岐の仕事は、多岐に渡っていて、瑠偉の会社とも密に関係があるらしく、今夜はそのパーティーの為、同伴者として彼女を借り受けたらしい。


毎回同じ女性連れだと、探りを入れられると面倒なので、度々容姿を変えた天后をパートナーとして同伴しており、身長も体型も毎回異なるため、都度ドレス選びでブランド街に出向く必要があるのだとか。


静乃が目撃した一幕は、まさにドレス選びの為に、天后を店に案内したところだったようだ。


どこからでも迷わずすぐに店に辿り着く理由も判明して、同時に、瑠偉が使い分けている顔の多さに愕然としてしまった。


険しい顔をしたままの彼に、まずは謝罪を口にして、一緒に帰りますと言った途端抱きすくめられた。


その隙に飛び出して来た那岐が、瑠偉の手にしていた桐箱を掴み取ってどこかに行ってしまったが、瑠偉はそれには一切構おうとはしなかった。


静乃は、奏にお礼も挨拶もする暇なく茶房から連れ出されてしまった。


行き先は、言わずもがな、彼の部屋だった。

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