第2話

 入院から3か月が経った。いつからか知らんが、医者曰く「入院および手術には親類の付き添いが必要」という決まりになっているらしい。忌々しい。出ていった聖和はもとより、別れた和子はもはや戸籍上は他人となっているのでもう連絡はつかないし、小癪にも別れた際に本籍も即刻移していたためもはや追跡は難しい。学生時代から付き合いのある友人の塚本という男に連絡を入れ、代理人として同意書にサインしてほしいと頭を下げなんとか入院にこぎつけたわけだが、余りにも面倒で金さえ払うからさっさと入院させろと腹が立ったものだ。幸か不幸か、独り者故に金には困っていない。退職金の一部を離婚で持っていかれたものの、それなりの貯えと保険によって入院費用にはさほど苦労はしないのだ。


 気は進まなかったが入院の際にいちおう親族として聖和の戸籍謄本を追ったところ、現在は東京に暮らしているらしい。20年程の間、どこをほっつき歩いていたのか。片田舎から夢を追いかけて上京といえば聞こえは良いが、あいつは田舎で堅実に生きるということからただ逃げ出したのだ。半端者のあいつのことだ、どうせ大成もしていなければ家庭を持つことなどできてはいないだろう。演技の練習だかなんだか知らないが、自分の部屋でぶつくさやっているのを全く理解できなかったものだ。


 仕方なしにその住所へその時から何度か手紙は送ってみたものの、受け取り拒否で突っ返されて戻って来るのが何度か続いた。父親がもしかしたらまもなく旅立つかもしれないという状況なのに、いつまでも意固地になっている聖和に俺は腹を立てていた。そもそも有川の家系は必ず男子には"聖"の字を入れてきたのが連綿と続いており、俺も自分の"聖"と和子の"和"をそれぞれ取って"聖和"としたわけだが、今となっては"和"の字が入っているという事にすら苛立ちと後悔を覚えていた。この有川の血が絶えるかもしれない、というのも相まって何か焦りのような感情が生まれたのだろうか。それと同時に無性にこのままでは終われないという意地も生まれはじめ、塚本に再び頭を下げてなんとか知恵を絞った結果が「内容証明で手紙を送る」というものだった。


「聖弘、そこまでして会わなきゃならんのか。もう出ていった息子さんの事は諦めたらどうだ」

「別に何かを話したいわけじゃない。ただあいつがどのツラ下げて生きてきたのかを知りたいだけだ」

「そんなだから、お前は……」


塚本は言い淀んだが、こう言いたかったのだろう。


「そんなだからお前は、息子にもカミさんにも逃げられるんだよ」

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