第12話 Love connection 正義~Justice~

「~ん、っ、ぁ・・!」


突っぱねるようにシーツを掻いた爪先を捕まえて、隘路に沈めた指はそのままにねじ伏せた。


足首を舌先で一巡りして、ペディキュアが僅かに剥がれた爪の先にキスを一つ。


腰を跳ねさせた彼女の中から引き戻した指の腹はすっかりふやけていた。


この足に蹴りつけられたあの夜から全てが変わったのかと思うと、妙に感慨深い気持ちになる。


あっさりと掴めてしまう華奢な白い足の何処に勇気と度胸が隠れていたんだろう。


無垢なふくらはぎを甘噛みして、とぷりと溢れた蜜まみれのそこを覗いて胎が疼いた。


枯渇しすぎて馬鹿になったのは、頭だけではないらしい。


これじゃあ、今頃夜の街の見守り役になっている代打の忠犬もどきを笑えない。


優先順位を付けていた案件の内容と、次のプレゼンのアイデアは二回目で霧散した。


適当に放り出しておいた未開封のパッケージを掴んでいるうちに、静乃が腰を捻ってベッドの隅へと逃げた。


赤い痕の残る内腿を軽く掬って広げる。


甘やかな水音に静乃がぶわりと耳まで染めた。


「あれ・・?もう無理、じゃなかったっけ?おねだり上手だね、可愛い」


動けないと思っていたのに。


予想を裏切られた驚きと、こんな状態でも理性的な自分が残っていた事がなんとも愉快で堪らない。


「そう・・言ってる・・・」


息も絶え絶えに投げ出された枕を引っ掴んで丸くなった背中にさっきより遠慮なしに体重を預けた。


火照りが抜けて行くまで後どれ位だろうと、冷静に時間配分を計算しながら柔らかいそこを探った。


「無理、じゃあないよね?」


素直に浮かせてくれた腰を掬って、ゆっくりと腰を沈める。


「っん」


枕の端を必死に握りしめて目を瞑る彼女の汗の浮いたこめかみに唇を寄せれば、また締め付けがきつくなった。


「嫌なの?」


「・・・も・・う、無理」


「噓つき」


狭さは相変わらずだけれど、きちんと柔らかく解けたそこは、静乃の言葉とは裏腹に器用に甘えてしなだれかかって来る。


さっき見つけた気持ちいい場所を抉ってやれば、振り向いた静乃が涙目になった。


「いいでしょ?」


後ろ頭を引き寄せて、唇を塞ぎながら最奥を目指す。


くぐもった悲鳴は舌で絡め取って、シーツで擦れた胸の尖りを指で弾けばあっさりと上り詰めた。


「ごめんね・・・もうちょっと」


労わる言葉に含まれた貪欲な劣情は、きちんと静乃の身体と心に届いたらしい。


蜜襞の震えでそれを感じ取って、自然と口角が持ち上がった。


溢れる蜜を擦りつけるように腰を揺らして、余韻の残る隘路を味わい尽くす。


もっと早くこうしておけばよかった。


そうしたら、適当な遊びだなんて勘違いは生まれなかったはずなのに。






★★★★★★





大人になってからのプライベートは我慢と無縁だっただけに、この二か月のお預けは相当堪えた。


打てども響かなかった最初の数週間から一変、何を言っても頬を染めて狼狽える彼女を前に食指が動かなかった訳がない。


興味が好意に変われば、欲求が増えるのは至極当然のことで。


ここ数年の女友達とのお付き合いからは考えられない位、慎重にスローペースに事を運んだ。


それも偏に嫌われたくなかったからだ。


向けられる好意に恋情が見え隠れする度に、強引に押しきろうか散々迷って引いて来た。


とはいえ、我慢にも限界がある。


迅速かつ確実に囲い込みたいこちらの思惑をよそに、静乃は母親との対面を拒んだ。


彼女の性格からして、嘘を吐いてまで外泊は出来ないだろうと踏んで、わざわざ母親の勤務先にまで手を回して、二泊三日の自由時間を作り出したのに。


意気揚々と仕事帰りの静乃を捕まえようと連絡を入れれば、まさかの体調不良に陥った彼女を迎えに行くことになった。


祓い屋関連の仕事が回って来ていなかったのは幸いだった。


所在不明の那岐の捜索に乗り出さずに済むからだ。


九条会関連の仕事は永季に綺麗に押し付けて、表仕事は代理承認の権限を下ろして、窓口は榊一本に絞って、ひとまず二日間の余白を手に入れた。


慌てて呼び出した主治医の診断は、過労と心因性ストレスによる発熱。


原因なんて考えるまでもない。


言葉巧みに口説いてみても、キスでうっとりさせてみても、どこか彼女を捕まえた気になれないのは、静乃のどこも預けて貰えていないせいだ。


学生時代の短い交際期間の後、綺麗に途絶えた恋愛遍歴と、彼女の家庭環境を鑑みて、より慎重になっているのかと思っていたが。


結局のところ、最初からずっと彼女の根底にある不安を、一度も拭い去れていなかったのだ。


静乃の心に歯止めをかけているのは、いつか訪れる最後で、その後に取り残される彼女自身。


終わりなんて存在しない大恋愛をスタートさせたつもりでいた自分との感情の落差に愕然とした。


嫌われないように、拒まれないように、じわじわと取り囲む腕を狭めていたつもりが、実際はこちらの思惑も堪え切れない感情も筒抜けだったのだと告げられて、完全にストッパーが壊れた。


迷いや不安がこれ以上増える前に、まずは溺れて貰おうと開き直ったら、目の前の肌を味わう事しか浮かばなかった。


案の定仰天した静乃が早々に意識を手放してしまったので、一先ず大人しく引き下がって、外堀から埋める事にした。


ほぼ不眠不休で決裁案件を捌きつつ静乃の横に張り付いて夜を明かして、熱が下がった彼女を大人しくバスルームへ送り込んで、油断したところを捕まえた。


最大限の譲歩と、最上級の愛情でくるみこんでドロドロに蕩かせた身体は、綺麗に解けて応えてくれた。


どうせ包み隠したって無駄なのだからと、思った事をそのまま口にしてみたら、二度ほど本気で耳を塞がれたので、この辺りの加減はまだ調整が必要なんだろう。


誰の癖も残っていない素直な体の至る所を啄んでひと巡りしてみたけれど、それでもまだ実感が湧かなくて名前を呼んでと懇願すれば、その度に静乃の身体が綻ぶから、ベッドから出られないまま昼過ぎになった。


怠惰とは無縁の生活を送って来たこれまでの人生を振り返って、おおよその資産をざっと計算して残りの人生はこれで生きて行っても良いのではと考え始めた矢先、永季から連絡が入った。


「瑠偉・・・さん・・・仕事は・・・?」


この数時間ですっかり定着してくれた呼び名が嬉しい。


掠れた声の原因は他ならぬ自分なのだと自覚して自然と頬が緩んだ。


「今日は休暇、の予定・・・なんだけど・・・・」


眠たそうに目を伏せる静乃の横髪にキスをして、後でお風呂入ろうねと伝える。


むうと唇を尖らせて拒む気配を見せたものの、本当に拒めるとは思っていないようだった。


どうせ明日の朝まで此処に居て貰うのだからと、全力で甘やかしたので恐らく自力では立てない筈だ。


身動ぎするのも億劫そうな頬を撫でて、ちょっと会社に電話するよと部屋を出る。


ベッドに組み敷いた直後に休暇連絡を会社に入れて貰ったので、静乃の予定は綺麗に真っ白だった。


必死に逃げる彼女を閉じ込めて、今すぐ連絡入れるか、されながら電話するの、どっちがいい?と笑顔で尋ねた時の愕然とした表情は、まあ、結構見ものだったけれど。


この戦法は今後も使えそうだ。


少し工夫は必要だけれど。




リビングに入ると、ブラインド越しに初夏の日差しがフローリングを照らしていた。


明かりの少ないベッドルームに閉じこもって、二人きりの密な時間に耽っていた不健全さと幸福感に酔いしれる。


バスルームの準備をしてから、着信履歴に残っている永季の番号にコールバックすると、すぐに繋がった。


聞こえて来る雑踏と活動的な街の賑わいは、数時間前の自分の日常。


「遅くなってすみません。何かありました?」


入浴前にもう少し水分補給させておこうと冷蔵庫を開けるも、ここ最近料理なんてしていないので水とアルコール以外真新しいものが何もない。


それでもレモンを発見出来たので、レモネードを作る事にした。


『うっわ!』


「なんです、急に大声出さないでくださいよ。進捗報告ですか?」


マイクにしてカウンターに置いたスマホを、よりベッドルームから遠ざける。


静乃を本格的にここに置いておくようになるなら、食材は定期的に届けて貰う必要がある。


深夜帯事務所に詰めている時に、永季に強請られて何度か手料理を振舞った事があったが、無言で皿を空にして行く愛想もくそもない男の為にキッチンに立つよりも、可愛い恋人の為に凝った料理を作る方がずっと楽しい。


その為にはもう少し静乃の好き嫌いについての知識を仕入れる必要がある。


『そうだけど・・・おっまえ・・機嫌いいなぁ!』


「・・・おかげさまで」


つい口が滑ったのは図星を刺されたからだ。


静乃をこの部屋に招いてから、すこぶる機嫌も体調もいい。


不眠不休で動いているとは思えない位、思考も冴えていた。


こういう時に、滞っていた案件に取り掛かりたい処だが、今はベッドルームに最優先事項があるので、休日返上にすることは避けたい。


『ああ、そっか寝たんだな。焦らされたなぁ!』


筆不精の代表格のような永季は、滅多にメールを寄越さない。


電話の方が手っ取り早いというのが彼のポリシーだ。


コンマ数秒迷って、今日は機嫌が良いし隣にも居ないので見逃す事にする。


静乃の耳に入らないとしても、二人きりの空間で汚い言葉を吐きたくはなかった。


「無駄口は結構ですよ。それより何か出ました?」


九条会うちじゃねえんだが、飛鳥井んとこで幻覚症状抱えて飛び込んできた人間がいる』


下部組織間で小競り合いが絶えない名前が出て来て、溜息が漏れた。


「こっちに流れて来ると困りますね・・・今誰が付いてます?」


『俺の部隊と、本隊から2名。県境はなぁ・・・連携が厳しいんだよなぁ』


「そこを上手く調整するのが警察の仕事でしょう」


『こっちに引っ張り込んで片づけりゃあいいだろ。最近、奴さん西園寺と仲良くしてるらしいしな』


「余計面倒じゃないですか。西園寺が出て来たら絶対に那岐は動きませんよ。フリーランスに勝手されたらお上に顔向け出来ませんよね?」


『だなぁ・・・よし、今夜中に片付けるか。来るよな?』


「・・・行きますよ・・・日付変わってからならね」


それまでに静乃を寝かしつけて、彼女が目を覚ますまでに帰宅する、是が非でも。


デリバリーで空腹を満たして、しっかり休息を取らせて、その後もう一度今度はゆっくりご馳走して貰って、くたびれた彼女を優しく介抱するところまで綺麗にシミュレーションして、問題ない事を確認する。


『どーせスッキリした顔で現場来んだろ。むかつくわー』


「これまで勤勉に勤めて来たんですから、当然の休暇ですよ。羨ましければあなたもどうぞ」


プライベートを極限まで削って、公私共にこの街の為に尽くして来たのだから、これくらいの甘露を享受したって罰は当たらない筈だ。


確信を持って言い返せば、永季の悔しそうな声が返って来た。


『うっせ!じゃあ夜にな!』

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